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BGM : Siciliana(J.S.Bach)


「おッおまえは…コレ買った時から、ンな事考えてたのかぁッ…?」
「いけないかい」
少し意地悪そうに鼻を鳴らして白川が言った。
「いくらしたと思ってんだ…」
「…知るか!」
高いからどーという問題ではないのだ、と緒方はせめて精神だけでも抵抗しようと
泥縄の理論武装を試みる。
まぁたしかに。金額の多寡が自由意志を縛るのでは無い、というのがタテマエである。
だが、金額が甚だ高ければ何かと縛られるのも世の常である。
緒方は一体いくらなのかと純白のコートに目を落とした。
それはこの晩秋、そろそろコートでも出そうと思う頃に白川が(例によって)
突然送りつけてきたものだった。


荷物が届いたのはちょうど緒方のオフ日。
寝起きがいいとは言えない彼が布団の中で、もうそろそろ起きようか
どうしようか…と考えながら、緒方が枕元のタバコに手をやった時、
玄関のチャイムが鳴った。
…何だ…?
休日の寛ぎを邪魔するものは何であれロクなモノであった例(ためし)が無い。
無視するに限る…。
と二度寝の床に入りかけた時、
「オガタさーん、まごころ宅配でぇ〜す!
 受取らないと後悔しますよぅぅぅ…!!!」
と、まるで誰かのような不躾な呼びかけが…
しかし妙な事だが、声は別人に聞える。
(どういう事だ…?)
いいかげんに何かを羽織ってようやく玄関に出た。
「何だ…?」
「まいど!まごころ宅配っす!お届モノにあがりましたー!」
「オレは頼んでない…」
「シラカワ様からコートだそーですッ」
………………なに? 何を、誰…シラカワ?
!………何だとー?!
「…コートだけか…?」
「みたいっすね。てか、やけに軽いんですけど…」
「カルイ?」
「なんか羽根みたいに軽いッスよー☆コレ本当にコートなんすかね?」
扉も開かずにここまでやりとりして、やっと緒方は鍵を開けた。
「まいどー!」
ニキビ面の配達人が満面に笑みを浮べて嵩高い荷を差出した。
「受取にハンコお願いしまッす!」

「ありやとーっしたー!」
と、騒々しい配達人が去った後、茶色い包みをガサガサと開くと。
顕れたのは純白の冬コートだった。

なんとも言えない手触り…なでるとほわっとなるような。
たとえるなら赤ん坊のフワフワした髪の毛に触るとか、
まだ産まれて何週間目かの手のひらに乗るような子猫をなでるような感じ。
その手触りも稀有ながら、特筆すべきはその軽さだった。
羽織ってみてもまるで重さを感じない。
さすがに無重力とはいわないが、少なくとも“コートを着ている”
という感じが無い。
まるで軽くて。これで本当にあたたかいのだろうかと不安になるほど。
だが、しばらく身につけていると本当に暖かいのだった。

……何でできてるんだ?

緒方には未体験の新素材なのだろうか?
でもフリースなどとも全然違う。ウールかと思ったが全然重さが違う。
いや、もしかすると見た事も無い最上級ウールとか言うものなのかもしれない…。

…よくわからん。

わからなかったが、気に入ったらしい。
緒方は寒くなってくるとさっそくそれを羽織って外出した。

冬に白いコートを着る男というのも珍しいが、
もともと冬だろうと夏だろうと白いスーツが制服のような緒方プロだったので、
周囲も
「緒方センセイ、冬のコートも白いんだ…」
と思いはしたろうが、何も言わなかった。

いや、何人かは褒めた。
「ぅわ…緒方先生、さすがにイイモノを持ってらっしゃるんですねー…」

そう言ったのは後援会に名前を連ねてくれてる実業家だった。
「別にそんないいものでもないですよ…ハハハ」
と緒方は心底から答えたのだが。
「いやいやいや…そんなご冗談を。一流の人物はやはり、ね…」
と、何か一人で納得していたので、それ以上は緒方も何も言わなかった。
もっとも聞かれたところで何も言いようがないのだが。
芦原なんぞは用も無いのにやたら触りたがった。
「ウッワァ〜…気っ持ちいぃ〜ですねぇ…これ!
 緒方さんどうしたんです?
 何て言う羊ですか?
 ボクもコレ欲しいなぁ
 いくらするんですか?」
「……自分で調べろ」
意地悪で言ったでもなく緒方はまだ材質を知らなかったのだが。
まぁ、ヤツはどこかいじめられるのを楽しみにしてるフシがあるからかまわん。
色んな人に評判が良かったので緒方も内心いい気分であった。
ただ、これが実は他人からのプレゼントで自分で選んだものではない、
というのが気に入らないのだが、まぁどうでもいいことにしよう。

そんな次第で。
緒方は、今、鐘楼のてっぺんで敷布代りの危機に瀕しているそのコートの材質を
まだ知らない。
いや調べようともしなかったのだけれども。

「…この毛は何なんだ…?」
センセイは白川に質問する。
「…エ?…何……」
「このコート、何でできてるんだ?」
「…何って
 …も、……ぅン…?」
緒方に解けなかったコートの謎…は、もはや
すっかりデキあがってる白川センセイにはどーでもよい事らしかった。
星明りに青白く輝く肢体を愛撫するのに忙しい。
「きれい…」
うっとりと寒気に屹立したものにくちづける。
「べらぼーに暖かい…何なんだ」
「…んん」
「教えろよ、おい…ケチ!ッぶ」
「…ンな事…どーだって、いいじゃ、ない…?」
「よくない!」
欲望に押し流される直前の抵抗…みたいな叫びをあげる緒方のくちもとに
指をあてて白川は微笑んだ。
「ベビーアルパカ」
「べびー…パカ…?」
何だそれは…という顔つきの緒方の口をついばむ。
「まだ寒い…?」
「……寒いっ」
白いコートの上に無防備にむきだしにされた緒方の上に覆い被さるように
白川はまだかっちり着こんだままの漆黒のカシミアコートで包みこむ。
緒方の肋骨を撫で上げるように背中に手を回してすぅっと谷間に指を充てた。
「…寒いぞまだ!」
寒さで片目から涙がこぼれた緒方の頬を舐めて耳に歯を当てた。ゆっくりと探る指。
「…ウソつきだなぁ…こんなに熱いくせに…」
聖堂からたちのぼる静かな聖歌が虚空へ消えていく…





〜 つづく 〜


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