カレンダーに、赤丸がされていた。
それを見て、あぁ、今週末か、と、劉備は微笑む。































「あのね、ぼくね、王さまなんだよ」


そんなふうに言っていた姿を、思い出す。
今週末は、劉備の息子、阿斗の通う小学校の、土曜参観がある。
阿斗たちのクラスは、劇をすることになったらしい。
役が決まった日、阿斗は、嬉しそうに、そう言っていた。


「ぼくとケッコンしようとするお姫さまが、いっぱいいてね」


阿斗は、男の子の役柄では主役である、王様役だった。
余程嬉しかったらしく、話の全容を、阿斗は劉備に何度も話した。


「お姫さまたちは、ぼくの気をひこうとするんだけどね」


おかげで劉備は、劇を見る前から話の流れを把握してしまったわけだが。
まぁ、劉備は劉備で、息子が主役なのがかなり嬉しかったので、気にしていない。


「ぼくは、さいごに、星彩ちゃんがいちばん好き、って言うの!」


にこにこ笑いながら話す阿斗に、劉備もにこにこ笑いながら、相槌を打つ。
女の子で主役なのは、劉備の義弟の張飛の娘だ。
役が決まった日、張飛から喜びの電話がかかってきたことも、思い出す。


「・・・お父さん、土曜日、来れる?」


嬉しそうに話をしていた阿斗が、ふと、劉備に尋ねた。
劉備の職業は、小学校の保健の先生だ。
昔は普通に授業があった土曜日も、今は休みである。
ただそれは、国公立での、話。


「2時間目が終わる前には帰らせてください、って言ってるから。大丈夫」


劉備の勤め先は、私立。破格の給料を提示してきた、お金持ちが通う学校だ。
話を持ちかけてきたのは、教育実習で指導員だった曹操。
実習中は散々セクハラを受けたが、就職先まで斡旋してくれるとは・・・。
そんなふうに感謝した劉備だが、その感謝も、すぐに消えた。


「本当に?」


瞳の色を明るくさせ、劉備に視線を向けてくる、阿斗。
その阿斗が、過去に、言ったのだ。
お父さんを、あそこの学校に取られた。


「本当、本当。参観は、3時間目だったな? 大丈夫、行けるよ」


阿斗の言うとおり、劉備の勤め先は、異様に拘束時間が長い。
それも、劉備だけが、異様に長い。
その原因というのも、曹操。劉備とともに、保健医として同じ学校に勤めだしたのだ。
規模が大きい学校なだけに、保健医もひとりでは足りない。
曹操が第一保健医。劉備が第二保健医となっている。


「阿斗の王様姿、楽しみだなぁ」


拘束時間が長いのは、曹操が何かと理由をつけて劉備を引き止めるからだ。
給料は減るけど、転勤申し込もうかなぁ、と、劉備は思う。
親として、子供と接する機会が減っていくのは、忍びない。
寂しい思いをさせたくないし、自分も寂しい。


「うん、ぼく、がんばるね!」


そんな状況でも、自分を慕ってくれる息子が、劉備は可愛くて可愛くて仕方ない。
カレンダーを見つめ、劉備は再び微笑んだ。








そして、土曜日。
劉備は、走っていた。


「くそ・・・!」


荒く息をつき、小さな悪態もつきながら、走っていた。
阿斗の通う小学校まで、もうすぐ。
しかし、3時間目の開始を告げるチャイムは、とっくに鳴っていた。


「何で、今日、に、限って、怪我人が、多いん、だっ!」


劉備の勤め先である小学校の、2時間目の中頃。
帰る用意をしていた劉備だが、保健室の扉が、がらりと開いた。
そこにいたのは、あちこちに怪我をこしらえた、沢山の生徒。


「ごめん、阿斗・・・」


都合の悪いことに、曹操は保健の授業で出払っていた。
そんなこんなで、ひとりで全ての生徒の手当てをした劉備。
全員の手当てが終わるのと同時に、3時間目開始のチャイムが鳴った。


「お父さん、間に合わないかもしれない・・・」


劉備の勤める小学校と、阿斗の通う小学校は、授業進行の時間に大差がない。
情けないやら申し訳ないやらで、劉備の目が徐々に涙目になっていく。
それでも劉備は、足を動かし続けた。
今はもう、とにかく走るしかないのだ。








一方の、阿斗。
演技をしながらも、目線は盛んに劉備を探していた。
星彩の父親である張飛は、すぐに見つけたというのに、劉備がいない。
来てくれるって、言ったのに。
阿斗も、劉備同様、涙目になっていた。


「王さま、大丈夫ですか」


星彩が、声をかけてきた。ちなみにこれは、セリフではない。
小学2年生にして、アドリブで、涙目の阿斗を気遣ったらしい。星彩・・・恐ろしい子。


「うん・・・大丈夫だよ」


阿斗は、数回瞬きをして、小さく深呼吸をした。
物語は、もうクライマックスなのだ。


「では王さま、どのお姫さまと結婚するのか、言ってください」


大臣役の子が、阿斗に向かって、そう言った。
阿斗は、頷く。


「ぼくには、好きな人がいる。生まれてからずっと、好きな人が」


張飛が、劇が始まってからずっと、ビデオを構えている。
劉備がこれなくても、そのビデオを見てもらえばいい。
ただ、精一杯、頑張ったんだよ、と。
そう、胸を張れる演技をしなければならない。


「ぼくの好きな人は」


阿斗が、お姫様に扮したクラスの女の子たちを見る。
そして視線を、保護者のほうへ向け、軽く一瞥し、視線を戻した。
戻した視線を、星彩へと向ける。


「ぼくが、ずっと好きだった人は」


星彩に向かって、阿斗が手を伸ばそうとしたとき。
ガラッ、と、小さな音がした。
阿斗の目が、反射的にそちらを向く。
そして、


「お父さん!!!!」


叫んで、汗だくで入ってきた劉備のもとへと、走った。
そのまま抱きつき、うわぁぁぁん、と、泣いた。


「来てくれないかと思った!お父さん、ぼくのこと嫌いなのかと思った!!」


涙声で叫ぶように言われ、劉備も思わず目頭が熱くなる。
涙がこぼれると同時に、「ごめん」と、阿斗を抱きしめた。


「ぼく、お父さんが一番好きだよ! 生まれてからずっと好きだよ! もうお父さんとケッコンする!」


わぁわぁ泣きながら発せられた言葉に、ちょっとそれ劇のセリフなんじゃないかと思う周囲。
そんなことは全然関係なく、感動の対面を続ける劉親子。
そこへ、つかつかと星彩が歩み寄った。


「それが、王さまの答えなのですね」


星彩の静かな声が、不思議なことに、阿斗の泣き声を遮った。
阿斗が、劉備に抱きついたまま、星彩を見る。


「わたしたちは、王さまの、王さまのお父さまを想う心以上に、王さまを想ってはいない、と」


そこまで言われて、漸く阿斗が、劇の最中だったことを思い出したらしい。
流れをもとに戻さなきゃ、と、星彩に何か言おうとするが、言葉が出てこない。


「えっと・・・違うんだよ、あのね」


わたわたする阿斗へ、星彩がニッコリ微笑んだ。
その笑顔に、やっぱり張飛の娘だなぁ、可愛いなぁ、とか改めて劉備は思ったが。
周囲は、なんであんなゴツイお父さんから、あんな美人な子が、と改めて思ったとか。


「いいんです。わたしたちは、これからもっと頑張って、自分を磨き、そして」


星彩が、ちらり、と、一瞬だけ、劉備を見る。
え、と、劉備が思う間もなく、その視線は、すぐに阿斗へ。


「いつの日か、あなたにふさわしくなったら、もう一度、同じことをお聞きしますから」


勿論、星彩のセリフはアドリブである。星彩・・・恐ろしい子(二回目)
そんな星彩のセリフに、阿斗が「・・・うん」と頷いたところで、ぱちぱちと、拍手が起きた。
ちなみに、拍手をしたのは、何故だか感動で大泣きしている張飛である。
その拍手が広まっていき、阿斗は再び、「お父さん、大好き」と、劉備へ抱きついたのだった。









ちなみに、余談だが。
帰ろうとしていた劉備の元に現れた、沢山の生徒たち。
彼らは、曹操が保健の授業で、「今日はプロレスをする」と言い放ったがための犠牲者たちだった。
勿論、曹操の、早退しようとする劉備への嫌がらせである。
幸か不幸か、劉備は、それを知らない。













キリ番56565のリク、備禅親子のパラレル(育児奮闘記もしくはほのぼの)話でした!
お・・・遅くなりすぎまして、本当に、本当にすみません・・・!!(平伏)
何だか、育児奮闘記どころか、ほのぼのにもなってないし、何とお詫び申し上げれば良いのか・・・。

ちなみにこの参観日が終わったあと、劉備さんと阿斗は、ハンバーグを一緒に作りました。
「頑張ったから」と、阿斗は劉備さんから、大きなハンバーグをもらいます。
「大好きだから」と、劉備さんは阿斗から、小さなハンバーグをもらいます。
大きなハンバーグは、上手に焼けて、小さなハンバーグは、ちょっと形も崩れて焦げてました。
それでも、ふたりは、美味しくハンバーグを食べました。

とか、ちょっと、無理矢理後書きでほのぼのを目指してみましたが、撃沈。
こんな話でよろしければ、お納めください・・・!

〜朱玖タテハさまに捧ぐ〜

和沙倉恵・拝


「人」 ―そのひとは―





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