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gimnopedie No.2(E.Satie)

沈丁花 (2)      

 教会堂脇の小さな牧師館は、一階の手前に小卓と椅子が何脚か置いてあり、
奥は日用の物置になっている。何気なく衝立に隠れた壁の片隅に、
鍵のかかる扉がひっそりあって、開けるといきなり急傾斜の階段が現れる。
 狭い階段を昇り詰めると二階、牧師の私室に至るのだった。
 初めてそれを知った時、緒方は少し驚いた顔をした。
一段の幅は十センチあるか無いか。もし足を滑らせたら最下段まで一気だろう。
ある時期の家屋にはそういう階段がよくあったものだが、彼はここで初めて見た。
 何となし今日も立ちすくんだ精次に手をさしのべながら牧師は微笑して言う。
「ここを造った人は…階段が辛いような年配の方が赴任する事なんて
考えなかったのかもしれないね」
「こんな小さいトコに年寄が来ることもあるのか?」
「さぁ…それとも、それくらいの方だと家族連れの事もあるから、
ココには住まないと考えたか…」
「家族…?」
 牧師というものは生涯妻帯しないものと思っていた。そうではないのか。
「おいでの方もいるよ…いないと思ってた?」
 まぁ洋式の坊主の一種だし、坊主にはセカンドファミリーまであるヤツもいる。
牧師に家族がいたって構わないだろう。
「あんたも家族が…?」
「育ててくれた家族は。あるよ」
「…結婚?」
「してみたいね、いつか」
 牧師の答えの真意を測りかね、精次は階段の半ばで立ち止る。
 いや、正直に言えば、見もしない彼の未来の家族に激しく嫉妬した。
…オレは、その中にはいない…きっと。
 今のこの手はほんの戯れなのだ、と思う。今自分の手の内にあるこの温もりは、
いつか他の誰かのものになる…見知らぬ他の誰か、俺じゃない誰か…。
「精次くん…?」
と、牧師は心配そうに二、三段降りてきた。
 暗がりでも温かい光を放っているようなその顔をとても見つめてられなくて、
薄暗い足下へ視線を落す。
「君は…」
 一瞬逃げかけた精次の片手を、両の手で包み込みながら階段にしゃがんで、
精次の顔を見上げながら言った。
「嫌…?」
 指先に柔かい唇が触れるのがこそばゆく、精次は眉を顰め、
唇を噛み締めて見返した。
「ボクとじゃ嫌かい…?」
「何が…」
「結婚」
 何を言ってるんだろう、この牧師は…気がおかしいんじゃないのか?
男同士でケッコンなんてできる訳無いじゃないか…!
「この国ではまだだけど…ヨソでは同性の結婚を認めてくれる教会もある
…知らなかった?」
…知るか! そんなの…聞いたこともないッ!
騙されてるんじゃないだろうか、自分は…?
「今すぐに返事しなくても、いいよ…ゆっくり、考えて…」
と言われたが…ゆっくり考えればマトモな結論が出せる問題なのかコレは?
 それに、それ以上に、この迫る微笑みをどうすればいいんだ…?


 くちづけは…好きだ。

 そして、道夫のくちづけが一番好き…だと精次は思う、たぶん。
…他のやつとなんかしたことはないけど。
 でもなんだか、それを見透かされて誤魔化されてるような気がする。
気のせいだろうか…?
 だんだん近づいてくるときの、感覚…ふんわり、温かい呼気が漂って。
ドキドキしてしまう…もうすぐ触れるだろうやわい感触を予感して、
聞こえるんじゃないかと思うほど心臓が高鳴って、息が詰って、顔が熱くなる。
 軽く持ち上げられる顎に触れた指先がこそばゆくて首をすくめると、
微かに笑って。
 唇のほんの先を軽く吸われて、小さく叫ぶと、また笑われる。
 いぢわるなのだ、きっとこの人は底意地が悪いと思う。
 どうして欲しいか知ってる癖に、わざとこんな事を言う。
「逃げても、いいんだよ…?」
「どうして…」
 どうしてそんな事を言うんだろう…意地悪だ。
「追いかけたりしないから。逃げたって」
 逃げる?…逃げるふりをするのは追いかけてほしいからじゃないか?
 なのにこの人は追いかけないよ、と言うのだ。それとも
「逃げてほしい、のか…?」
 眉をしかめて睨むような顔つきでようやく、質問にしてみる。
「逃げてほしくはないけど。キミが嫌ならしかたない」
 嫌だなんていつ言ったというんだろう。本当に意地が悪い。
「…あきらめるしかないだろ…?」
「何を」
 触れそうなほど近くまできているのに、それ以上近づいてくれない。
じりじりと体の奥から焦付くような気がする…。
「しかたない」
「何…がッ」
 奇妙な金切声になりかける。それが恥かしく真赤になって俯いた拍子に、
顎にそえられてた指がはずれて鼻先に当った。
「ぁ…ゴメン」
 鼻をはじいたことをあやまっているんだろうけど、もう聞いてはいない。
黒い服にしがみついて熱い顔を胸元に押しつけて隠す。
「…精次くん…?」
 どう引き剥がそうか考えあぐねたように襟足から耳の後に指をすべらせて、
指先で頬を軽く叩いて言った。
「ごめん…許してくれないかな…?」
 その指先は目尻を経て頬を滑って口許に降りてくると、
精次の唇をなぞるようにこじ開けて侵入する。
 見上げる精次の瞳に微笑みかけ、そのまぶたにくちづけを寄越す。
 目をつむっていると、やがて指がするりと抜けて
ようやく
温かい唇が降りてくるのを感じる。
 やっと…
逃げられたくなくて、おずおずと開き、手を伸ばして背中に回し、
薄目を開けて密生する睫を間近に見て細く長い溜息をつく。
 からかうように侵入を躊躇うように入口でゆっくりしてる舌先に触れると、
一瞬、身を震わせ、誘うように触れ合い、絡ませて…息を呑む。
 
              [ つづく (…ちょい待つヨロシ…;)]
[本宅B1]


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