蜀とゆー国は、基本的に貧乏である。

あっちこっちと流れ流れてきた苦労人な――それでいて「のほほん」とか「ぽややん」とかの表現が似合う癒し系だと言うのはある意味凄いことであるが――蜀君主、劉備玄徳殿にとっても、それは頭の痛い問題であった。(もっとも、それについて最も頭を痛めているのは内務担当諸氏であろう。)

新年を迎えても矢張り蜀はそこはかとなく貧乏と言うか清貧と言うか、派手好き女好きの君主がおわす某魏国や、アットホーム・ダッドな君主 とほのぼの大家族(って程でもないが)がおわす某呉国と比べてもイマイチ盛り上がりに欠けるのだ。

新たな年を迎えることが出来たのは、こんな不甲斐ない君主を信じてついて来てくれた家臣たちのお陰だし、そんな、いつも苦労かけっぱなしの家臣たちに感謝の気持ちを形にして――と、某忠犬なら泣いて感動しそうなことを考えていた劉備だが、それが後にえらいことに発展することなど、この時点では劉備はもとより、臥竜・鳳雛との誉れ高い軍師二名以下、誰も思いもしなかっただろう……。


 

 

 

 
一月ーは正月ーだ酒が飲めるぞー♪ てな塩梅でいいカンジに出来上がっている張飛と、行きがかり上付き合わざるを得ない関羽が杯を傾けているのは、風情もへったくれもない鍛練場近くの草地であった。

鍛練場周囲の草地に座り込んでの酒盛りときては風情の無いことこの上ないが、飲めればそれでいい人種である張飛はさして気にしてはいないし、それについては関羽も同様である。

それに、運悪くあの腐れ白南瓜(命名・馬超)と遭遇した日にはあーだこーだとイヤミをこかれる可能性が高い。なら、その可能性の高い城内より、多少寒かろうが風情が無かろうがこの場所で飲んでいる方がなんぼかマシなのだ。

酒に弱い人間なら見ているだけで急性アルコール中毒で搬送されそうな豪快過ぎる飲みっぷりを披露していた張飛と、張飛と比べればまあ人並みに見えなくも無いが矢張り人並みとは言いがたい飲みっぷりを見せていた関羽だが、

「翼徳、雲長」

と、独特の柔らかさで呼ばれる名に、ばっと振り返った。

その勢いたるやコンマ何秒のオリンピック公式記録の世界である。

振り返った先では、二人にとってはこの上なく大事な敬愛する長兄が、にこにこと、うららかな春の日差しのような笑みを浮かべて立っていた。

「兄者ー! 兄者も飲むか?」

「幾ら何でも、昼日中からは兄者は飲まぬぞ?」

嬉しさを顔中で表現したような笑顔で張飛が徳利を持ち上げるのを、苦笑混じりに関羽がたしなめる――何時もの光景だが、その「何時もの光景」が、劉備にとっては大切な宝物なのである。

志以外何もない、一義勇軍として旗揚げした頃から共にある大事な義弟たちの「何時もの姿」に、劉備はその笑みを深くする。

誰が呼んだか「菩薩の微笑み」、それはある意味最強兵器であると言えよう。

見慣れているとはいえ、間近でのそれは何つーか無双乱舞級である、さしもの張飛、関羽の二豪傑も、思わずフリーズしてうっとり見入ってしまった。

これが何処かの奸雄だったりすると劉備に貞操の危機がもれなくついてきたりするのだが、それはこの際置いておこう。

フリーズする義弟にすたすたと近づいた劉備が、身をかがめる。

そして。

「新年好」

の言葉に続いたのは。

「◎‰×∵§⊇◆¶∽這*@仝¢?!」

酒臭い頬に触れた柔らかなものに、中国語が崩壊して、一瞬、シナントロプス=ペキネンシスになってしまった関羽であるが、張飛はと言えば、

「わはは! そんじゃ兄者、お返しだー!」

と、そりゃもう嬉しげにベアハッグよろしく劉備を抱え込んで、じょりじょりと頬擦りならぬ髭擦りをお見舞いする姿はさながらウサギを抱え込んだ熊いったところだが、劉備もくすぐったい、酒臭いと言いながらも楽しそうに笑っている。

関羽のほかに目撃者がいないからいいようなものの、ここにあの腹黒ドテ南瓜(命名・やっぱり馬超)がいたら、次の戦では確実に「お前華華しく散ってこい」になるだろう。

一頻りスキンシップに満足したのか、張飛がベアハッグを解くと、劉備は笑いすぎて切れた息を深呼吸で整えてから、

「……飲むのもいいが、程程にしておくのだぞ?」

言うと、まだ微妙にフリーズっている関羽と矢鱈とテンションの高くなった張飛に、笑顔で手を振り去っていった。


 

 
何となーく全体的に貧乏ではあるが、新年を迎えた蜀にも何となーくお目出度い空気は漂っており、市も人も何処と無く嬉しそうで、何時にも増して賑わっている。

そんな賑わいがそこはかとなく伝わってくる城内で、趙雲は今日も今日とて「自分、任務ですから」と高○健ばりに警護の任に当たっていた。

真面目でお堅いのも悪いとは言わないが、真面目でお堅いのも過ぎれば部下にとっては煙たいのだと、そーいう社会における処世術もちょっとは身に着けましょう、なんて裏評価(主に孔明)があるのだが、それはこの際関係ないので置いておこう。

今日も今日とて任務に忠実な趙雲の厳しい表情が、ふと――緩んだ。

その理由について説明など不要であろうが、「突然思い出し笑い」と勘違いされると、オカメミジンコの鞭毛の先くらいではあるが可哀相なので説明するなら、彼が敬愛(からちょっと少しかなり大分 相当物凄く踏み込み過ぎているようにも見受けられる)してやまない主君、劉備の気配を感じたからである。

オマエ気配読みすぎだよ! とは思っていても決して言ってはいけない。世の中には思っていても言ってはいけないことがあるのだから。

気配を察知してから数分後、趙雲の前には、花も恥らう(趙雲美ジョン)微笑を浮かべた彼が敬愛(からちょっと(略))してやまないご主君の姿があった。

「趙雲!」

名を呼ぶご主君の笑顔の後ろに三段木漏れ日付きのソフトフォーカスなお花畑を幻視しつつも、そんなことはおくびにも出さない(でも一部の鈍いお方を除けばモロバレだったりする)恭しさで一礼する。

「これは、殿。どうかなさいましたか?」

女官たちが見たら真っ黄色な金切り声を上げて卒倒しそうな超級スマイルの趙雲に、劉備はこちらも鼻血ものの柔らかな笑みを浮かべて、

「うん、ちょっと頼みたいことがあるのだが……少し屈んでくれぬか?」

と、えらく可愛い「お願い」をする。

もうこの時点で趙雲の中の「何か」のメーターはレッドゾーン突入寸前だったのだが、言われた通りに少し――劉備と視線の高さが合うくらいに――屈んだその頬に、柔らかくて温かいものが触れた瞬間、全部全てまるっと何処までも針が振り切れたのは言うまでもない。

ぶつん、とブレーカーの落ちる音が聞こえてきそうなイキオイで硬直した趙雲に思わず引き気味になりつつも、劉備は、

「新年好」

と、それでも笑顔で言い添え、その場を去ったが、その後、硬直したまんまの趙雲をどーするかが問題になったのは言うまでも無い。


 

 
一応新参者としてはそれなりに古株に気を使わねばならない、と馬岱にどやされ、渋渋ながらも同僚・上司への挨拶回りをしていた馬超が、やっとその面倒極まりない責務から開放された頃には、日は既に中天を過ぎていた。

ど腐れ南瓜(命名・しつこく馬超)以下、蜀の主だった面面への新年の挨拶回りは済んだのだが、何故か肝心要の大本命、主君であらせられる劉備へのそれだけが未決であったのだ。

と言うのも、執務ほっぽり出して城下に行くような風来坊気質を遺憾なく発揮して、配下の部将たちへの新年の挨拶回りに自分から行ってしまったからである。

普通逆だろ、君主が挨拶回りに行ってどーするよ、と文官たちも頭が痛いことだろう。

ただ、そんな状況にもかかわらず、変態光線南瓜(命名・くどいけど馬超)以下、恐らく自分より先に劉備に会ったと思われる面面が、これまた揃いも揃って気持ち悪いくらいに上機嫌だったのはいささか不可解ではあるが。

しかしながら、そんなことは歩いているうちに心の棚の手の届かない高い場所にしまい込むことにした――理解の及ばぬ存在について(特に約一名については、人間の理解の範疇を超えた地球外生命体だと馬超は認識している)考えたところで、どーしょーもないのである。

途中、あからさまに往来の邪魔をしている生きた彫刻に遭遇したりもしたが、「障らぬ神に祟り無し」との古人の有難いお言葉をしみじみとかみ締めつつ大きく迂回する羽目になったりもしたが、それ以外は概ね何事もなかった。

(しっかし、何処ほっつき歩いてんだあの常春君主は?)

今日は未だ一度も顔を合わせていない。と言うことは一度も言葉を交わしていない訳で、あの、見ているだけでほわわんと癒される笑顔にもお目にかかっていないと、そーゆーことである。

探すべきか探さぬべきか、それが問題だ――などとカッコつけてみた馬超だが、

「馬超、馬超」

などと名を呼びながら、回廊の角を曲がってぱたぱたとご本人が小走りで出てきたのだから、何と言うかちょっとアレである。

「あのなあ、何処ほっつき歩いてたんだよ?」

呆れたように言う馬超に、劉備はにこやかに、

「うん? ああ、皆に新年の挨拶をしておったのだ」

新年の挨拶をして回った連中の名前を、指折り数えつつ挙げていく。

孔明、関羽、張飛、趙雲、姜維、魏延、黄忠、糜竺、簡擁、法正etc.etc……と、主だった幕臣はほぼコンプリートしているようだ。

「普通逆だろ、俺らがお前に新年の挨拶に行くもんだろ。君主が挨拶回りに出てどーすんだってーの」

一般常識に照らし合わせたツッコミは的確だが、馬超にこーいうツッコミをされるのは物凄く意外である。

「うん、でもなあ……皆には世話になりっぱなしだったろう? だから、私からもお礼をしたかったんだ。だから、その……」

「へー。じゃ、俺にもか?」

「うむ、勿論だ! だからな、馬超。ちょっと屈んでくれぬか?」

「……? まあ、いいけどよ……こうか?」

言われるまま、ちょっとばかり身を屈めた馬超が次の瞬間見たものは。

(趙雲のヤツなら鼻血吹いて死ぬぜこりゃ……つか、やっぱ睫毛長ぇよな、馬の目ぇみてーだな……)

至近距離の劉備の顔を冷静に観察するだけの余裕があるのは流石だが、さり気無く同僚をバカにしつつ比較対照に馬持ってくるのはどうかと思われる。

それはまあいいとして、兎に角大変に美味しい状況であることだけは確かだ。

しかしそれはほんの一瞬で、すぐに劉備は離れてしまった。

「……新年好、馬超」

そして、照れくささの混じったはにかんだような笑顔がほろんと咲く。

これはもうアレだ、うーわ襲いてぇー! ってなモンである。

「……新年好、我が君」

ぶっちゃけギリギリではあるが理性を総動員して、辛うじて新年の挨拶を返す。

が。

「って、ちょっと待て。お前まさか他の連中にもしたのかコレ!」

「ちっ、違うぞ! お前以外は頬だ頬!」

いやそーじゃなくて。

「ま、ならいいけどな……よし、そんじゃ行くか」

「へ?」

「こーなったらアレだな。つか、お前が誘ったよーなもんだからな」

「はっ?!」

「滅多にねーもんな、お前から接吻してくるなんてことは」

「え? え? えぇーって、ちょっと待て馬超ー!」

「待たねーし、待つ気もねーからな?」

ひょい、とそれはもう軽々と劉備を抱き上げて――所謂世間で言うところのプリンセスホールドと呼ばれているヤツである――すたすたと歩き出す馬超に、劉備はただただ目を白黒させている。

その後何が起こり何がどうなったかについては――野暮はお言いなさんなとだけ言っておこう。

しかしながら、確実に馬超が後後命の危険をそこはかとなく感じることになるであろうことは想像に難くない。つまりはそーいうことである。

だが、今は新年最初の甘い時間を堪能することが先決である。

そう、その後に待っているのが地獄であっても。


 

 

 

 
さてはて、何はともあれ目下のところは天下泰平。

ただ、何処で聞きつけたのだか、某国では「蜀に行く」と言い出した某魏王を止めるべくその不幸な従兄弟以下数多の部将・文官がストレスでぶっ倒れかねないどえらい苦労をしただの、某国では誰が蜀に行くかでガチンコバトルロワイヤル兄弟ゲンカがおっぱじまり、仲裁に入るべき父親までが参戦してえらい騒ぎになったそうであるが、噂はあくまで噂である。

今年もまた、波乱万丈の日日が待ち構えていようとも、今日この時ばかりは――新年好。









〜ざくろゆう様より―新年フリー馬劉小説〜

やばいです! 私の顔が病気の如く激しくやばいです!!
病名は「妄想力過剰分泌による顔面変形症」だと思われますが。
な、な、な、何ですかこの殿の可愛らしい新年のご挨拶はっ!
殿の挨拶する人たち全員に成り代わって、殿の挨拶独り占めしたいです。
そして桃園三兄弟のじゃれあい・・・! あぁもう、ごっつツボですっ!!(悶え中)
あとシナントロプス=ペキネンシスって何だろうと思って調べましたら。
北京原人の学名なのですね。ま、まさか北京原人が出てくるとは!
大爆笑しちゃいました。ざくろさまの言語センスには頭が下がりまくります。

のほほんぽややん殿に愛されてる馬超はかなり役得ですよねv
地獄を覚悟しながらも姫はじめですか、馬超殿っ。
何気に最後に他国でも殿争奪戦が勃発していて最高でした!


ざくろゆう様、素敵小説有り難うございますv



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