氷河が珍しくモロゾフ4世に首輪とヒモ付けて歩いているのは、星の子学園の子供達のリクエストによるものであった。
 城戸邸にシベリアンハスキーが居るんだと、うっかり口を滑らせたら、「いいなあ」と、子供達は声を揃えた。

「さわりた〜い」
「つれてきてよ、お兄ちゃん」

 こう見えても氷河は子供に甘い。
それと同時に世間に対して、モロゾフ4世の 愛らしさをアピールしたいという気持ちもなきにしもあらずで、ちょっと運動不足気味のモロゾフ4世の散歩を兼ねての、星の子学園訪問となったのだ。
「わあ、でっかい」
「かわいい」
「お手しろよ、お手」
「・・・・あんまりムチャをさせるなよ」
 普段、氷河が来ると彼ににまとわりつく子供達も、今日ばかりはモロゾフ4世に一斉に詰め寄った。
うわっと群がったから、あっと云う間にモロゾフ4世の姿が見えなくなる位にだ。
既に氷河は温室育ちのモロゾフ4世を野獣の王国に連れてきたことを後悔したが、なすすべもなく、彼女の無事を祈りつつ、絵梨衣に煎れて貰ったお茶を呑むしかなかった。
それだって、ゆっくり落ち着いてというわけにもいかない。きゃーきゃーと、子供達の歓声が聞こえてくるからだ。
窓からはガキ達がモロゾフ4世に乗っかって遊んでいるのが見える。一人じゃない、三人くらいだ。
子供のやることに目くじらは立てないのか、モロゾフ4世は大人しくいいなりになっている。
彼女がお姉さん的に振る舞っている以上、氷河もハラハラと彼女の動向を見守るしかなかった。

「ごめんなさいね、氷河さん」
 氷河の真向かいに座りながら、絵梨衣が云った。
「あの子達、動物が珍しくて・・・」
「嗚呼、いや、こっちこそスマン。大人げないマネをした」
「・・・所で『モロゾフ4世』って云うんでしょう、あのわんちゃん」
「そうだが・・・?」
「じゃあ、これは?」
 絵梨衣が渡してくれた名札のようなモノには小汚い字
ごるびぃモロゾフ4世、略してごるびぃ」
と、書かれている。

「先刻、モロゾフ4世ちゃんの首輪から落ちたんだけど・・・」
「済まんな」

 氷河は思いきり溜息を付きながら、名札を粉砕しながら云った。
「口に出すのもおぞましいが、一輝という男がモロゾフ4世に勝手にごるびぃという名前を付け、気持ちの優しいモロゾフ4世は、呼ばれたら付いていってやっているのだが、あの男はそれを勘違いして、ごるびぃというのが魂の名前と、ずーずーしくもその正当性を主張して止まず、その為に次々と小細工を労するのだ」

 最も昔だったら、自分の愛犬に一輝の付けた『ごるびぃ』なんぞ付いたことも許さなかっただろう。相変わらず一輝は自分と相容れなかった。歩み寄りも考えただけで気持ち悪かった。
自分が永久氷壁から溶けだし、春の訪れる告げる清ら かな雪解け水だとしたら、あの男は業務用のサラダオイル、しかも100回は豚カツを揚げた油だった。
しかし、澱んだ油でもモロゾフ4世がカワイイと思うと、封を切る前の油に昇格させてもイイような気がする。居間がツンドラ地帯と活火山で陣地取りになろうとすると、モロゾフ4世が哀しげな顔をする。ガマンしてやろうという気になる。(これは一輝も同じことを考えているようで、又、気にくわないのだが)人は護るモノが増えると大人になるらしい。

「・・・それで星矢さんは『ごるモロ』と呼んでいるのね」
「間を取ってな。あいつはチャッカリやさんだからな」
「他の方は?」
「沙織は『モロゾフ4世』の名付け親だから、当然。瞬はなんだかんだと一輝派だから必然的に。・・・すまん、つまらない話をした」
「そんなことないわ、楽しいもの。皆さん、仲が良いのね」
「そうか?」
「本当に嫌いだったら、名字と名前みたいに可愛くくっつけないもの」
「ま、確かに同じことを云って、律儀にフルネームで名前を呼んでいる奴も居るがな」と、云った氷河の微妙な表情の変化を絵梨衣は見逃さなかった。
「氷河さん、その人のこと、────好きなのね?」





「えっ?」
「すごく優しい顔になった。・・・モロゾフ4世ちゃんのことをしゃべっているより」
「そうか?そうだな、きっと」
 図星を指されて氷河は赤くなり、ついで厳粛な気持ちになる。至高の恋人の存在は名前を唱えなくても、想うだけで鮮やかに甦らせることが出来た。
「好きっていうか、────そんな簡単な言葉じゃ片づけられないな。俺の命だから。今度、無くしたら、もうダメだろな」
「ふーん」
 少女は氷河のことを知らない。聖闘士という世界の平和を守る仕事というのも、漠然としすぎていて正しい認識とは云えないだろう。けれども子供達に向ける優しい眼差しと温かい笑顔は知っている。自分たちと似たような境遇だが、不思 議と影を感じさせない強い人だということも。その白い太陽がいつもより儚げに見える。抱きしめて上げたいなと思うのに・・・・。
「ひょうくん」
 彼女に始めそう云われた時、誰のことだか判らなかった。だが、絵梨衣は自分のことをまっすぐ見つめ、にこにこと微笑んでいる。




「お願いがあるの。電灯が切れちゃって、付け替えて欲しいの。雨漏りもヒドイから、屋根の修繕もね。そういえば、棚をつるしていた鎖も外れちゃったの。やだ、障子の張り替えもあるの。物置の整理もしなくっちゃ。────もちろん、手伝って下さるわよね」
「ああ」
と、勢いに負けて頷いた氷河が解放されたのは、日もとっぷり暮れた頃だった。

 ありがとう、氷河お兄ちゃんという子供達と、美穂の自分を見つめる哀れみを含んだ眼差しと、絵梨衣の笑顔に見送られた時、氷河は疲れ果てていた。バトルよりも神経をすり減らした。
ふと隣を見ると、モロゾフ4世もぐったりしている 。
「モロゾフ4世・・・、疲れたか?」
「わん」
「俺もだ」
「・・・わん」
 一人と一匹はとぼとぼと家路に向かったが、言葉にしなくてもその胸中は一緒のはずだった。
「絵梨衣は何を機嫌を悪くしたんだろうな?」
「・・・うわん」
「そうだな、女心は難しい」
「わん」
「すまん、お前も女の子だったな」
「わんわん」
「・・・・」
 そして、一匹と一人が大きく溜息を付いた時だった。
「おつかれさま」と、柔らかい声が氷河を包み込む。
「あっ、紫龍。運命だな
「商店街こっちの方だから、偶然くらいにはなるが・・・。所で、何かあったのか?難しい顔して歩いていたが・・・」
「えっ、そうか?」
 別に誤魔化すつもりもなかった。絵梨衣のことを何と説明すれば良いのか迷ったのでもない。文字通り、紫龍の顔を見たら吹っ飛んでしまったのである。
「なら、いいのだが・・・」
 紫龍も笑顔を返す。だめ押しだった。コワイモノはただ一つだけになってしまった。その目の前にいるたった一人を見つめるから、紫龍も氷河から視線を外せなくなる。
 そして・・・。
「わん」と、モロゾフ4世が吠えた。
「そうだな、ごるびぃモロゾフ4世。お家に帰ろうな。今日はデザートにお前の好きな牛骨を買っておいたぞ」
「わんわんわん」
「紫龍、俺のは・・・?」
 氷河が手を差し出す。紫龍はその手を繋ぐ。
「さあ、何だろうな。家に帰ってからのお楽しみということで・・・」

 そして一匹と二人は夜の帳の中をとことこと家路に向かう。歩いていく。
いつまでも、いつまでも・・・、二人と一匹で。

                        FIN


しなさん、ありがとうございます!うれしいです。この穏やかでほのぼのとした2人と一匹がもたらすシアワセはことのほか、いまのわたしの心にしみこみます。▼;ω;▼
慌ただしく過ぎる年末、雑踏の街の中、たったひとりを見い出して時が幸せに止まる。そこだけが、色に染まる。それは氷河、紫龍、お互い一緒のような気がします。     

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