初めて知った恋は


切なくて、苦しくて


甘酸っぱさなんてこれっぽっちもなかった


理想との違いを思い知った


幼い日のあの雨の降る夜





























空が晴れたら












































 小学時代では、男女間に愛情なんてものはほぼゼロに等しかった。
クラスの一部の結構マセた女子達は、あの子がかっこいいだの、どの子が可愛いだの、と色々騒ぎ立てていたが、
私は別にそのような行動を一緒にやりたいとは思わなかった。
というよりも、やったとしてもどうせ相手にされないだろうといった感情のほうが強かったというべきか。
そりゃあ当時友達に毛が生えた程度の感情を抱いていた相手はいたが、
私が初めてまともに好きな人、と呼べるような人に出会ったのは中学二年の時だった。
 私はその時まで両親以外の人から優しくしてもらったことが数少なかった。
いやあったとしても、それは同情まみれの優しさだった。
彼らが優しくしてくれる度、ますます自分が惨めに思えてくることが嫌いだったのである。
しかし、そんな私に、初めて友達として接してくれた人がいた。それが私の初恋の相手である。



 彼の名は岡田敦といった。
彼は明るくて優しい性格だったので、老若男女問わず人気があった。
私とはクラスメイトで、仲良くなったきっかけも席が隣同士だったからというベタな設定だったけれど、
もしそうじゃなかったら敦は私の初恋にはならなかっただろうから、偶然とは何とも恐ろしい。 次の日敦とどんなことを話そうか。
こう言ったら、彼はどんな反応を示すだろうか。
私は常に敦のことばかり考えていた。
朝起きて、いつものように登校しておはようと言えば、敦は必ず眠たそうな目を擦っておはよう、と返してくれる。
言葉は不思議なもので、たったの四文字だというのにこんなに私の胸を躍らせる。



 しかし『初恋は実らない』という言葉は、見事私にぴたりと当てはまってしまうこととなる。
彼には他に好きな人がいたのだ。しかも両思いだという。
その事実を知った時、胸の奥が何かによって締め付けられるような痛みを感じた。
 確か誰かが言っていた。彼氏彼女の関係は、友達の延長みたいなものと。
けれど敦が好きになった相手は、大人しくてあまり目立たない子だった。
あのやんちゃ坊主の敦とは、どこをとっても対照的としか言えない。
いくら敦が会話上手といっても限度というものがある。
彼らの間で何度も沈黙が生まれることはもう目に見えていた。



 両思いになって数日経ったある日、敦は私にこんな話題を持ちかけてきた。
「お前って好きな人いないの?」
 彼はそう言うと、長い足を勢い良く机の上へと投げ出した。
早くも成長期真っ盛りの彼は、毎晩成長通で苦い思いをしていると言う。
入学当時160cmにも満たなかった敦の身長は、もう170cm近くにもなっていた。
少し前まで同じ目線で会話できたのだが、今は見上げないと敦のくりくりとした無邪気な瞳を見ることができないことに、
私はちょっとした寂寥感を覚えていた。
「は?」
 突拍子な彼の言葉に、私は随分と愛想の悪い返事しか返すことができなかった。
あまりの可愛げのなさに、顔を覆い隠してしまいたい気分になってしまう。
「いねぇの?」
 ここでいないと言ったら嘘になる。
でも、私は本人を目の前にしてあんただよ、なんて言えるほどの勇気など持ち合わせていない。
胸の奥が熱くなってゆく。
「いるけど……」
 私はそれだけ言うと机の上に置いてあるプリントの端を意味もなく折り曲げたり開けたりする。
これは言いづらい話題を口にする時の私の癖だ。
まあ、別に敦は、私が自分のことを好きだなんて知らないのだから、そんなことをする必要もないのだけれど。
「告らないの、よかったらおれ協力してやるよ。
 おれ、いつも相談のってもらってたし」
 確かに敦が言うように、私はいつも彼の相談を受けていた。
いつ告白したらいいか、どんな風に告白したらいいか、デートはどこに行ったらいいかなど
細かいことまで、敦は私に何でも打ち明けてくれた。
 ちょっと前に、何人かの彼氏持ちの女子の名を挙げて、
私よりこの人達に相談したほうがいいアドバイスをもらえるよ、と話したことがあった。
当時恋愛経験などゼロに等しかった私に相談しても、
敦が吸収できるものなど数少なかっただろうし、私も彼の恋愛模様を聞くのは嫌だった。
敦の彼女に見にくい嫉妬心を向ける自分自身を認めざるを得なくなるからだ。けれど敦は首を横に降り、
「お前が一番相談しやすいから」
 と言った。その言葉を聞いた時、私のなかで怒りとも悲しみともとれぬ無名の感情が沸き起こった。
 はたして敦は、自分の言葉が時に私を傷つけているということを少しでも考えてくれたことがあっただろうか。
敦の無邪気な性格は、彼の長所でもあり短所でもあった。
それは私を喜ばせ、時に私を苦しめる。
 敦が私を一番の相談相手と称した時、私は恋愛対象として見られていないことがつらかった。
けれど矛盾しているが、一番の相談相手ということに喜びを感じている自分もいる。
土台としている感情は違うにしても、私は敦とある意味彼女よりも密接な関係を持っているといえるし、
何も知らない彼女より優位な立場になった気もした。
しかし照れくさそうに彼女の話をする敦を見ていると、
結局所詮私は相談相手のままで彼女になれはしない、という事実が最終的に私を痛みつける。
「いいよ、別に」
 真実を言ったところで私が敦と付き合える保証などどこにもない。逆に彼を困らせるだけだろう。
けれど鈍感な敦がそれを見抜ける筈もなく、裏表のない言葉は執拗に私を追い詰める。
「何でだよ、信用してねぇの?」
「そんなんじゃないよ」
「だったらいいじゃん、おれちゃんと秘密守るし。誰にも言わねぇよ」
「……告るつもりなんてないもん」
 私がそう言うと、敦はすぐなんで、と聞き返す。
「愛結構可愛いしいいやつだし、全然いけると思うけど」
 男の子に可愛いなんて言葉を言われたのは敦が初めてだった。
<私のなかで歓喜というものが溢れてゆく。br>しかしそれと同時に産まれたもうひとつの嫉妬という名の感情。
そう思っていてくれたのならなぜ私を好きになってくれなかったのか。
どうして私ではなくあの子を選んだのか。
あの子にあって、私にないものとは一体なんなのか。
あんな子辞めて、私にしなよ。私達、あんなに気が合ってたじゃないの、とさらりと言えたらどんなに楽だろうか。
「そんなことしても、どうせこじれるだけだし……。私は今のままでいいの」
 すると、敦の目に軽く軽蔑の色が走った。
「なんだよそれ。そんなんやってみなきゃわかんねぇじゃん」
 敦は相言ったが結果などもうわかりきっていた。
告白した後の敦の言葉なんて、当時の私には容易に想像できたのだから。
おそらく最初は呆然として私を見つめるが、しばらくして「ごめん愛のことはそういう風に見れない」とでも言うのだろう。
 しかし今の敦の目には、なにもやらないで最初から諦める女としか認識されていないだろう。
彼は黙ったまま私を蔑んでいたが、そのうち席をたち、教室を出ていった。
胸の痛む言葉を吐き捨てて。


















「そうやってなにもしない奴、おれは嫌いだけどな」
























 下校時間を知らせるチャイムが校内に鳴り響く瞬間。
気がつけば私は下足箱の前にいた。
どうやってここまで辿り着いたのか全く記憶がない。
一体私は何がしたかったのだろう。
 ふと外を見れば雨がザアザアと地面を叩きつけている。
ひどく悲しく、そしてなぜか懐かしい不思議な匂い。
私は何を思ったのか、傘も差さずにそのまま外へと歩き出した。
まるでその匂いに誘惑でもされたかのように。
 冷たい雨が私の頬を濡らす。
もうその水が雨なのか涙なのか、区別もつかなくなっていった。























私の心の中ではいつも無数の雨が降っている


今まで止んだことのない心の雨


自然の雨はいつか必ず止んで、鮮やかな虹が空を彩るのに


どうして私の心は晴れないままなのだろう


私だって幸せになりたいのに














◆あとがき◆


初恋は甘酸っぱいというけれど

それは本当の恋のつらさを知らない

無垢で純粋なままの子供だからできること

無垢な部分が取り去られ、醜い部分が生まれて

はじめて本当の『愛』というものを

見つけられるんじゃないかと思う。

愛がそれをちゃんと見つけられるか、見守っていてくださいね。




空が晴れたら 第3話    モドル

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