常に、空を見上げていた。
その男は、常に。































一枚の、絵のようだった。
ただひたすらに、空を見上げるその男。
とても、美しかった。
そして、儚かった。


「劉備」


声を、かけてみた。
視線は、降りてこない。


「はい」


けれど、声と意識は、しっかりと向けられた。
空を見上げる男のそばに、立つ。


「綺麗な空だな」


言うと、「ええ」と、返事。
いつもどおりの、遣り取り。
いつから、話すようになったのか。
それは、憶えていない。


「・・・劉備」


憶えていないが、初めてその姿を見た日は、憶えている。
空を、見上げていた。


「はい」


その姿は、妙に儚く、しかし、美しかった。
心を奪われる感覚。同時に沸き起こる、空虚。
空虚さは身体中に広がり、そして、


「・・・そろそろ、俺を見ないか」


何故だか無性に、泣きたくなった。
声を出して、見栄や外聞をすべて捨てて、子供のように。
ただ、泣き喚きたくなった。


「空を見るのもいいだろう。だが、そろそろ」


そばに立つ男の顔を、盗み見る。
視線は、上。


「劉備」


空を映す瞳を見ながら、呼ぶ。
俺の言葉を遮るように、「今は」、と、声。


「今は、・・・駄目です。駄目なんです」


知っている。儚さの理由。
強さと弱さの、危うい均衡。
それが、儚さへと繋がる。
そしてその儚さが、美しさへと。


「俺を見ろ」


だが、それらは、本当に、危うい。
いつか、壊れる。


「駄目です。駄目です孫堅殿。下を向くと、あなたを見ると、」


手を、伸ばす。
腕を、引いた。
顎を、掴む。


「・・・・・・下を向くと、俺を見ると、」


視線が、初めて、絡んだ。
瞬間に、歪む顔。


「泣いてしまう、から」


か? と、言う。歪んだ顔が、息を吸った。
吸い込まれた空気が、ひゅ、と、喉の奥で音を立てる。


「劉備」


空気は、喉の奥で、留まっている。
赤い唇が固く結ばれていて、空気が音を伴って漏れるのを、防いでいる。


「泣き場所があるときは、泣いておけ」


ここが、その場所だ。
歪んだ顔を、己の胸へと押し付けた。


「・・・とりあえず、今は、ここで泣いておけ」


戦は、人が死ぬものだ。
仲間が、友が、死ぬものだ。
戦とは、そういうものだ。


「・・・・・・どうして」


悲しめばいい。泣けばいい。
そうして、戦っていけばいい。
そうして、生きていけばいい。


「どうして、か」


泣いていいんだ。
俺が、泣き場所になってやる。


「お前を、絵にしとくのは、勿体無かったから、だな」


はっ、と、息が吐き出された。
笑っているようにも、怒っているようにも、とれた。
けれど直後、どん、と、胸に衝撃。


「・・・そうか。そう、生きるか」


少し離れた場所から、再び絡んだ視線に、すべてを悟る。
赤い唇は、ほんの少し、震えていた。


「・・・・・・死ぬなよ」


小さく、告げた。
同時に、目の前の顔が、きゅ、と、整った。
先ほどまで歪んでいた顔が、嘘のように。
そして、その顔は、その視線は、再び空を見上げる。
まるで、・・・一枚の絵のようだった。






















ふと、いつかの声が、聞こえた。
どうして、と、小さく震えながら問うてきた、声。


「どうして、か」


そのときと同じように、呟いた。
視界には、空。


「・・・どうしてだろうな・・・」


この戦が終わったら、俺と来い。
いくらでも、泣き場所になってやるから。
俺のそばで、お前は生きればいい。
だから、俺と、来い。


「・・・そうだな・・・」


空を見上げて、腕を動かす。
のろのろと視界に入ってきた指。その、先。
身体は冷たくなっていくのに、それだけは熱い。
身体の周りにある、そして指先に付着する、液体。
赤い、液体。それは、何物でもない、己の、血。


「・・・俺は」


赤い血は、赤い唇を連想させた。
劉備。心の中で、呼ぶ。
今も、空を見ているのだろうか。
泣き場所を拒否し続けて、生きているのだろか。


「俺は、きっと」


孫家の、己のものになれ、という誘いを、蹴ったのだ。
生き抜く覚悟は、決めているだろう。きっと、簡単には死なない。
ああ、けれど、気がかりだ。あの表情のまま、生きるのか。あいつは。


「・・・俺は、きっとな。劉備」


指先の血に、薄く笑む。
赤い唇を連想させたその血を、そっと、己の唇に当てた。
唇と指先だけが、熱い。他は、やけに寒い。
そろそろか、と、目を閉じた。最後に、小さく息を吸う。
どうして。その問いへ、かすれた声で、答えた。


「俺は、きっと、お前に、」


笑って欲しかったんだろうな。
















キリ番41000のリク、孫堅×劉備で少し切なめな話でした!
虎狼関とかそのへん→孫堅死亡直前、な感じです。わかりにくくてすみません。
構想練ってるときは、もっとなんかこう、切ない感じだったんですけども、
相変わらず文章にすると切なくもないしわかりにくいしで、どうしようもないですね;

劉備さんは、泣くのを我慢するために空を見てるのです。
孫堅は、そんな劉備さんの気持ちをどこかで感じ取って、泣きそうになるのです。
でもって劉備さんの表情があまりにも変化しないので、絵みたいだと思ったのです。
戦が一段落つくたびに、泣くのをこらえるため無表情で空を見続ける劉備さん。
なので、苦しまなくていいよ、と、でも、だから俺のものになれ、と、
孫堅はそう言ったわけです。結局はふられましたけども。
・・・とか、とりあえずそういうノリの話です・・・。

こんなのでもよろしければ、どうぞお受け取りくださいませ・・・!!

〜天宮奏さまへ捧ぐ〜

和沙倉恵・拝


「問」 ―とう―





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