見せ付けられた、気がする。
持っているものの差。何もかも、段違い。































「助命を」


曹操殿、助命を。と。
乞うて、頭を下げて、繰り返す。


「張遼殿の、助命を」


諾、の言葉が与えられて、更に、頭を下げた。
その目の前に、手が伸びてくる。
頬に触れられる。顔を上げさせられる。


「もとより、張遼の命を奪う気などなかった。・・・それより、劉備」


手が。
この、手が。














許昌は、大きかった。
あの男の作り上げた都。
あの男の、持つもの。


「劉備殿」


声をかけられて、振り向く。その前に、無意識に、襟を正した。
もう、どこも乱れてはいないし、汚れてもいないのに。


「張遼殿」


昨夜の名残で、微かに痛む身体。
目の前の男の助命を嘆願し、受け入れられ、それからずっと。
毎夜のように、あの男の手が、すべてを翻弄した。
夜の記憶は薄い。けれど痛む身体が、現実を突きつける。


「劉備殿・・・その、・・・お身体は、大丈夫ですか」


言われた言葉に、あぁ、と、心の中で自嘲する。
見られたか。それとも、声を聞かれたか。何にせよ、知られている。
別角度から改めて突きつけられた、現実。


「申し訳ない・・・!」


そうして唐突に膝をつき、頭を下げる目の前の男に、慌てた。
そんなことをする必要は、ない。


「張遼殿!」


慌てて膝をつくと、ずき、と、下腹部が痛む。
思わず小さく悲鳴を漏らし、息をつめる。


「・・・・・・いいのです、張遼殿。拒まなかった私が悪い」


声を絞り出しながら言うと、心底申し訳ないという目が、私を見た。
目の前の男、張遼殿は、おそらく何もかもを知っているのだろう。
だから、こうして私に詫びるのだ。己の責任だと思って、詫びるのだ。


「・・・張遼殿。少し、歩きませんか」


彼の責任ではない。私が拒めず、・・・拒まず、受け入れただけのこと。
だから、決して彼の責任ではない。


「ここが何処か、お忘れになったわけではないでしょう。外を、歩きましょう」


張遼殿を助け起こして、あの男の、曹操の館を出る。
外を歩いているときに、張遼殿が、ぽつりぽつりと、話す。
この館まで来たのは、関羽から事情を聞いたから、だとか。
本当に申し訳ない、だとか、そういうことを、ぽつりと。


「ここは、大きな都だ・・・」


だから、私も、ぽつり。
人気の少ない丘の上で、呟いた。
ここは私の、心休まる場所。


「人々は活気に溢れ、笑っている。曹操殿は、本当に、」


だから、私は、ぽつり。
本音を、こぼす。


「・・・何でも、持っている。有能な臣、自身もまた、有能で」


溢れてくるのは、劣等感。
抱かれるたびに、思う。あの男は、あの男の手は、それが許される力を持っている。
自嘲気味に笑うと、隣に立つ張遼殿が困っているのが、気配でわかった。


「私が持つものといえば、この身体だけ。これを差し出すなど、造作も無いのです」


そう、だから、あなたは悪くない。責任などない。
言うと、張遼殿の気配が、変わる。


「関羽殿や、張飛殿がおられるではありませんか」


何かを押し殺すような声音で、告げられる。
私の大切な、義弟たちの名。


「彼らは、私に添うてくれています。私は、彼らを持っていないし、持つなどとは」


雲長も翼徳も、怒るかもしれないが。
彼らは、臣ではない。彼らは、私自身。私の心。
私に添って生きる、私自身。
張遼殿の気配が、また、変わる。


「劉備殿」


呼ばれる。
視線を動かすと、目が合った。
目が合うと、「手を」と、言われた。
言われたとおりに、手を、差し出す。
差し出した手の中に、手。


「劉備殿。私は、生きていますか」


私の手の中にある手は、あたたかい。
張遼殿の手は、紛れも無く生きている。
問われた言葉に、頷いた。


「あなたは、私の命を救った。その命が、あなたの手の中にある」


言われた言葉が、脳へと浸透していくのと同時に、今度は逆に、手を握られる。
張遼殿の気配は、色々なものが混じって、それでも、必死だった。


「身体以外、何も持たぬと。そんなことはありません。私の命、あなたに」


そうして紡がれる言葉に。私も、必死になった。
次の言葉を、あいている手で、塞ぐ。
が、その手は、ゆっくりと剥がされた。


「・・・あなたに、捧げたい。私の命は、如何なることがあろうとも」


そして、如何なる苦境、困難があろうとも、と、小さく付け足して。
その言葉に、かすかに震えた私の手を、強く握って、


「あなたに、持っていていただきたい。・・・お忘れにならぬよう、劉備殿」


握る力と同じくらい力強く、言う。
私の手に、命が、乗る。


「今、あなたは、私の命を、持っておられるのです。そして、願わくば、この先も」


息を、吐いた。
聞いてはいけない。
いけない、のに。


「命、は」


聞いてしまった。
だから、声が震える。


「曹操殿に、捧げてください。あなたは、そうして生きるべきなのです」


裏切り。それは、張遼殿には許されない選択。
それを選ぶ許可を、と、促されたけれど。
私は、それを許可することなど、できない。


「・・・・・・そうですか」


張遼殿の力が、一瞬、弱まった。
けれどすぐにまた、ぎゅ、と、握られる。


「ですが、劉備殿」


真摯な目が、私を見る。
私の手を握る手が、とても、熱い。


「私の心は、あなたにお持ちいただく。何があっても。必ず」


息を、吐いた。沢山、吐いた。
これはじきに、嗚咽になる。自分でわかる。
あの男と、持つものの差は、段違いだが。
それでも、今、私の手に、ひとつ、持つものが乗ったのだ。













「TimeSlicer」の管理人、亀でんさまに捧げる相互リンク感謝話。
張遼×劉備話、とのことでしたが、いかがなものでしょう・・・?
遼劉話のわりに、曹劉テイストが混じってたりしちゃったんですが・・・。
お、お気に召しませんでしたらすみません!!
相互リンク、有り難う御座いました!


「持」 ―もつもの―





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