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<高校生の性>の今 資料07

  

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【資料07】

夢告★男と女のありよう
【引用】 『親鸞 何が人を強くするのか』 p73

 この時親鸞は29歳だった。
 彼は百日間籠もったのではない。親鸞の妻のえ信尼の消息には、こう書いてある。

 「やま(山)をいでて、六かくどう(角堂)に百日こもらせ給て、ごせ(後世)をいのらせ給けるに、95日のあか月、しやうとくたいしの文をむすびて、じげんにあづからせ給て候ければばバ、やがてそのあか月いでさせ給て」

 95日のあか月、というのは、現代風に言うと96日目のあけ方、ということである。
 聖徳太子の文を結びて、というのは、解釈がいろいろあるが、「聖徳太子が作られた文を唱え終わって」の意に解したい。
 「聖徳太子の文」というのは恐らく「三骨一廟の文」と呼ばれる十行二十句の偈であろう。
 それは太子の廟の岩屋の内の西の立石の壁に、太子自ら朱砂を筆に染めて書きしるし給うたものだと言われている。親鸞は太子の廟に参籠した時、それを書き写して来ていたのだろう。その文を唱えたのである。
 その文は全文漢文であるが、「我が身は世を救くる観世音なり」「女は大勢至なり」「我が身を生育せる大悲の母は西方教主弥陀尊なり」と言い、「末世の諸の衆生の為に、父母所生の血肉の身を、勝地たる此の廟窟に遺し留めて三骨一廟にするは三尊の位なり」とあり、最後の二行は、

 過去七仏法輪所、大乗相応功徳の地
 一度参詣すれば悪趣を離れ、決定して極楽界に往生す

と書かれている。
 これを親鸞が唱え終わった時、太子の示現にあずかったのである。

 建仁元歳※四月五日ノ夜寅時
 六角堂救世大菩薩告命して
 善信に言わく
 行者の宿報、女犯を設く
 我、、玉女の身と成りて犯されん
 一生之間能く荘厳し
 臨終に引導して極楽に生ぜしめん

 分かりやすく言えばこういうことになる。

 そなたは過去世にしたことの報いとして、女犯の罪を犯すことになる。
 その時わたいが美しい女の身となってそなたに犯されよう。
 一生の間よくそなたの身の回りを美しくととのえ、
 臨終には導いて極楽に生まれさせてあげよう。

 この四句の偈には男と女のありようというものがみごとに表現されている。
 男と女とは子を設けるために一緒になるのだというような表向きのことはまるで問題にされていない。男の烈しく燃える愛欲によって、磨かれた玉のように美しく滑らかな肌を持つ女が犯される。
 男と女とは所詮、犯し犯されるものである。そこを通って来なくては、男にも女にもなれはしない。女は愛する男に烈しく犯されることによって官能の悦びの絶頂に達する。生ぬるい、大人しい男によってはそんな悦びは得られないのだ。愉悦する女の美しい官能とやわらかな情念によって、男の愛欲はようやく鎮められる。愉悦する女の情念は、男の身のまわりすべてに行きわたり、美しくするのである。
 この繰り返しが老年にいたるまで続くことによって、男も女も、十分にこの世に満足し、美しく希望の多い次の世の生へと移ってゆくことができるのである。
 親鸞はこの頃、恵信尼という美しい越後の女と結ばれるが、親鸞と恵信尼との交わりはまさに右のごときものであったろう。
 救世観音は、右のごとき生活が展開することを親鸞に教えて消えた。この示現のあと、親鸞は満願の百日を待つことなく直ちに六角堂を出て、吉水の法然のもとに行ってしまうのである。 
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