露。








甘いものを好む男は、実は結構多い。

それでいて、本当は好きな癖に「そんなもの女子供の食うもんだ!」なんてカッコつけて食いっぱぐれ、影でコッソリ悔しい思いをしていたり、なんてこともよくあることで。

だが、甘いものをそりゃもう素直に「好き」と言える男も、少数ではあるが確実に存在している。

「んー、美味いv」

甘く炊き、程よく乾かしたところに砂糖をまぶした蓮の実、蜜を加えて練り上げ固めたものを、厚みのある短冊形に切った山査子(さんざし)の果実、大ぶりの梅を砂糖と茶で煮た茶梅、大棗を蜜で煮込んだ蜜棗に干無花果、干葡萄……ずらりと並んだ蜜餞、芒果をそれはそれは美味しそうにぱくつく合間に茶を楽しんでいるのは、蜀君主劉備玄徳その人である。

劉備はそんな少数ではあるが確実に存在している部類の人間の一人だ。

甘いものの嫌いな人間なら胸焼けを起こして席を立つか、ヤケを起こして卓をひっくり返すかしたくなるような絵ヅラだが、甘いもの好きの劉備にとってはまるで苦にはならない。

「お、これも結構美味いな」

などと、こちらも胸焼け卓袱台返しとは無縁の馬超が、横合いから手を伸ばし茶梅をつまんで言えば、劉備はにっこりと、花のほころぶような笑顔を向ける。

甘いものが苦手な趙雲、甜品より酒の張飛は言うに及ばず、孔明も苦手ではないものの、かと言って好きと言うほどでもないらしく、部下、義兄弟、軍師には恵まれていても、甜品を味わう楽しみを共有する相手には恵まれていなかった。

が、会見の後に帰順した馬超が、実は甜品好きと判明し、ここにきて漸く劉備は甜品を味わう楽しみを分かち合う相手を得たのである。

その喜びは、甜品を好まない人間には理解しがたいものであろうが、当人にとっては計り知れないものがあるのだろう。

「今年は梅のいいのが出来たって言うから、茶梅の当たり年だな」

「でも、茶梅もいいが、蜜に漬けたのも美味いぞ。今年のは、蜜に少しだけ酒を混ぜているとかで、ただの蜜漬けとは一味違うと力説していたからなあ。そろそろいい感じに漬かってるだろうから、明日は蜜漬けを出してもらおう。……あ、こっちの山査子も美味いぞ」

言い、このところは剣を持つこともなく、侍女たちの(有無を言わさぬ迫力で断ることを許さない)手入れの成果もあり、一層白く細くなった指で山査子の一つをつまむと、馬超の口元に差し出した。

趙雲ならそれだけで鼻血を吹いてぶっ倒れるだろうが、馬超はまるで気にした様子もなく、ぱくりと差し出された山査子を口にする。

「お、美味いじゃねえか。この酸味と甘味の加減がまた絶妙だな、おい」

「そうだろう、そうだろう! あ、こっちの蜜棗も美味いぞ。この柔らかさと甘さは感動ものだぞ」

にこにこと嬉しそうな顔で、今度は蜜棗をつまみ口元に差し出す。

感動ものの甘さと柔らかさ。

その言葉に、馬超の目は差し出された蜜棗ではなく、劉備の口元へと向かっていた。

よく熟れた桃に似た柔らかな色をした、見るからに柔らかそうな唇は、卓に並ぶ甜品のどれよりも甘そうに感じられて――。

「ば、馬超?!」

手の中に軽く収まってしまう手首を捕らえて引き寄せ、上がった惑いの混じった声を塞げば、それは思っていた以上に柔らかく――驚いて縮こまっている舌も、綺麗に並んだ白い歯も、鼻から抜ける息までもが、甘い。

先程まで口にしていた甜品の所為だけとは思えない甘さに、眩暈がしそうだった。

だが、馬超が劉備の唇の甘さに酔っていたように、劉備もまた、馬超によって施される甘さに酔っていたのだ――歯列をなぞり、口蓋をくすぐり、舌に絡む甘さの齎す、居たたまれないような、痺れるような、まるで知らない強烈な甘さに。

そうやって、どれほどの時間が過ぎたろうか。

実際はほんのわずかな間のことであったが、互いの甘さに酔っていた二人には、随分と長いことのように感じられた。

どちらからともなく唇を離し、まるで互いの胸のうちを探りあうような視線が絡めば、それもまた一瞬で外れて。

形容し難い沈黙の居心地の悪さに、馬超は溜息をつくと乱暴に席を立った。

多分、明日からはこうして茶の席に同席することもないだろう――そう思うと、唇に残る甘さがやけに苦く感じられる。

だが。

「……おい?」

俯き、それでもしっかりと馬超の袖を掴んでいるのは、劉備の手で。

「あのな、離さねえと出てけねーだろ」

どうにも格好のつかない絵ヅラになってしまい、つい溜息が落ちる。

「あー、その、何だ。……明日っからは来ねえから、安心しろ」

言えば、劉備はふるふると首を横に振る。

一体何なんだっつーんじゃ。そんなんされたら、期待しちまうだろーがこの莫迦やろ。

そう胸のうちで毒づく馬超の気も知らず、劉備は相変わらず俯いたまま、それでも袖を離そうとはしない。

「……じゃ、なかった……」

「あ゛?」

「……ヤじゃ、なかった……」

「へっ!?」

「だから! その……その、お主の、せ、せ、せ………………接吻はイヤじゃなかったと、そう言っておるのだ!」

「……はっ?!」

「だから、その……あ、明日も……来て、欲しい……」

消え入るような声に、一瞬途方もなく間の抜けた表情を浮かべた馬超だったが、それはすぐに苦笑に似た笑みを形作った。

入り混じる苦さは照れ隠しだ。

「……いいのかよ、んなこと言って。本気にするぞ?」

言えば、相変わらず俯いたまま――それでも僅かに見える首筋だの大きな耳だのは熟した山査子の実よりも赤い――ではあるが、劉備も、

「……構わぬ」

などと、えらく可愛らしいことを言ってくれて。

ならば――期待してもいいと言うのなら、こちらだって手加減なんかしてやるものか。

「その台詞、後悔するんじゃねえぞ」

袖を掴む劉備の手を逆に掴めば、驚いたように顔を上げる。

現れた、予想と違わぬ赤い顔の滑らかな頬にまた一つ接吻を落とせば、更に赤味は増して。

頭の中には厄介なライバルどもの顔がずらりと並ぶが、それでも負けるつもりはない。

こんな極上の甜品を、他の奴になど渡してたまるかってんだ。

そう胸のうちで呟いて、馬超は再び、目の前の甘い唇を食んだ。







……で、余談ではあるが。

後日、執務室に届け忘れの竹簡を届けに行った趙将軍が真っ白に燃え尽きたり、様子を見に足を運んだ天才軍師殿が羽扇を人間離れした握力で球体に変えていたりしたそうである。

そして、そう言うことのあった翌日は、大概馬将軍が一騎打ちとしか思えない手合わせを申し込まれたり、何処からともなく打ち込まれるビームに吹っ飛ばされたりするのだそうな……。









〜ざくろゆう様より―相互リンク記念・馬劉小説〜

私ってこんな幸せ者でいいんでしょうか・・・!!!
だ、だって・・・ざくろさまの素敵すぎ小説ですよ・・・!?
うちみたいなヘボサイトへのリンクでこんな素敵小説が頂けるとは。
とにかく殿が可愛すぎます! 本気で鼻血出ます!!(汚っ)
もうざくろさまの描写は何て素敵なのでしょうか!
一文字一文字からオーラが漂ってくるようですよ・・・。うっとりです。
殿をゲットした馬超は、これから大変な思いをするんでしょうねぇ。
むしろ私も馬超への闇討ちに参加したい気分ですがきっと返り討ち(笑)

いやもうぶっちゃけまして、ざくろさまの殿描写に本気で涎垂れそうでした。
あ、あ、甘い殿・・・っ!!(落ち着こうね)


ざくろゆう様、素敵小説有り難うございました!



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