花を、見かけて。綺麗ですね、と、言った。
笑って、そう言ったら。そうしたら。































どんどんどん、と、強く、扉が叩かれる。
劉備が顔を上げると同時に、「俺だ」と、声。
劉備は、思わず、笑った。


「こんにちは、呂布殿」


扉を開けて、にこりと微笑む。
赤い馬の手綱を引いて、大きな男が立っている。


「何事も、ないか」


見下ろす男の視線は、無遠慮。
しかし劉備は、微笑みながらそれを受ける。
そして「おかげさまで」と、柔らかく返した。


「今日は、お茶を飲む時間はありますか?」


劉備が問うと、呂布は、ほんの一瞬、目を曇らせた。
おや、と、劉備が思うのと同時に、呂布が首を振る。


「お前の顔を見に来ただけだ。・・・今日は、董卓の、狩りに」


随行せよ、と、命令が下っているのだろう。
劉備は、軽く肩を竦めた。


「残念です。まぁ、また明日にでも」


その言葉に頷いて、呂布は劉備を、じっ、と、見る。
かと思うと、目を伏せ、懐から、そっと、花を取り出した。


「今日も、たまたま、花が咲いていたから、摘んできた」


小さな、花。
思わず劉備が、目を細める。
手を、伸ばした。


「いつもいつも、有り難う御座います。今度こそは、頑張りますね」


そぅっと、包み込むかのように、劉備は花を受け取る。
呂布が、花を持ってきたのは、初めてではない。


「不器用さが、これほど憎いと思ったことはありませんよ」


苦笑交じりに劉備が言うと、呂布は、鼻を鳴らす。
刻限が迫っているのか、赤兎馬に跨り、馬上から、劉備を見下ろした。


「何度でも、花くらい、くれてやる」


言い終わって、すぐに駆け出した呂布の背中を、劉備が見送る。
手の中の花が、風に吹かれて、小さく揺れた。
劉備は、緩慢に視線を動かした。己の館。塀。その、下。


「やぁ」


声を、かける。
塀の下に、小さな、穴。


「どうした、今日は機嫌が悪いな」


小さな穴から、這い出てくるのは、子供。
子供専用の、裏道というやつだ。劉備には、通れない。
出てきた子供からは、はっきりと、怒気を感じる。
劉備が、視線に続いて、身体の向きも、そちらへ動かした。


「馬超?」


呼びかけると、子供は、荒く足音を立てて、劉備の傍へ来る。
そのまま、ぐぃ、と、視線を上げて、劉備を睨み付けた。


「あいつ、何」


開口一番、馬超が、不機嫌に聞いたのは、呂布の存在。
劉備は、「呂布将軍だよ」と、暢気に言い放つ。


「名前なんて、どうでもいい。あんたと、あいつ。どういう関係?」


問われ、劉備は暫し目を見開いて、それから、笑った。
馬超の眉間に、皺がぐぐっと寄せられる。


「どうもこうも。そうだなぁ、茶飲み友達、かなぁ」


笑う劉備に、馬超はいまだ納得のいかない顔をして。
でも、無理矢理に納得したのか、「ふぅん」と素っ気無く返した。


「さて。じゃあ小さいほうの茶飲み友達が来たわけだし。上がってくか?」


小さいほう、という言葉に、馬超は少しムッとした。
なので、返事をせずに、それでも返事代わりに、小さな家へと上がりこむ。
劉備はその後姿に微笑みながら、馬超に続いた。


「しかしあのゴツい将軍さんが、花って。似合わなさすぎ」


劉備がお茶を持って馬超に近づくのと同時に、馬超が口を開く。
お茶を置いて、劉備は懐に入れておいた花を見た。


「そういうな。このお茶だって、将軍がくれたものなんだぞ」


お茶は贅沢品だ。それを、劉備が好きだというと、呂布は、持ってきた。
馬超はお茶を一瞥して、けっ、と、行儀悪く寝転ぶ。


「ちょっと待っててくれ。これ、植えてくるから」


そんな馬超の頭を軽く叩いて、劉備が館の庭へと出る。
小さな庭の、片隅。そこには、花の咲き乱れる花壇がある。
貰った花を植えているうちに、華やかになった。


「でも、将軍さんには、枯れた、って、言ってんだろ」


馬超が、劉備の背中に声をかける。
返事は、ない。


「育ってるって言えばいいじゃん。何で嘘言ってんだよ」


しゃがみ込んで花を植える劉備は、黙っている。
馬超の機嫌が、少しずつ悪くなっていく。
立ち上がって、馬超は庭に飛び出した。


「花が育ってたら、あいつ、もう花を持ってこないのか」


劉備の隣に立って、馬超が言う。
ふと、劉備の視線が、馬超に向けられた。


「だから、あんた、嘘言うのか」


暫くの間をおいて、劉備が急に笑い出した。
笑いながら、馬超の肩を何度か叩いた。


「違うよ、馬超。違うんだ。私は、ただ」


笑う劉備の視線が、ふと、真剣なものになって、馬超をとらえる。


「私は、ただ、呂布将軍が、花を見なくなることが、怖いんだ」


真っ直ぐな人間ほど、一度、暗いものに取り憑かれると、大変だから、と。
小さく続けた劉備の視線は、馬超をしっかりととらえていた。


「私がいなくなったあと、きっと一度だけ将軍はここに来る。そのときに」


劉備の視線が、馬超から、すい、と、逸らされる。
空を見上げて、劉備は、笑った。


「将軍が持ってきた花を、見ればいい。これほどの花を、将軍は見ていたんだ」


馬超はというと、劉備の表情よりも、言葉の内容よりも。
ひとつの単語に、反応した。


「いなくなる、って、何だよ!」


劉備の服の裾を掴んで、思わず怒鳴る。
その視線は、怒りよりも、哀願。


「・・・言葉の通りさ。馬超も、早いうちに西涼に帰ったほうがいい」


本人は気付いていないのであろうその視線に、劉備は苦笑する。


「時代が、動くんだ。最強という椅子も」


馬超の背中を押して、劉備は館へと入る。
いつの間にか、離れがたいものが出来ていたか、と、思う。
密命を受けている。都の内情を、味方に知らせるという。


「最強って、何。武力の最強か? それ、誰」


座り込んで、馬超は劉備に問う。
劉備は、少し黙った。


「武力の最強は・・・間違いなく、将軍だ。呂布将軍」


馬超が、顔を上げる。
視線が、少し揺れていた。


「最強の椅子が動くって。じゃあ、あいつ、死ぬのか」


劉備は、答えない。馬超は、知っている。
知っているというより、直感。


「だってあいつ、あんたのこと、絶対好きだぜ」


知ってて、見殺しにするのか、と。
真摯に問いかける馬超を、劉備は、目を細めて見た。


「毎日、あんたに、花持ってくほど、好きなのに」


つい先ほどまでは、呂布という存在を敵視していた少年が。
今度は、彼の、その気持ちを、劉備に語る。


「わかるんだ。あいつ、絶対、今まで、花なんか見たことなくって」


言っているうちに、馬超の目に、涙が溢れてきた。
それを馬超は乱暴に拭って、劉備を見る。


「でも、あんたが嬉しそうに笑うから、きっと、花を探すようになって」


拭った涙は、馬超の服に染みを作る。
何度も何度も拭うものだから、染みは、じわじわと広がる。
最終的には、ぽたりと、床に、涙が落ちた。


「そんなに好きなのに、何でいなくなるんだよ・・・!!」


劉備は、ぼんやりと、思い出す。・・・私が。私なら。
私なら、彼に気に入られて、取り入る自信がありますよ。
そう、言って。この密命を受けた。


「・・・私も好きですよ、と。そう言えたら、どれだけ、楽だろう」


劉備が、呟いた。
自嘲気味に言って、馬超へと視線を向ける。


「なぁ、馬超?」


馬超は、動きを止めている。
言葉を上手く受け取れていないのか。
暫くして、口が、微かに動いた。


「好き、なのか」


乾いた声。
馬超の覇気が、急に消える。


「真っ直ぐな人間は、愛しいよ。悲しいほどに、好きだ」


馬超が、立ち上がる。
そうして、劉備の胸倉を掴んだ。


「何だよそれ! じゃあ、あいつは、全然・・・っ!!」


報われない、と、言葉尻を小さくした馬超の手に、劉備が触れる。
似ている。真っ直ぐな、人間。真っ直ぐで、とても愛しくて。
だからこそ、悲しいほどに、好きで。でも、自分は。


「おれだって・・・花・・・探して・・・」


自分は。劉備は、馬超の手を握る。


「花壇、出来たんだ。小さいけど、全然ここのには敵わないけど、」


その手を握り返して、馬超は俯いた。
花を植えている劉備は、とても楽しそうだった。
その顔を何度も見ていたから、だから。


「・・・作ったのに・・・」


消え入りそうな声の馬超に、劉備も俯いた。
沈黙が流れて、風が花を揺らす音だけが、鳴る。


「すまない、馬超。最後の日に、泣かせるつもりはなかったんだ」


小さく、劉備が言う。
馬超は、劉備の手を離した。


「もしかして、明日には」


頷く劉備に、馬超は怒鳴る。


「じゃあ!」


勢いで、置かれっ放しだったお茶が、半分ほど零れた。
劉備はそれに少し意識を奪われたが、馬超の声に再び視線を戻す。


「じゃあ、あんたの名前を教えろ!」


いくら馬超が問うても、呂布が問うても。
劉備は、笑って、はぐらかし続けた。
真っ直ぐな人間に対する引け目なのか、なんなのか。
偽名を名乗る気には、何故か、なれなかった。


「あいつには、花を残すんだろ。おれには、名前を残して行け!」


劉備は、笑う。残った、半分のお茶を飲み干して、息を吸う。
愛しい、真っ直ぐな人間に。心を、込めて。


「劉備、だ」















「兄者ぁ、無事だったか!!」


張飛が、すごい勢いで劉備に抱きついた。
その隣では、関羽が安堵して微笑んでいる。


「どうでしたか、中の様子は」


関羽に問われ、劉備は、うん、と笑う。


「沢山の花を、貰った。あと、いつになるかはわからないが、将来貰う約束も」


切なげに。
愛おしそうに。
















「しろそら」の管理人、しいなたくと様へ捧ぐ一万打祝い話。
呂布×劉備もしくは馬超×劉備の話、ということでしたので、例によってごちゃ混ぜ。
前回が結構ほのぼの(だと自分では思っている)作品だったので、今回は切な系で。
何だか切な系を目指すあまり、勢いだけのよくわからない話になってしまいましたが;
いやでも勢いで書かないと、しいなちゃんのサイトが二万打いきそうでしたし。
に、人気サイトさまのカウンタの回りっぷりを侮っておりましたよ・・・。

劉備は、「都の内情を探る」という密命を受けて、潜入中でした。
馬超は、都に短期留学的に遊びに来てました(ぇ)
何だかんだしているうちに、彼らは仲良くなりました。
呂布と劉備は、まぁ劉備さんが上手く立ち回ってお友達に。
馬超は呂布に、心のどっかで共感してます。似たもの同士で。
劉備は、どっちも好きです。どういう好きかは、本人のみぞ知ります。
何気に、色々と含みのある言い方してます、劉備さん。
でもってこれ、「花」と微妙に繋がったり繋がってなかったり・・・。

相変わらず補足を入れなきゃいけない無駄長駄文で泣けてきます。
それでもよろしければ、受け取ってやってください、しいなちゃん。
サイト一万打、おめでとうございますvv


「貰」 ―もらうものは―





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