鏡が流行っているらしい。

持ち運びできる、小さな鏡。

しかし、それが曲者で。

まさかこんなにも振り回されるとは。

振り回された彼は、のちにこう語った。








眼差しの行方






「便利だねぇ・・・これ」

ウィタが自分の顔を映し出す鏡を見ながら言った。
身だしなみはキチンとするように。とのシュウの言葉を受け買ったもの。
これがまた便利で、ウィタはすっかり気に入り愛用している。

そこで面白いのが同盟軍の人間だ。
ウィタが誰かに手鏡を愛用していると言えば、さあ大変。
ならば我らが英雄ウィタの愛用品は我らの愛用品。
そう言わんばかりに、手鏡が売れに売れた。
ウィタはまさに同盟軍の流行の発端なのだ。

だが面白くないと思っているのもまた同盟軍の人間で。

「ようウィタ、髪の毛が寝癖ついたままだぞ」

フリックが笑いながら言うと、ウィタは「え?」と即座に鏡を見る。
すると自分に向けられていたウィタの視線は鏡に独占されてしまう。

「なおしてやろうか?」
「大丈夫だよ。鏡あるし」
「そ、そうか・・・」

と、こんなふうに、だ。
そう。面白くないと思っているのはウィタに心を寄せる人間。
そしてその人数は結構いたりする。
ウィタに進言したシュウも、実は少し悔やんでいるほどに。
ウィタは鏡が大のお気に入りで、夢中だった。




そして、ここにも面白くないと思っている人間がひとり。
顔には出さないが、かなり面白く思っていない。
自分も持っていた手鏡を、嫉妬のあまり割ってしまうほど。
彼は、いや、彼も、本当に面白く思っていなかった。

「やっぱりカミュー様も手鏡を愛用してらっしゃるんですかー?」

昼時になると、昼食をとるカミューの周囲には人だかりができる。
勿論、女性限定の人だかりだが・・・。
そしてそのうちのひとりが、無邪気にカミューにそうたずねた。

ミシッ・・・

握っていた水の入ったグラスが音を立てる。
笑顔で対応はしているが、その額にはうっすら血管が。
しかしそれを取り巻きからは見えない位置に浮かべるあたりがカミュー。

「手鏡は私のミスで割れてしまったんですよ。また買います」

心にもないことを笑顔で言うカミュー。
ミスで割っただなんて有り得ない。自分で壁に投げつけて割ったのだ。
また買うなどとは、更に有り得ない。全部破壊したいくらいなのに。

恋愛の教科書とも囁かれていたカミューだが。
だが今は彼も自分の気持ちに気付かない相手に恋愛真っ最中なのだ。
その相手がまた見事に自分のアプローチにこれっぽっちも気付かない。
鈍感王を相手にして、カミューははじめて恋愛の大変さを知った。

「カミュー様、よろしければ私たちからプレゼントしますけど・・・」

別の女性が頬を赤く染め言うものの、カミューの血管を増やすだけだ。
ピキピキと浮かび上がる血管を何とか押さえ込んで、カミューは言う。

「ありがたいですが、レディから物を頂くのは私の流儀に反するのでね」

「プレゼントするほうが性に合っているのですよ」とにこやかに。
あくまで、にこやかに。

「カミュー様、素敵・・・」

うっとりしたそんな声が聞こえてきたところで、カミューが席を立つ。
このままここにいると、浮かび上がる血管が増えるだけだ。
にこやかなまま、「では失礼」と告げて、カミューは足早に去った。

午後からは、軍事会議。
またストレスが溜まると思いながら・・・。










いや、会議の最中はいいんだ。

カミューはウィタを見つめながら頭の端でそう思う。
会議の最中のウィタはちゃんと仕事をこなしているのだから。

「・・・じゃあ、暫くは現状を維持してください」

締めくくりのウィタの声を聞いて、カミューは密やかに溜息をついた。
いや、溜息をついたのはカミューだけではない。
出席していたほとんどの人間が、同時に溜息をついた。
塵も積もればなんとやら。
小さな溜息も、幾人もがつけば誰の耳にも入る。
そこで鈍感王の登場だ。

「皆、そんなに疲れちゃった・・・?じゃあ、少し休憩しようか」

溜息の変わりに、今度は項垂れる。
しかし我らが鈍感王はそれを気を抜いた証だと受け止めた。

「うんうん。気を張ってても疲れるもんね」

嬉しそうに言い放ち、ウィタは自分の席へと戻る。
問題は、この時間。
今までなら。ウィタが手鏡を持つ前ならば。
ウィタは手持ち無沙汰に室内を見回していた。
または書類と睨めっこして難しい顔をしていたり。
室内を見回すときは、上手くいけば自分と目が合ったのだ。
にっこり微笑んでみれば、向こうも照れながら微笑み返してくれる。
書類と睨めっこしているときは、話しかけることができた。
軽く「何かお悩みですか?」と、一言。
それだけ告げれば、ウィタと会話ができたのだ。

そ れ な の に

何だ、今の状況は。
ウィタは熱心に鏡を見ている。
そんな面白いものがあるのかと思うほど。
自分に見とれているワケでもないのに、熱心に。
ウィタは手鏡を覗き込み、時々動かして、時間を潰している。

「面白くないな・・・」

思わず呟いた言葉に、幾人もが頷いていたのをカミューは知らない。











結局会議は深夜近くになって終わった。
全員、ウィタが会議場を出るまで動かないのが流儀。
なので、ウィタはいつも慌てて退出する。
自分のせいで皆を待たせているのは嫌なんだろう。
それがウィタらしくて、出席者はこっそり忍び笑いを漏らした。

そしてここからがまた、彼らの戦い。
誰がウィタを自室まで送り届けるか、だ。
なんせ一度侵入者を許してしまった過去がある。
ウィタの部屋まで、誰かが護衛につくのは当然だ。
そこで問題なのが、誰が護衛につくかということ。
最初は当然のようにフリックやビクトールが名乗りを上げた。
しかしそれで納得するようなウィタ親衛隊もとい同盟軍ではない。
誰もが己の腕に絶大なる自信を持っている。
俺が護らなくて、誰が護る?
全員が、そんな勢い。

「カミュー?」

呼ばれて、カミューは顔を上げた。
声をかけたマイクロトフは、不思議そうにカミューを見る。

「もうウィタ様は行ってしまわれたぞ?」

いつもは颯爽とウィタを追って出て行くカミューなのに。
今日に限ってボーっとしているものだから、心配になったのだろう。

「考え事をしていてな・・・。しまった。今日は出遅れたか」

見ると会議室はもぬけの殻だ。自分たち二人しかいない。
しかもマイクロトフは大量の資料を抱えている。
大方、シュウにでも持っていけと言いつけられたのだろう。
そういうのには逆らえない相棒だ。カミューは苦笑した。

「じゃあ俺はこの資料を持っていかねば。また明日な」
「ああ。軍師殿の苛めと、足元には気をつけろよ」

資料を抱え直したマイクロトフも苦笑して返した。
相棒の鳴らす靴音を聞きながら、カミューは再び席に座った。
どうしてだか、動く気がしない。そんな気力も無い。
いっそここで寝てしまおうかなんて考える。
が、あるものが視界に飛び込んできて、カミューは席を立った。

「これは・・・ウィタ様の手鏡じゃないか」

シンプルな四角形のコンパクト型。
自分が物凄く憎々しく思っていたもの。
ぽつんと、机の上に佇んでいる。

そして、カミューは目を閉じる。
いっそ割ってしまおうか、と、考えた。
きっとウィタは新たに鏡を買うだろうが、それでも。
一時的にでも、今夜だけでも、この憎さがマシになるなら。

「・・・まさか。できるわけがない」

手鏡を手に取ったまま、目を開けてカミューは自嘲した。
いくら憎くても、その持ち主のことを考えると。
割れた鏡を見て、悲しそうな顔をする瞬間を考えると。

「やれやれ。ここは思わぬ幸運と思うかな」

よく考えれば、鏡を届けに来たという名目でウィタに会える。
それはそれで護衛するよりもある意味おいしいじゃないか。
ウィタのことだ。そのまますぐに追い返したりせずに話をしたがる。
ただ部屋まで送り届ける護衛とは、ワケが違う。

薄く笑って、カミューが入り口へと向かう。
扉の取っ手に手をかけると、扉はひとりでに開いた。
自動ドアではなかったハズだが。と思うカミューに、何かがぶつかる。

「あ、カミュー」
「これはウィタ様」

ぶつかってきた小さな身体を支えながら、カミューはウィタを見た。

「ごめん、ぶつかっちゃって。痛くなかった?」
「いいえ、よろしいのですよ。それに、丁度良かった」

ウィタの部屋に行く手間が省けた。
カミューとしてはウィタの部屋も好きなのだが。
まぁ、そんな我侭は言っていられない。

「これをお忘れではないですか?」

差し出された手鏡に、ウィタの顔が輝いた。

「無くしたと思って探してたんだ。ありがとう!」

探している最中に、忘れたことに気付いたのだろう。
慌てて走ってきたらしいウィタを、カミューが見下ろした。

ちりちりと、そしてじりじりと。
カミューの心中は穏やかではなくなってきた。
更にざわざわと音を立てて、苛立ちがこみ上げてくるのがわかる。

「どうして、そんなものに夢中になるのです?」

思わず、口をついて言葉が出た。
その声色は鋭く、冷たく、棘がある。
ウィタがカミューを見上げた。

「私より、鏡の方が価値がありますか?」

ウィタの大きな目が、さらに大きくなった。
言った言葉に本気で驚かれて、カミューはまた苛立つ。

「私はあなたを見ているのに、あなたは鏡しか見ていない」

落ち着け、と、心の中で自分を冷静にしようとした。
だが冷静になろうとすればするほど、苛立ちは増加する。

「鏡は嫌いです。あなたを独り占めしてしまった!」

静まり返った室内に、カミューの声が強く反響した。
ウィタはというと、困ったようにカミューを見上げ、顔を伏せる。
ああ、何て事を。そうカミューは思い、切なげに眉を寄せた。

「・・・申し訳ありません。こんなことを言うつもりでは・・・」

苛立ちと同じくらいの自己嫌悪が己の中に競り上がってくる。
俯いているウィタの手に手鏡を握らせ、カミューは深く一礼した。

「・・・失礼します」

告げて、退出しようとしたカミュー。
扉に手をかけたとき、カミューの背後でウィタが動いた。
大きく振りかぶり、第一球ならぬ第一鏡を、投げた。

「な・・・っ!?」

高く澄んだ音を立て、鏡はカミューのすぐ横の壁に当たって砕ける。
破片が月の光を受けてきらきらと光りながら床へ落ちていった。

「ウィタ様、何を・・・」
「いらないから」

驚きのあまり呟いた声に、あっさりとした声が返答した。

「いらない。カミューが嫌がるなら、苦しむなら、鏡なんかいらない」

言われてカミューは口元を押さえる。
自分の言葉が原因で、大切な人の大切なものを壊してしまった。
何か言わなければと思うが、肝心の言葉が出てこない。

「ウィタ様、私は・・・」
「もういいんだ。もう鏡は必要ないよ」

カミューは困惑して、ウィタは笑顔で。

「鏡割っちゃったから片付けないと。・・・手伝ってもらえる?」
「それは・・・勿論ですが・・・その」
「ごめんね、時間取らせて」

てきぱきと動くウィタにカミューは黙るしかない。
割れた鏡を片付けたあと、何も言わずにお互い自室へと戻った。

















翌日、カミューは手鏡を買った。
ウィタが持っていたものと限りなく近い形のもの。
同じものはもう無いと言われ、仕方なくそれにした。
運がいいのか悪いのか、今日も会議が入っている。
ウィタに渡すなら、絶好の機会。

「ウィタ様、会議後お部屋までお送りします。よろしいですか?」

発せられた言葉に、ほぼ全員が息を呑む。
カミューが今までになかった手に出たのだ。
予約という、思いつきそうで誰も思い浮かばなかった方法に。

「うん。よろしくね、カミュー」

ウィタもウィタであっさり承諾してしまうものだから。
これからの戦いは会議後だけでなく、会議前から始まることになる。
誰かがそう予測して、そして誰もがそう予測して、溜息をついた。










そして会議後。

カミューに恨めしげな視線を残して、ウィタの退室後に全員が出て行く。
カミューはウィタのそばに立ちながら、その視線を黙って受けた。

―――この視線も、受けるのは今日で最後だな。

思いながら、目を伏せた。

「カミュー?」

くい、と袖を引かれ、カミューは目を開ける。
少し視線を下げると、心配そうな城主と目が合った。

「どうしたの?気分悪い?大丈夫??」

不安の色を瞳に強く宿したウィタに、カミューはただ苦笑した。
そして何か切ないものを感じながら、そっと自分の荷物の中を探る。

「ウィタ様。・・・これを」

目的のものを見つけて、カミューはそれをウィタに差し出した。
昨日までウィタが愛用していたものと限りなく近い形の鏡。
差し出されたウィタは、きょとんとしてカミューを見上げた。

「どうか、お受け取りください。昨日のお詫びです」

ウィタは再びきょとんとしてカミューを見上げた。
そしてすぐに「ああ」と頷くと、カミューに背を向け鏡を見た。

「そんなの、気にしなくてもいいのに」

鏡に映った自分の顔を見ながらウィタが小さく言う。

「そういうワケには」

小さな苛立ちを感じ、そしてそれを隠しながらもカミューが言う。

「だってホラ、またカミューの機嫌悪くなってるよ」

驚いてカミューは、ウィタを見た。
鏡を見ていてこちらの表情が見えるわけでもないのに。
それに、感情は悟られないように隠したはずなのに。

「全部鏡に映ってるよ、カミュー」

そこでカミューの視線はウィタの持つ鏡へと移動した。
そして自分と目があって、少なからずまた驚いた。
ウィタの持つ鏡に映っていたのは自分。
ウィタが角度を変えて、映るようにしていたのだろう。

「・・・うん。やっぱり、便利」

驚いたカミューに満足したのか、ウィタが少し笑う。

「でも、いらないんだ」

くるりと回転して、ウィタが再びカミューに向き合った。
手鏡から視線をはずし、真っ直ぐにカミューを見る。

「隠れて見る必要は、ないみたいだから・・・」

ほのかに頬を染めて言われ。

「・・・え?」

カミューは硬直した。











「ここに置いて、この角度にするんだ」

ウィタがカミューを会議室内に呼び込み、そう告げる。
場所はウィタの席。鏡の位置は、机の上。

「見て、カミュー。どの席が見える?」

カミューがウィタの目線にあわせるために床にしゃがんで鏡を覗き込む。
そうしてそれからゆっくりと、そのカミューの目が細まっていった。

「・・・私の席、ですね・・・」

じんわりと胸に染みて広がっていくあたたかいもの。
幸せとか、喜びとか、きっとその類のものだろうとカミューは思う。
それと同時に、何て自分は馬鹿で、この人は何て愛しいんだろうと思う。

「うん。カミューの席。・・・いい角度がなかなか見つからなくてさ」

泣きそうな顔をしている自分が一瞬鏡に映ったが。
あえて見ないフリをして、カミューはウィタを抱きしめた。











それでも。

ウィタが鏡を愛用するのは変化なし。
相も変わらず、鏡は一部の人間からは反感を買っている。

そして、変化があった一部の人間の中の一人。
彼は、自分用にも再び手鏡を買い求めた。
曰く、「身だしなみの出来ていない状態であの方に会うのは失礼だ」と。

「あ、カミューもおはよ」
「おはようございますウィタ様、フリック殿」
「ようカミュー。・・・ほらウィタ、早く寝癖直せよ。会議始まるぞ」

ある朝、フリックは自分で言って小さく溜息をついた。
ウィタの視線がそれるのをわかっていても言ってしまうのは何故だ。
それは彼が不幸からだからなのか、過保護だからなのか。謎である。

「うー・・・。ここ、いっつもハネるんだよ・・・」
「ウィタ様、ここもハネてますよ」

ぶつくさ文句を言いながら手鏡を見るウィタに、カミューが近づいた。
それに驚いたのはフリックだ。今までにない行動に固まっている。

「フリック殿・・・」

カミューはそんなフリックに、微妙に爽やかな笑顔を投げかけた。

「視線がそれるなら、鏡の中で合わせればいいことでしょう?」








眼差しの行方なんて、もはやわかっているけれど。
今日もウィタの手鏡の中で。
そしてカミューの手鏡の中でも。
ふたりは小さな四角形の中におさまって、視線を合わせて笑っている。








後書きと言う名の逃げ言葉で詫び言葉な言い訳
キリ番2222ヒットのリク、カミュー×主でした。
・・・お、遅すぎてすみません・・・(土下座)
特に状況など指定がなかったので、好きに書いてもいいんだと思うと
なんだか色んなネタに浮気しまくり、結局これに落ち着きました・・・。
浮気期間が長かったんです・・・。節操なしなもので・・・。
それにしてもカミューさんやたら短気だし青い人たちは不幸だし。
そして何より意味不明だし・・・。本当に申し訳ありません・・・。

こんなのでも良かったら、お納めくださいマセ・・・。

〜よっちゃんイカ様へ捧ぐ〜

和沙倉恵・拝





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