「あ」

冷たい雨が降って。
何かを流そうとしているように強く降って。
それでも、流れないものがあった。







雨と流れと罪と





冷たい石の上で。
冷たい雨に打たれて。
冷たくなっているソレを見つけた。

いつごろまで、元気に動いていたのか。
今見つけたから、わからないけれど。

ソレは生き物だった。
小さな小さな猫だった。

手を伸ばそうとしたら、止められた。
見上げると、まるで構うなとでも言いたげに。
ゆっくりとした動作で、首を振る。









「どうして」

僕の部屋で濡れた髪を乾かしている最中、ぽつりと呟く。
脳裏に焼きついて離れない、あの光景。
雨に隠される事もなく、捨て置かれたソレ。

「土に還るものですから」

柔らかいトーンで、諭すように言葉が返ってくる。

「わかんないよ」
「何がです?」

苛立ったふうに言っても、余裕の声。
・・・腹が立った。
物分りの悪い子に教えるみたいに。
優しく、何を納得させようっていうの。

「私には、何故あなたがそこまであの―――」

一旦言葉が切れる。

「・・・―――あの猫に執着するのかがわかりかねますが」

余裕の声は相変わらず。
なのに、何を迷ったんだか。
最初からそう聞けばいいのに、どうして。

「僕は、死体にさわれないの?」

最初からそう聞けば、僕だって。
それなりに、答えを用意できるのに。



冷たい雨水を吸って、重く冷たくなったタオル。
黒い空も、僕らを圧迫するように重い。
そして冷たい雨。
すごいどしゃ降りで。
道端のゴミなんか、全部流れて。

それなのに。
流れない。
強い強い雨に打たれて。
生き物だったカタチを何とかとどめてるだけ。

どうして置いておくの。
そこに晒しておく必要があるの。
重く冷たいタオルに、また水滴が落ちる。
冷たい水じゃなく、体温の染み付いたあたたかい水。



「・・・泣いておられるのですか?」
「違う。泣いてない」

余裕だった声が、急に変わった。
いたわるような、どうしようもなく優しい声。

「・・・あの猫、埋めてくる」

立ち上がると、腕をつかまれた。
まだ雨に打たれていた名残か、冷たい手。
僕の腕も冷たいハズだったけど、それよりも冷たい。

「離して、カミュー」
「あなたがそこまでする必要はありません」
「どうして。それはとめる理由にならないよ」

部屋に入ってから初めて、視線が交わる。
お互いに、キツイ視線。

「・・・言ったでしょう。土に還るものだからです」

タオルが飛んだ。
違う、僕が飛ばした。
目の前の、カミューに投げつけた。

「何を・・・!」
「石畳の上で!土もない石の上で!!どうやって土に還る!?」

腹が立つ。

「鳥が食料としてあの猫を食べます。その鳥を我々が。食物連鎖ですよ」
「こんな雨の中で、いつ鳥が来るの!?骨になったらどうしようもない!」

本当に腹が立つ。

「雨がやめば、あの子はきっとゴミみたいに処分される!」
「土に埋めるのでしょう?ならば土に還ります」
「ゴミみたいに処分されるなんて嫌だ!僕が埋める・・・っ!!」

雨の音に混ざって、乾いた音がした。
髪が乾ききらずに少し乱れたままのカミュー。
微笑んでいるのが当たり前なほど、常に笑顔だけど。
今。
何、その顔。怒ってる?
怒ってるよね。僕だって怒ってる。
普段の笑顔なんてどこにもない。

カミューが、殴った石壁から手を離した。

「誰がゴミのように処分するのですか!元は命だったあの猫を、誰が!!」
「誰かなんてわかんない!だけどそう思ってる人があの子を埋めたら・・・」
「あなたは、今まであの道に何も死んでいなかったとお思いですか!?」

雨の音が強くなる。
カミューの声が聞こえなくなればいい。
何だか、泣きそうだよ。

もう泣いてるんだけどさ。

「・・・犬も猫も鳥も。色々なモノがあの道で死んでいました」

カミューの声が聞こえなくなればいい。
聞こえなくなればいいんだ。カミューの声なんか。

「私が、埋めていたのです。あなたが見つけないうちに」

耳を塞げば聞こえなかったんだろうか。
思いっきり強く、この耳を塞げば。

「そして私は、彼らをゴミだと思ったことはありません」

無理だよ。
聞き逃すハズなんかないんだから。

「だけどね、カミュー。僕は、やっぱり・・・」
「・・・あなたが埋めるのですか」
「うん。僕が埋める。埋めたい」
「ならば、お供いたします」

雨の音に負けないくらい、強い音だから。
聞き逃せるハズがないんだ。カミューの声を。














「・・・その持ち上げ方は、止めた方がいいです」
「どうして」

忠告に構わず、その子を持ち上げた。

「・・・・・・・・・・」
「雨のせいか、風化が早かったんですよ」

ぽとり、と。

小さかったソレは、また小さくなる。
今、僕の手の中にあるのは身体だったもの。
頭だったものは、冷たい石畳の、冷たい水溜りの中。

「大丈夫ですか?」
「・・・うん」

足がガクガクして、手も同じくらい震えた。
だけど我慢して、頭だったものを拾い上げた。

「どこに、埋めてたの?」
「この道の先にある、狭いですが土の場所に」

生き物だったその子をぎゅっと抱きしめる。
雨のせいなのか知らないけど、ぬるぬるした。
だけど僕は力加減を調節しながら、その子を抱きしめ続けた。

「・・・ここです」
「・・・ここって」
「ええ、花壇です」
「ここ、カミューが?」

小さな花壇に、雨に打たれながらも花が咲いている。
カミューが無言で、素手のままその一部分を掘り返した。

「・・・どうぞ、ここに」
「・・・うん」

フタツになってしまった小さなその子を、そっと横たえる。

「土は僕にかけさせて」
「仰せのままに」

雨が折角掘った穴の中にすぐ水溜りを作る。
土は泥になっていて、僕の手に纏わり付いた。
べちゃべちゃと音をさせながら、土をかける。
顔に流れてくる雨水を、妙に心地よく感じながら。





雨はやむ気配がない。





「・・・気が済みましたか」
「・・・・・・うん。ごめんね、カミュー」

手についた泥は、自然に流れた。
いつのまにか、ひっそりと出来ていた花壇。
カミューが作ったものだなんて知らずに、綺麗だと思っていた。

命だったものが残してくれたなんて知らずに。
小さいけれど立派に咲く花を何も考えず、ただ綺麗だと。

「そろそろ戻る?」
「・・・私は」

僕の言葉を無視して、カミューは呟いた。

「知っています。何故あなたがあの―――」

また。
またカミューはさっきと同じところで言葉を切った。

「・・・―――あの死体に、執着するのか」

だけど今度は言葉を変えずに。
カミューは真っ直ぐ僕を見る。

「僕は、触った事のない死体にさわりたかっただけだよ」
「違いますね」

雨脚がまた強くなる。
薄着だから早く戻らなきゃ風邪引いちゃうだとか。
洗濯物が溜まって、ヨシノさん大変だとか。
そんな関係ないことが頭に浮かんだ。

変な思考回路。

カミューが近づいてきてるのを知ってたのに。
逃げるなら、今くらいしかないんだよ。
それなのに全然関係ないことしか考えないでさ。

「あなたは、あなたが築いた死体をあの猫に見た」

耳が痛い。
頭も。
雨に打たれすぎたのかな。
早く戻らないと本当に風邪引いちゃうよ。
そしたら、怒られるかな。シュウやリドリーや、ナナミに。

ナナミに。

ナナミ?

もういないよ、ナナミは。
そうだ、確かロックアックスで、僕らを護ろうとして。
・・・あの時も、僕は死体にさわれなかったんだ。
僕のせいで死んだのに。

「あなたのせいではありません。これが戦争というものなのです」

違うよ、カミュー。
僕のせいなんだから。
味方は僕のために戦って、敵は僕が僕のために戦って。
それで、死んだんだから。

「違うよ。違う・・・。僕はただ好奇心で」
「これ以上苦しむ姿は見たくなかった。だから私は埋めたんです!」

痛い。
容赦なく空から打ち付ける雨が痛いのか。
僕を抱きしめたカミューの力が痛いのか。
わからないけど、あちこち痛い。

「苦しんでないよ・・・僕は、苦しんでなんかない・・・」
「いいえ、いいえ・・・。あなたは、とても苦しんでおられます」

痛い。

「違う・・・」
「違いません」

痛いよ。

「苦しいのは・・・僕のせいで死んだ皆だ・・・っ!!」
「それは違います!決してあなたのせいではありません!!!」

耳に響くカミューの声が痛い。
頭に響くカミューの声が痛い。
カミューの声が痛い。
強い雨が痛い。
全部痛い。

痛い。

「僕は。僕と言う存在は。この国は。死体の山の上に成り立ってるんだよ」

カミューの目が痛い。
カミューの腕が痛い。
僕の右手が痛い。
痛いのが憎い。
右手が憎い。

憎い。

「雨は、死体を。僕の罪を流してはくれなかった」

あの猫を見たとき、息が詰まった。
どこかで見たことのある光景。
そうだ、戦場だ。
野ざらしにされた死体。
誰に弔われるでもなく、寝転んでるだけの。

そのとき、思った。

僕は罪びと。
死体の山を築いて、その上を道とする。
僕にはそこしか、歩くべき道がない。

「・・・罪は、流れるものではありません・・・」
「うん、わかってる。だから、僕は・・・」
「ですが・・・あなたのそれを罪と呼ぶなら・・・」

雨は容赦なく降る。

「そしてあなたがそれを罪だと感じるなら」

不思議な光景が見えた。
カミュー。
泣いているんだろうか。

「私はあなたに誓いましょう」

僕のすぐ横にカミューの顔がある。
雨とは違う何かで、その顔が濡れている。

「私はあなた以上に殺しましょう」

痛い。

だけど。

悲しい。

「私はあなた以上に死体の山を築きましょう」

憎い。

だけど。

優しい。

「私はあなた以上にその道を歩き、罪を負いましょう」

痛くて、悲しくて、憎くて、でも優しい。
もう何が何だかわからなくなってきた。
泣いてるカミュー。
どうして泣くの?

「カミュー・・・悲しいの?どうして泣くの・・・?」

抱きしめられたまま、カミューの目元に手をやる。
手に触れたものはやはり涙以外の何者でもない。

「カミュー・・・。カミュー・・・大丈夫・・・?」

途端にそれまでのぐるぐるしたよくわからない感情は消えうせて。
どうしてだか、急に痛いほど切なくなった。

「あなたは、ちっとも弱くなってくれないのですね・・・」

雨にまぎれて、小さな声。
カミューが僕から離れる。

「             」

何かを小さく呟いて、離れる。

「カミュー・・・?」
「戻りましょう。身体を温めなおさないといけません」

何も聞こえなかった。
それからこっちに顔を向けたカミューの表情は普通で。
泣いてたのは、幻影だったのかと思うほど。
だけど、違う。

「・・・僕は、強くありたいんだ。ずっと、誰よりも」

目を逸らさずに言った。
カミューは、一瞬だけ目を細めた。

「弱くなってくださいというのは、我侭ですか」
「無理な願いだと思ってくれると嬉しい」
「弱さを見せて欲しいと思うことさえも?」
「・・・そんなの、見せたくないから。誰にも。僕にも」

また一瞬だけの出来事。
唇に、冷たいものが触れた。

「私は・・・あなたのために強くなります」

そしてまた一瞬、カミューの視線が僕を睨みつけるみたいに強くなった。

「あなた以上に強く。そして・・・」

もう一度だけの一瞬。
相変わらず冷たいカミューの唇が、僕の唇に触れた。

「私より弱いあなたを抱きしめて、護って、そして泣いてくださいと」

僕はカミューの目から視線を外す事ができない。
カミューの声を遠ざける事もできない。
ああ、またぐるぐるしたよくわからない感情。

「・・・言います。必ず、言います。あなたのために・・・」

死体にさわれない僕。
沢山殺したのに、さわれない。
さわれないのに、踏みつける。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
でも、まだ殺す。

「カミュー・・・僕はね」

殺しても殺しても、まだ先は見えない。
何を目指してるのか忘れることだってある。
一体あとどれくらい、死体の上を歩けばいいんだろう。

「・・・考えたら、怖くなる」

自分の足元だけに言葉をこぼした。
目の前の人に聞こえないように。
そして自分も聞かないように。

「ええ、それがあなたの弱さ」

目を見開いたのが自分で分かった。

「泣けないのも、あなたの弱さ」

聞かれたんだと、羞恥に顔が赤くなる。

「弱さを見せないのも、あなたの弱さ」

カミューは微笑んでいる。
いつもの顔で微笑んでいる。

「罪を流す事は不可能です」

逃げようとした腕をしっかり掴まれて、カミューの方へ向くように固定された。

「ですが、あなたを想う誰かが・・・私が、ほんの少しだけ。
 そのあなたが罪と呼ぶものを拭おうとするのは可能なのですよ」

僕の腕を掴んでいたカミューの手が、僕の顔へと移動する。
そして穏やかに、洗練されたような動きで、僕の目元に触れた。

「・・・ね?」

僕の涙を拭って、カミューがにっこり笑う。

「カミューの馬鹿。意地悪。何だよ、そんな勝ち誇った顔して」

悔しい。
いつの間にか、あちこちにあった痛みが消えて。
憎しみは、まだ残ってるけど。消えるような気がする。
悔しい。
きっとこれは、カミューの思ったとおりなんだ。

「も、もういいよっ。自分でできるから!」

なおも人の涙を拭おうとするカミューの手を振り払う。
悔しいから憎まれ口しか出てこない。

「じゃなくて・・・違う。意地悪とかじゃない。僕が言いたいのは・・・」

違う。言いたい事はもっと別にあるハズなのに。

「・・・よろしいですか?」
「へっ?」
「これからも、この道に命を託したものを花の下へと埋める許可を」

カミューが僕の思考を遮って言葉を割り込ませた。

「あ・・・それは・・・いいけど・・・」

何が言いたいのかわからない僕。
中途半端に口ごもる。

「では、可能な限りあなたと一緒に埋める許可も頂けますか?」

何が言いたいのかわからない僕。
何を言われたのかわからない僕。

「そして願わくば、あなたと一緒にそのあとでお茶を飲む許可も」

おどけた仕種で軽く礼をするカミューに思わず吹き出した。

「うん、いいよ。お茶しよう、カミュー」

そしてその時、わかった。
僕の言いたい事。

「・・・ありがとう、カミュー」

一瞬の間をおいて、カミューの目が笑った。

「             」

それから、また何か小さく呟いた。

「あのさ、さっきも同じ事言ったよね。何?」
「いいえ、何でもありませんよ」
「え〜、気になるっ。教えて」
「ああ、お風呂に入らないといけませんね」
「もー、カミューってば!!」

いくら聞いても笑ってはぐらかすカミュー。
いい加減僕も諦めて、ふたり黙ったまま城へと歩いた。







「あ」

冷たい雨が降って。
何かを流そうとしているように強く降って。
それでも、流れないものがあった。

「綺麗ですね・・・」
「うん。スゴイ綺麗な虹!」

流れないソレは、まだ僕の中にある。
きっと僕の心からは消えないんだろうけど。











だけど雨は、いつの間にかやんでいた。







  後書きと言う名の逃げ言葉で詫び言葉な言い訳
キリ番800ヒットのリク、カミュー×主のシリアスでした。
・・・っていうか、これ・・・シリアスでしょうか・・・?
シリアスのまま終わろうとしたら、終われなくなってしまって・・・。
更に書いてる途中から路線がヨタヨタしだして、何が何だか・・・(爆)
とにかく詫びます。心の底の底の底の底の底からでも 浅いくらいですが、詫びます。
カミューさん、さり気にキスしすぎだとか何呟いたんだとか
ふたりは両想いなのかそうでないのか微妙だとか
色々ツッコミ所がありすぎて(というか満載で)申し訳ないです・・・。
・・・ふたりはお互い口には出してませんが、両想い設定です。
告白とかはしてないですが両想いなワケですね。
そうでなかったらカミューさん・・・キスしちゃマズイかと・・・。

そして補足説明。何故カミューが泣いたのか。
それは主があまりにも痛々しかったから・・・という事で。
・・・ああ、補足説明しないと駄目な作品って・・・(泣)

何だかよくわからない上に長くなってしまった作品ですが、 よろしければお納めくださいませ。

   〜秋山ユイ様へ捧ぐ〜

               和沙倉恵・拝





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