吹き抜ける寒風に思わずコートの襟を立てた。 何故ここに僕はひとりなんだろう。 どうして君はここにいない? 夜空に映えるタペストリー…言葉に尽くせぬ美しさを瞳に焼きつけながら、ひとりごちた。 こんな豪華さは君にこそ相応しい…と傍らにいない人を思い、ちくり、わずかに胸が痛む。 いつの間にか撒いた同行者とも、もう出会う気遣いもないほどの人でごったがえす夜の街。 …だが嘆くべきは、撒いたからといってどうともできない独りの哀しみ。 撒くのがいつのまにか癖になったのは…ここにいない君をを責めたい気分。 出てはくれないだろうと思いながら、携帯を取り出し手に慣れた番号を叩く。 …万一を慮って登録などしていない。でも、一度として違えたことなどない。 「何だ」 意表をついて、呼出音もろくに鳴らぬ前に応答される。 「ふつーはそこで誰、とか聞かない?」 動揺を抑えできるだけ軽そうにからかい口調で… 「ふん…こんな時間にヒトの迷惑承知でかけてくるバカはお前くらいだ」 「そりゃ、どーも」 とさりげなく返しつつ話題を探す。繋がった細い絆…切られがたい話は? 「今日の入門講座でね…」 「オマエ今どこにいるって?」 遮るようにように問いかけてくる。 「神戸。講座が終わってルミナリエを案内してもらった」 …はぐれた事までは報告しなくていいだろう。 「じゃ来いよ、きょうの一戦を見せてやるから」 「聞いてないね、今神戸…」 「4時間もあれば着く、だろ」 ニヤニヤ笑いまで見えそうな声…この男やはり酔ってる。 「今から?終電に間に合うかな…」 悟られちゃいけない。今にも駆け出しそうな胸の裡を…が、 「合う」と即答。 僕の迷いを断ち切る…より粉砕する勢いで。ここは賭けに出てみようか。 「ヤダって言ったら?」 「御託はいい」 …こンの悪魔、よくもいけシャアシャアと!!静まれ動悸、こらえろ自分。 「ヤ・ダ・ネ」 できる限りの素っ気無さを演じて、たたみかける。 「ルミナリエ、綺麗だよ…もっと、見てたい」 君と、なんて云わない、でも… 「君に、見せたい」 …君はどうする? 「クックッ…似合わないぜ、何キザな事云ってやがる」 …ブチッ、ふいに何かがはじけた。 「何だよ、あんまり綺麗だから折角教えてやろうと思って!それで…」 何を言い訳してるんだ僕、バカみた… 「それで?電話じゃ何も見えないぜ」 「分かってる!だから…」 「だから、来てほしいって?」 この男は、もう、分かったよ…呆れ混じりに戯れに乗ってやる。 「来て、くれる?」 「迎えは?」 双方相手の問いには答えず話は進む。必要としてない、相手の答えなど…聞かなくとも分かる。 「新神戸だな、待ってろ」 ああ待ってるさ、朝までだって…言い返す間もなくガチャリ! 途切れた通話に呆れたのも束の間、顔が綻ぶのを抑えられない。 「ホントに君ってば、仕方ないんだから…」 さあ彼の人のご来臨まで、どうやって時間を潰そう、暖かい珈琲の飲める店でも探しておくか。 冷たい風が頬を掠めても、寧ろ人いきれにあたった身体には心地よいほどだ。 先ほどまで身に染みた寒さを、もうさほど厳しいとは感じない。 待ち人への期待を込めて。君のぬくもりを想って。 〜 fin 〜