「僕は、空がすごく好きなんだ」





空を見たときに






「今日の空は明日まで続いてるはずなのに、全然違う」

日暮れ時。
人のいなくなった公園のベンチで。
隣の横顔が、少しだけ寂しそうに笑った。

「昨日から続いてるはずなのに、昨日にはならない」

足元に転がったボールを見て、溜息。

「・・・まぁ、あの日の空も、二度と見ることはないんだけど」

思うように動かない足が憎いのか。
寂しそうに笑った顔が、引き攣った。

「当然だよ。過ぎたことより先のことを考えるべきだと思うしね」

自分もサッカーをやっているものだから、怪我の怖さは知ってる。
動けない間は、どれだけ不安なのかもわかる。
何か言葉をあげたいけど、思い浮かぶものもない。

「いいな。動く足があって」

彼から発せられる言葉には、敵意みたいなものが少し。
それから、羨望と、怒りと、悲しみがある。

「風祭のだって、すぐに動くでしょ」

せめて全部受け止めようと思ってたのに。
不器用にも言葉が出せないから、だからせめて。

「これ、意味のない動き方しかできない足になるんだよ」

なのに。
ああ、なんて痛いんだろう。
責められているかのような息苦しさ。

「走れない。サッカーができない。何もできない」

いつか、「いらない」と足を切り取ってしまいそうな顔をして。
それでも一生懸命に、こっちには笑顔を見せようとする。

「・・・どうして、泣かないの」
「もう泣くのはいらないよ。疲れるだけだもん」
「・・・そう」



風が吹いた。



「・・・あ・・・っ」

流されて転がるボールを見て、風祭が小さく声を上げる。
そして座っていたベンチから勢いよく立ち上がった。


風がやんで。
ボールはとまる。


「・・・・・・っ」

小さく悲鳴を上げた。
地面に、動けないうちから捨てられた赤ん坊みたいに這いつくばって。
風祭は、聞き取れないほど小さく悲鳴を上げていた。

「風祭」

身体を起こそうと手を差し伸べる。
そしたら意志の強い目で、大好きなその目で、拒否された。

「・・・こんな足・・・役立たずだ・・・っ!」

悲鳴は、小さくなくなった。

「何で!何で動いてくれない!?今まで、あんなに動いてたのに!!」

大きく開いた目からは、なにも零れ落ちない。
いっそ、涙をぼろぼろ流して泣いているほうが楽なのに。
見ているこっちが、余計に苦しい。

「風祭。さっきのは、今まで動いてくれた足に失礼だよ」

厳しい言葉を投げつければいい?

「それに、これからもお世話になるんだしね」

優しい言葉を投げかければいい?

「郭くんは、郭くんには・・・今も動く足があるから・・・!!!」
「あるから・・・なに?羨ましい?憎らしい?」

どうしてほしい?
俺に言って。
なんでもする。
なんでもするから。





だから、黙らないで。





「僕も、今すぐにでも、サッカーがしたい・・・っ」

そう。黙らないで、なんでも言って。
可能な限り、たとえ不可能でも、なんでもするよ。

「・・・人の足って、移植できないのかな」

なんでもする。

「できるんなら俺の足、あげるのに」

だから、俺に怒っててよ。
俺を憎んでてよ。
呆れててよ。

「・・・嘘ばっかり。実際は、そんなことできっこない」

もう嘘でも良いから笑って欲しいだなんて思わない。
気持ちを押しつぶしたまま言葉をなくさないで。
俺の前で、黙らないで。

「本当だよ。風祭が望むなら、二本ともあげる」
「いらない。そんなことしたら、郭くんがサッカーできなくなる」
「俺は構わないよ。今の風祭と同じになるだけだし」

黙られると、とても怖いんだ。

「この痛さがわからないから、そんなこと言えるんだよ」

いっそ、悲鳴でもいい。
耳の中に、きみの声をずっと響かせておきたい。

「・・・そうだね。その痛さは、わからないな」

そうでないと、頭の中に残る風祭の姿は。
今みたいに、地面に這いつくばって。
無言で、ずっとそのままでいるだけだから。



俺は、手を伸ばした。
なのに、いつも拒否される。
「どうして」って聞いても、何も言わない。

今まで、沢山喋ったのに。
壊れた玩具みたいに、黙ったまま。
目をそらしながら、でもずっとこっちを見てる。



「・・・風祭、本当に俺の足はいらない?」
「いらないよ。郭くんの足は、郭くんのものだから」

風祭って、ほんと頑固なのか我侭なのか優しいのかわからない。

「欲しいんだったら、いつでもあげるよ」
「僕は、いらないって言ったよ」

でも俺は、全部ひっくるめて、きみが好きなんだ。

「・・・それに、痛くもない人に、何を言われたって」

言う途中で、風祭は言葉を切った。
小さく「ごめん」と呟いて、這いつくばったままそっぽを向く。

「信用できない?」

そっぽを向いた風祭の顔が、左右に揺れた。

「いいよ、否定しないで。それが隠してた本心なんでしょ?」

また、風祭の顔が左右に揺れる。

「誰でも思うことだよ。それが風祭の零れた思いなら、俺が拾えばいい」

持ってきていた鞄の中をあさって、目的のものを見つけ出す。
いつでも、本気だって伝えるために持ち歩いてた。

「俺は、風祭のことなら、いつだって本気のことしか言わないから」

カチカチカチ・・・と、音だけが鳴った。
そしてその音に反応して、風祭もこっちに顔を向ける。
と同時に、目が、大きくなった。

「誰だっけ。昔、同じことしてサッカー生命絶った人がいたんだってね」

視線を感じながら、十分に刃の出たカッターを見つめる。
視線の主は、口をパクパクさせながら何かを言おうとしていた。

「・・・さぁ風祭」

何か言っているのが聞こえる。

「これから味わう痛みは、風祭のとどっちが痛いかはわからないけど」

動こうとしているのもわかる。

「だけど、これで風祭と一緒の状態だ。俺の本気、よく見てて」

躊躇いもなく、刃をアキレス腱にむかって振り上げる。
あとは、思いっきり振り下ろせばいい。

「駄目だッ!!!」




















切った感触があった。

肉を切る音もあった。




















血は、足から流れなかった。

「なんで・・・」

呟いた声の主は、俺じゃない。

「わかるよ、風祭の行動くらい」

俺の足をかばった風祭の手。
それをさらにかばった俺の手から流れる血。

「馬鹿!本当にサッカーできなくなったらどうす・・・っ!!」

風祭の言葉が途中で途切れた。
というか、今度は俺が途切れさせた。

血の流れる左手を、黙って風祭の前に差し出す。
痛そうに顔を歪めて、風祭も言葉をなくした。

「・・・もっと、痛かったと思う」

夕暮れの空の色は、血よりも色鮮やかではなかったけど。
でも、風祭の顔をそこそこの赤には染めた。

「もっと痛かったよね、風祭」

風祭の顔は、もっと歪んで。
そのまま、さらに歪んで。



歪んで。






それから。






声が。



「・・・うん。それで、いい」

大きな声を上げて叫ぶように泣く。
痛む左手を無視して、風祭の服に血がつくのも無視して。
両手で風祭をしっかりとつかんで、地面に座らせた。

痛い、とか。どうして、とか。痛い、とか。嫌だ、とか。痛い、とか。
色々叫んで泣く風祭を、見つめる。

「・・・痛いよね・・・。・・・俺も、痛い」

声は耳元から聞こえる。
人に抱きつかれて泣かれるのは初めてだ。
とてもとても近い距離。

とてもとても近い距離だから。
俺が小さい声で言ったのも、風祭に聞こえる。

しがみ付く力が、少し強くなった。

「風祭。いつでも俺の足、あげるよ」

言うと、耳元の風祭の頭が左右に揺れる。
本日三度目だ。

「やれやれ。ここまで言っても貰ってくれないとはね」

呆れ交じりの溜息をつくのと、風祭が俺の左手を握るのと。
どっちが早いかって言われたら、同時としか言いようがなかった。



そしてそのあとの、耳に残る声が、心地いい。



「走ってみせるよ。僕は、僕の足で、皆と、郭くんと、サッカーする」

あーあ、涙とかで顔がぐしゃぐしゃ。
刃をしまったカッターを投げ捨てて、風祭の顔に触れる。

あたりはすっかり暗くなってて、人目も全然ない。
俺は血の流れてない右手で風祭の輪郭をなぞる。
それから目に触れて、唇に触れた。








「僕は、空がすごく好きなんだ」
「そうだね。俺も好きだよ」
「明日の空って、どうして見れないんだろう」
「明日見れるからでしょ」
「あ、そうか」







ベンチに座りなおして、日暮れ前の会話を取り返す。
俺の左手には風祭のハンカチが巻かれてて。
風祭の服は砂だらけ。

あと、風祭の表情が、いつも通り。

日暮れ前と違うのは、それくらい。




自慢じゃないけど、風祭の行動はよくわかってる。
全部把握できるくらい見てたし、一緒にいた。
ひとつ教えてあげようか?
風祭はね、思いっきり泣いた後。




「でも俺、見えるよ」
「え、なにが?」
「風祭が俺とサッカーしてる日の空」










にっこり笑うんだ。














後書きと言う名の逃げ言葉で詫び言葉な言い訳
キリ番666ヒットのリク、英士×将のシリアスでした。
すみません。なんかもうヘタレなシリアスになってしまいました。
何回も書き直した結果、こんなヘタレな作品に・・・。
申し訳なさ過ぎて言葉もありません。
さらに書き上げるのが遅くなりまして、更に申し訳ありません。
色々と文章がおかしかったりしますが、こんなのでよければ お納めくださいマセ。

〜エリオル様へ捧ぐ〜

和沙倉恵・拝





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