バラティエを開業したころ、小さなサンジが寝つかれないと言うのでゼフはお伽話を聞かせてやることにした。
「昔々、壷の中にとじ込められた魔人が言った。
『誰か助けてくれ…さびしい…誰にも知られないまま、俺はずっとこの壷の中で暮らすのか……もし、この壷を開ける奴がいたら、俺はそいつの願いをなんでも叶えてやろう。そいつの喜ぶ顔を思って、俺はこれから暮らすとしよう。』」
小さなサンジはわくわくと、ゼフのお伽の先を促した。
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15の頃、サンジは一つ年下の少女に夢中になった。可愛らしいプレゼントを幾つも贈り何度もバラティエに招待した。その少女と満たされた気分で海を眺めていると、『どこを見ているの?』と少女が聞いた。サンジがはしゃいで『今は君ばかり見ている。』と言うと、少女は落胆したように目を伏せて、又、『どこを見ているの?』と聞いた。
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小さなサンジの枕元に座って、ゼフはお伽を続けていた。
「10年目に壷の中の魔人は歯噛みしながら唸った。
『俺は出たい。外に出たい。もし、この壷を開ける奴がいたら、俺はそいつに呪いをかけてやる。
そいつの苦しむ顔を思って、俺はこれから暮らすとしよう。』
どうだチビナス、誰にも見えなくても魔人はいるんだ。」
小さな サンジはひどく怯えて、よけいに眠れなくなったとゼフを責めた。
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16の頃、サンジは3つ年上の女とつき合っていた。女の手練手管にサンジはすっかり翻弄された。ある日、その女が言った。『あんたは好きな事やったほうがいいわよ。』
サンジの一番やりたいことはバラティエを守ることで、次にやりたいのはその女を追いかけることだ。
欲求は満たされている。なのに、女の言った言葉が奇妙に引っかかった。女が的外れなことを訳知り顔で言っているように感じて、急に疎ましくなった。それ以来サンジはその女を冷たくあしらった。その実、サンジに入れ込んでいた女は、サンジの仕打ちにひどく苦しんだ。その様を見て、サンジ自らも深く傷ついた。
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本当に唐突に、その麦わら帽子の少年は現れた。ルフィという名の不思議な空気を持つ少年。ルフィの前で、サンジは何年かぶりに自然とオールブルーのことを話していた。サンジが幼い頃から憧れ続けた伝説の海のことだ。現実との折り合いをつける為しまい込んでいたそれへの想いは、開いてみると以前と変わらぬ
輝きを放っていた。ルフィはまるでもうオールブルーの魚をほお張っているかのように舌鼓を打ちながら聞き入り、サンジは生き返ったようにいつまでも話すのをやめなかった。
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ゼフのお伽は続いている。
「100年目に魔人は呟いた。
『もし…この先、この壷を開ける奴がいたら……こんなばかげた…誰も気に止めないような…忘れさられた…うさんくさい壷を…わざわざ開けるような、そんな愛(かな)しい馬鹿野郎がいたら、俺はそいつの願いを叶え、そいつを呪って、そうして俺はきっと…………………………そいつを無償で愛してしまうのだろう………………………………。』
すると不思議と魔人の苦しみは消え、魔人はもう何にすがることも無く、心安らかに暮らすことができたのだ。
ある日、その壷が開けられてからもずっとな──────────。」
ふと 見ると、サンジはもう小さな寝息をたてていた。ゼフは愛おしげにその頭を撫でて言った。
「…どうやらてめェの壷はよっぽどの怪力の助けを借りなきゃ開かなくなっちまったらしい。まァ、時間はあるさ。てめェは赫足のゼフの壷を開けちまったんだ。もう、逃がしゃしねェぜ…?」
海賊は喉で笑ってサンジのブランケットをととのえると、仕込みの為に階下へ向った。
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