*** 世界を救う君に
  時の運命に従いて、現在此処に召喚せり。   我等が危難を救いし者たち。   時来たり、其が集い彼の地にて。   救うに要するは、彼の人等の真に信ずる心。   捧げし心、民の総意で有ればこそ。   其の想い揺るぎなく、御前に示されるを望む。   偽りなく、其が唯一無二の希望となる。   総ては、苦難に溺るる民、救うが為の道。   世の平和を、望むが故の選択。   我、彼の人等に託すを定め、現在此処に告げる……    > Naoya‐1  目を開けて、まず見えたのは高く澄んだ青い空。  キレイだなぁ〜……なんて、ぼんやり考えて。 「…………?」  違和感を感じた。  なんでオレ、寝っ転がって空なんか見上げてんだろ?  ちょっと顔を横に向けてみると、雑草が頬をくすぐる。左右どちらに向けてもそれ は変わらなくて―――つまり、どこぞの草っ原だか公園だかにいる。そう思った。だ って、近所にこんな風に寝っ転がれる場所なんて他に……ああ、学校とか?  まあ、そんな感じで、やっぱりぼんやり考えた。  ……なんだか頭がマトモに働かない。  もう一度空に目を戻して、やっぱりキレイだな……とか。  でも、こんなにキレイな空、今まで見たことがない。  都会のゴミゴミした汚れた空気の中で、こんな空が―――そうだ、空気も違う。  仰向けのまま、大きく胸を膨らませてみたりもして、そう思う。 「……あ」  違和感のひとつ。  道路を走る自動車のエンジン音も聞こえない。  耳を澄ませて聞こえる音と言えば……風が木々を揺らす音と鳥のさえずり、遠く微 かに、小川のせせらぎ? 「っ!?」  勢いよく体を起こして、オレは咄嗟に周囲を見回した。  そして。 「…………ここ、どこだ?」  見慣れない自然に囲まれて、茫然と呟くオレに、答える声はなかった。  ただ、わずかに右側頭部で鈍い痛みが、その存在を主張する。 「っ……なんだ?」  頭を押さえながら、今度はゆっくり周囲を見やったが、答えとなりそうなモノは見 当たらない。  考えるにも頭痛が邪魔をして、さてどうしたものか。しばらく唸ってから、やがて 一点に目を向ける。  小川のせせらぎ。ちょっと遠そうだけど、水は飲みたい、かも。  ふらつく体で、どうにか立ち上がる。行けるとか行けないとか、そんなことを考え るより先に体は水分を欲していた。もし倒れたら、そのときはそのとき。知るか、そ んなこと。脱水症状の方が怖いだろ。乾くような状況でもないけど、水は飲みたいし。 そういう欲求の方が大事に違いない。たぶん。  思い浮かぶままに、ぶつぶつと独り言を言ってるようないないような―――オレ自 身は、口に出してるつもりはないんだけど―――傍から見たら、危なっかしいことこ の上ないだろう状態で、オレはふらふらと小川を求めた。  痛みにぼーっとする頭で、頼りは音だけ。マトモな判断の利かない状況の行動って のは怖いが、そんなことさえ考える余裕はなかった。  それでも。 「あ……」  幸運だったのは、遠いと思ってた音が意外と近かったことだろう。頭痛のせいで、 より遠く聞こえていただけだったらしい。  ふらついた足でも、五分とかからずに音の源……陽光を受けて、光る水面が見えた。  その淵にへたり込むように腰を落として、覗き込む。簡単に飛び越えられるような 細い小川。緩やかに流れるその水は透き通り、めだかよりは多少大きい魚がゆっくり と横切っていく。  こうして見る限り、飲み水としても支障はなさそうだった。何より、そんなことを 気にするより、水を見た途端にノドの渇きが強まる。我慢など出来なかった。  顔を突っ込む勢いで水面に口を付ける。 「んぐっんぐっ…………ぷはぁーーーっ!」  ついでに浴びるように顔を洗って、ようやく顔を上げる。 「ふう〜、スッキリした!」  頭痛は微かに残ったけれど、気になるほどじゃなくなった。放っといても、消える だろう。  アゴから滴る水を、服の袖―――高校の制服である長袖のワイシャツ―――で拭う。 それ以前にワイシャツは派手に濡れたが、そよぐ風の温かさからすればすぐに乾くに 違いない。  で、改めて。 「どこなんだ、ここ?」  座り込んだまま見渡したけれど、『森』に見える。子供の頃に聞かされた童話だか 昔話だかの舞台となる『森』ってのは、こんなかんじなんじゃないかな。家の近所に、 随分前から放ったらかしにされてる『雑木林』ならあったけど、あれとは全然違う。 壊れた柵や切れた有刺鉄線の隙間から忍び込んで、子供が肝試しに使うような不気味 な雰囲気のあったアレとは。  木々は密集してるわけではなく、枝葉の隙間から適度に陽光が差し込んでいる。暗 い影はどこにもなく、地面に生えた雑草の中には可愛い花も混じっている。そこに、 人工の臭いはない。  住宅地の間に、無理矢理押し込めたような狭い公園なんかのような不自然さ、水道 の水にある塩素の臭い、排気ガスの混じった妙な空気、それらがない―――ここは、 何だ?  どこかの山で、ピクニックかキャンプでもやってただろうか?  ……って、オレ、何やってたんだっけ?  さっき―――仰向けで目を開く直前、オレは意識を失ってた。気持ちよくて昼寝し てた可能性はあるけど、それにしたって、自分のいる場所がわからないのはおかしい。  そんなこと考えなきゃならないこと自体おかしいけど、記憶を探ってみる。 「え〜っと……」  胡坐をかいて、体を傾けて。 「今着てるのは制服。ってことは、学校に行くとこか行った後か? 日曜とか部活だ け行く時はジャージだし……って、そんなこと一から確認しなきゃならないってのも おかしいんだけど」  わけがわからない。  記憶は確かにあるのに、順番が狂ってるみたいで素直に出てこない。 「今日は……平日。うん、鬼の尾嶋の数学があって……あ、そうだ! また機嫌が悪 くって、奥さんとケンカしたんだろって皆で話してた。そうそう。ま、珍しいことで もないんだけど、今日は特に虫の居所が悪かったらしくて、課題が倍に……でもって、 愚痴りながら八坂らと帰ってきた。うん。体育館の整備だとかで部活なかったから、 たまには寄り道してこうって」  きっかけさえ掴めれば、糸を手繰るようにスルスルと思い出していく。 「適当にゲーセン行ったり、ハンバーガー食べたりして。日が暮れてきたから、じゃ あなって……別れた。そう、別れたんだ。その後、家まで帰る途中……途中……?」  ……あのとき、何が起こったんだろう。  何より印象に残ってるのは、白い光。  いきなり目に飛び込んできて……いや、あれは。 「目の前に、いきなり出現した?」  点が生まれて、瞬時に大きく膨らんだ。その光は、オレの体を包み込んで……気づ いたら、あそこで仰向けになってた。って、そんなことあるか? ……まあ、現実と か常識とかを無視したなら、答えはひとつ。  ファンタジー、だ。  異世界とか伝説の勇者とか魔法とか。なんかよくわかんないけど、そういう世界。  ……マジ?  もう一度首を巡らせて、「まさか、な」と呟いてみても声は弱い。 「う〜……くそっ、こんなとこで座り込んでても埒が明かない。とにかく、森を出る か人家を探すか、何が出るかはわかんないけど、自分で動くっきゃないだろ。と、そ ういやオレの荷物は?」  学校帰り、サイズとしては小さめのスポーツバッグは持ってたはず。  が、目に付くところにそれはない。さっきの場所にあったっけ?  とりあえず、戻ってみることにする。といっても、今来たと思う方向を振り返って みても、はっきりとした場所なんてわかりそうにないんだけど。道なんてものもない し。とか、これも悩んでてもしょうがないんだけどさ。  ため息ひとつこぼして立ち上がる。  まったく、なんでオレがこんな目に……ぼやいても、この憤りを一体誰にぶつけれ ばいいのやら。  大体の見当をつけて歩きながら、止まらないため息に我ながら辟易する。周囲の景 色はこんなに長閑で平和だってのに、それを見ても心は晴れそうにないし。って、景 色をぼんやり眺めてる場合でもないんだけど。  荷物が落ちてないか地面に目を落とす。  土と草花の色しかない―――つまり、オレンジ色のバッグは視界の端にかかっただ けでも、充分目立つとは思うのだが。なかなか目に付かない。  バッグはない可能性……考えたくないけど、有り得る、か。  そうして何度目かのため息を吐いた時、不意に近くの茂みが音を立てて揺れた。 「っ!?」  反射的に振り返ったオレの目の前を、小動物が駆け抜けていく。 「……なんだよ、驚かすな…………今の、何だ?」  素早く視界を横切っていったが、その姿ははっきり見えた。  ウサギ、かと思った。まず目に付いたのが、特徴的な長い耳だったから。でも、今 の動きは猫のようであり、その体長ほどもある長い毛に覆われた尻尾が印象に残って いる。  動物に詳しいわけでもないけど、あんな動物いるだろうか?  そりゃ、ここが本当にファンタジーな世界だったら、どんな動物がいたって不思議 は……そこまで考えて、ふと気づく。未知の動物がいる。そもそも、お約束として、 そういうのは『モンスター』とか言わないか? 「…………」  その言葉のイメージから来る様々な異形の姿が頭をよぎり、思わず足を止めて凍り つく。もし本当に、化け物じみた『モンスター』なんてのに出くわしたらシャレにな らない。  この森の雰囲気とは結びつかないけれど、絶対にないとは言えない。 「と、とにかく、早く人家を探そう」  それまで、妙な化け物に出会わないことを祈るしかない。  気分を落ち着かせるために空を見上げれば、枝葉の間からほぼ真上に太陽が見える。 昼、だろうか。意識が飛ぶ前は日暮れ頃だったはず。一晩意識を失っていたとも思え ないので、恐らく時間にズレがあるんだろう。  既に、ここを異世界として認めたような認識だが、ここまで来たら、そういう方向 で覚悟を決めておいた方がショックは少ないに違いない。  頷いて、改めて荷物探しを再開する。  あ、そういや最初に見上げた空は、木の枝や葉っぱに邪魔されずに見えたっけ。  思い出して、なるべく木々の間隔が空いてる場所を探す。と、少し離れた先に、広 く陽光が差してるのが見える。足を速めると、やがて見慣れたオレンジ色が転がって いるのが目に入った。 「あ、あった!」  高校入ってまだ一年と少し使っただけなのに、バッグがやたら懐かしく見えた。急 いで駆け寄って、抱きしめるように飛びつく。そのすぐ横に、丸まった上着もある。  まだ夏の衣替えの前だったからブレザーは着てないといけないんだけど、今日は暑 いくらいで帰り道にはただの荷物になってた。広げるとシワは寄ってたけど、どこか が破けてる様子はない。それだけのことで安堵して、思わずブレザーに顔を埋める。 「あ〜……何やってんだろ、オレ」  我に返ると自分の行動が恥ずかしい。  気分も落ち着いて顔を上げたところで、腹が鳴った。 「あ、さっきはどうせ帰ったら夕飯だからって少し控えたから……」  自覚するとさらに空腹感が増す。  こんなことなら、もっとハンバーガー追加しときゃ良かった。なんて、こんな状況 予想できるわけもないんだけどさ。え〜と、そういやさっきコンビニで買った菓子は あったような……教科書は学校に置きっぱなしだし、部活がなかった為にジャージも 置いてきて、中身の少ないバッグを開けると、コンビニの袋はすぐに目に付いた。  スナック菓子二袋とお茶の500ミリペットボトルが一本。  ま、無いよりはマシか。  ひとつを開けようとして、ふと手を止める。そういえば他に……邪魔な課題のノー トやプリントの類をかき分けて、見つけ出したのはメロンパンがひとつ。昨日の放課 後、八坂からせしめて忘れてたヤツだ。 「昨日のだし大丈夫だよな。うん、こっちにしとこう」  いただきますを一応言って、かぶりつく。  先の不安は山ほどあれど、今この時だけは忘れることにした。 >>> MENU? 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