あっという間に空にして、 「おい」 と、おかわりは? の顔で白川を見やる緒方。 折角の大吟醸もこう、水のように飲まれたのでは値打ちがない、 とは思うけれど。 「ん」 気安く答えて二本目を差し出す。 飲み尽くす時分に適温なのは、慣れ、か。 「オマエは飲まないのか」 「あぁ、いい」 と、微笑む白川にぐい、と杯を押し付けて、 「飲め」 と、強要する。酒癖の悪いやつだ。 まぁでも嫌いではないから、結局杯を受ける。 「美味いだろう」 まるで自分の手柄みたいに自慢げに言うのが可笑しい。 「うん」 こくり、と、飲み干す咽喉の、ゆるやかな輪郭…。 「美味い」 杯を離すと、わずかに動いた唇。濡れている。 「飲め」 緒方は視線を白川に据えたまま、杯に注ぐ。 「何見てんだよ」 白川が赤くなる。 「オマエ」 悪びれもせず答える緒方。 「悪いか」 「…悪かないけど」 「飲めよ」 杯を口に運びながら白川は目を伏せた。 「ヘンなやつ…」 「変態はオマエだろ」 「なッ…」 真っ赤になって抗議しようとして、真正面からの凝視に口をつぐむ。 …ったく。 落ち着け。 酔っ払い相手に何ムキになってんだボクは…? それにこの感じはもうそろそろ…。 「すっかり飲み過ぎになっちゃったね…もう寝る?」 「ホラな」 「何が」 「さっさとやればいいのに」 「無理だろ、もう…眠りかけてる癖に…」 「寝込みを襲われるのは、あんまり好きじゃないんだ」 「襲わないよ!」 「でもオマエは好きだよな、襲うのが」 「すっ…好きじゃないよ、別に!」 「好きでもない事が好きなのか、ヘンタイ」 「馬鹿ッ…ボクが好きなのは…ッ」 「スキなのは?」 面白そうな、馬鹿にしたような目つきで緒方が繰り返した。 「スキなのは…ナンダ?」 前のめりになって白川に顎を突き出し目を細めて凄む。 「何なんだ、言え…!」 白川は、逡巡した。 言おうか? 今ここで言っていいだろうか? あまりの酔いに忘れられてしまうかもしれなくても。 ただ、一言。 それを言ってしまえば何もかも変わってしまうのかもしれないけど… 今それをここで、ここでもう言って…言ってしまおうか… 今なら…? 「ぼ…ボクは…そりゃ…ずっと…ズット……キ…」 ゴトン。 え? 何、ゴトンって… お、緒方ーッ…? 「ズカー……」 一瞬迷っていた隙に、緒方を眠りに攫われてしまった。 机に突っ伏したままだらしなく涎を垂らし鼾をかいている。 「馬鹿! だから言ったのに! かってに寝てろ、酔っ払い!」 怒鳴ってもウンともスンとも、もう言わない。 眠くなるほどやたらと騒いでやかましい癖に、 一旦寝入ってしまえばまず起きない、とても寝つきのいい緒方だった。 上着を脱がせて、寝床に放り込み、枕元でへたりこんだ白川は、 緒方の平和そうな寝顔を見つめながらつぶやいてみた。 「ボクが、好きなのは、ただ…」 キミだ。 とは音にならなかった。 聞いちゃいないのに。誰も。キミさえも。それでも言えずに、 暗闇の中でひとり赤面する。 「オレは好きなモノなんて、ほとんどない」 突然の声にびっくりした。 「え…?」 「でも…エは嫌いじゃないんだ、しぁ…」 語尾はぐしゃぐしゃともう聞き取れなくて。 …寝言、か…。 何と言ったんだろう? 聞こえなかった所を都合良く解釈してはいけないだろうか…。 「…緒方」 額にかかった髪を掻き上げて、そぅっと、くちづけた。 …罪深い事かもしれないが、ボクはキミだけが好きだ。 その他はただキミだけの為にいとおしい…。 頬から顎をそっとおし包み、親指で唇をなぜると、 緒方は無意識にか指先を噛んだ。 ついそのまま挿し入れると吸い付いた。 「…起き、てるの…緒方?」 「…こしといて…んの言い草ァ…?」 明らかに寝起きの不機嫌さで緒方が返した。 さっき何をやったのかも、もう覚えていないのだろう。 「……何時だよ…今…」 「ごめん、起こすつもりはなかったんだ」 「……」 「ごめん…」 「…ヤルなら、起きる」 「しないから寝たらいいよ」 「寝込みを…はキライ…」 「しないから」 「ウソツキ」 「寝て」 「…や」 「ッ…起きたらやろう」 「……ったらいい」 「うん」 「…」 もう寝た。 忌々しいくらいの寝つきの良さ。 もう抱きついたって起きやしない。息する抱き枕の一丁あがりだ。 「…オヤスミ」 朝までゆっくり休もう。 起きたらお雑煮だからね。 あ、餅、いくつ食うんだ、緒方…? ……[ 了 ]