*** 世界を救う君に
   > Aoi‐1  昼時、店はピークの混雑を迎えている。  この店は初日だけど、普段のバイトがモノを言うわね。 「いらっしゃいませ! あ、その奥の席でお願いしま〜す」  料理を運びながら声を掛けて、すぐ手前のテーブルに料理を並べて行く。 「はい、お待ちどうさま。ご注文は以上でよろしいですか?」  厨房に戻る途中で、別のテーブルから注文を受けて、空いた席を片付ける。  狭い店内だけど、満席になって入れ替わりで入ってくるお客さんが途切れなければ、 休んでる暇もない。厨房に注文を告げて、すぐに出来上がった料理を運び出す。 「はいは〜い、次これね」 「アオイ、ごめんっ、これもお願い!」 「ちょっと待って。いっぺんは無理! これ運んだらすぐ戻るから!」  ざわめく店内の騒々しさで、店員同士のやり取りはほとんど怒鳴り合いにもなる。  湯気の立つおいしそうな料理を前に、私のお腹も鳴ったけど、そんなの構ってる暇 はない。こればっかりは慣れないけど、我慢強さは鍛えられるのよね。 「あ、ありがとうございました! ああっ、ちょっと待ってくださいね」  考えるより先に、ほとんど反射神経だけで働いて、怒涛のラッシュを裁いていった。  髪の色瞳の色、今までの生活からすれば、奇妙とも思えるヒトたちの様相にも驚い てる暇もありゃしない。まあ驚くって言っても、怖いわけじゃないし。多少耳が尖っ てたり、牙が目立ったりするのは少数だし。変わった色合いは、キレイって感嘆する し。見惚れる暇がないのは惜しいけど。 「っと、はい、お客さんはこっちですよね」  運んでる料理の材料なんかも、ほとんど知らないモノばっかりだけど、イイ匂いだ しおいしそうだし、実際お客さんは満足そうに食べてるし。昨日の夜ごちそうしても らったのは、カレーっぽかったけど微妙に違って、でもおいしかったのよね。今朝は パンとチーズとコーヒーみたいな……名前は違ったけど。  ……我ながら、順応性高いとは思うなぁ、うん。  そもそも、なんで普通の女子高生のはずの私がこんな妙なヒトたちに囲まれて給仕 をしてるかと言えば……私もよくわかんないけど。昨日の昼頃、気づいたらこの店の 二階のベッドに寝かされてたのよね。  話を聞けば、店の前に倒れてたとかで。  しかも、このラッシュの時間帯の直前だったもんだから、テキトーに考えもせず運 んだとか。大らかというか……いや、おかげで私は助かったんだけどさ。なんかやた らと頭痛いし。夕食まで寝てたら治ったみたいだけど……なんだったのかな、あれ。 乗り物酔いに似てるような……でも、乗り物なんて乗ってなかったし。  私、学校の部室にいたはずなんだけどなぁ。バレー部でいつもどおり練習を終えて 着替えてから、私が最後だったからカギ掛けたら返しに行かなきゃなぁ、とか考えて て。荷物まとめて、立ち上がった時……なんか光が見えた。その一瞬で体を包まれて、 気づいたらベッドの上。どういうことよ?  考えたってわかんないし、リウリ―――この店の一人娘で、私と同い年くらいの子 ―――に訊いても、やっぱり答えなんか知ってるわけもなくて。何もわからないまま、 とりあえず一宿一飯の恩は返しとくべきかな、とか思って。この店は、リウリとその 両親の三人で切り盛りしてるんだけど、母親―――ルクルさんが体調を崩してるって 言うし。ここは、手伝わないわけにはいかないでしょ。  元々、飲食店のバイトやってるし。料理の名前に馴染みがない分、手間取ることも あるけど、やってるうちになんとかなるもんだし。  要は、やる気と根性、よね。うん。 「あ、は〜い、今行きま〜す!」  お客さんを席に通して注文取って、厨房に告げて出来上がった料理を運ぶ。帰るお 客さんの会計は、具合は悪いけどそれくらいはって言うルクルさんがやってるから、 私は空いた席を手早く片付ける。一連の仕事を繰り返して、ようやく落ち着いた時に は、さすがの私も足がガクガクになってた。  部活とバイトで鍛えてるつもりだけど、まだまだね。  確かに、店が狭いとはいえ一人で動き回ってた分、普段のバイトより忙しかったよ うに思うけど。  気合でどうにか最後のお客さんが帰るまでは足を動かして、最後のお客さんを送り 出して入り口を閉めた途端、その場にへたり込んでしまった。 「はぁ〜……終わったぁ」 「お疲れ様。大丈夫?」  すぐ横のレジ―――といっても、普段のバイト先みたいに機械で金額は一目瞭然、 なんてのはないけど―――から出てきたルクルさんが、心配そうに駆け寄ってきた。 「あ、や、大丈夫です。ちょっと足に来ちゃいましたが」  あはは、と笑ってみせると、ルクルさんは申し訳なさそうに頭を下げる。 「ごめんなさいね。昨日の今日で、こんなに手伝ってもらっちゃって」 「いいえ、そんな! お役に立てたなら何よりですよ。お世話になってるんだから、 これくらい当然ですって!」  慌てて両手を振り回したけど、ルクルさんの表情は晴れない。  ……むぅ、しまった。ここで余計な気を遣わせてどうする、私!  え〜とえ〜と……考えてる間に、厨房で父親―――ライザさんを手伝ってたリウリ が、厨房から出てきた。 「お疲れ〜、アオイ。って、どうしたの、そんなとこに座り込んで?」 「あはは、さすがに足が……あ、でも、まだまだ元気よ、私は!」  リウリにまで心配されちゃ堪らない。座り込んだままってのは情けないけど、上半 身だけでも、と大きく腕を振り回して見せる。実際、足に力は入らないけど、意識の 上では全然普通なのは強がりでもなんでもないんだから。 「そんな無理しなくてもいいって。一段落ついたわけだし」 「無理じゃないんだってば」 「はいはい。でも、すごいね、アオイ。初めてであの忙しさを切り抜けるなんてさ。 無理なら私がアオイの方も手伝おうと思ってたのに全然平気そうなんだもん。仕事が 詰まることもなかったし」 「ふふん、当〜然! だから言ったでしょ。普段のバイトの成果よ」 「でも、料理の名前もほとんど知らなかったのに」 「それくらい、根性でなるようになるもんよ」 「……そうかなぁ?」 「結果はちゃんと示したでしょうが」 「うん。確かにそうなんだけどね」  感心してるんだか呆れてるんだか、リウリは微妙な表情を向けてくる。 「アオイの世界のヒトたちって、皆そんな感じなの?」 「そんなって?」 「なんていうか……」 「可愛くって仕事もキッチリ出来るなんて、葵ちゃん素敵! って感じ?」  わざとふざけて言ってみたら、「あ、うん。そんな感じかも」頷かれてしまった。 「それを肯定されるとかなり恥ずかしいんだけど……」 「でも、ホントにすごいって思うもん。皆がそう出来たりするの?」 「いや別に、私は普通だと思うんだけど……元気の良さは、学校一って言われてたけ どね」  とはいえ、それだって大袈裟な話なんだけど。  言い足そうとしたけど、リウリは「やっぱり、アオイってスゴイんだぁ」なんて妙 に大袈裟に感心したりする……今の話ってスゴイかなぁ? 「だって、“学校”に行ってたんでしょ?」 「へ……そりゃまあ」 「“学校”ってどんなとこ? やっぱり毎日世界の秩序とか成り立ちの議論して……」 「ちょっと待って」 「うん?」 「なんか根本的に認識違う気が……こっちの世界の“学校”リウリは行かないの?」 「ええっ、私なんか行けるわけないよ!」 「……え〜とつまり、“学校”に行くのはどんなヒトなわけ?」 「“判定”で認められたヒトでしょ」  何を今更、とばかりにリウリは言う。けど、“判定”って何のよ?  眉をひそめた私の反応が不可解だったらしく、リウリも同じように眉間にシワを寄 せた。 「……違うの?」 「残念ながら。私の世界じゃ、学校に行くのは国民の義務なの。ま、高校は違うけど。 でも、私くらいの年齢じゃ学生でいるヒトの方が圧倒的に多いの。だから、それだけ じゃスゴイことでもなんでもないの」  ヒラヒラと手を振って見せると、リウリだけでなくルクルさんまで感心した……て、 なんか調子狂うなぁ。そりゃ、私だってこっちの世界のことは物珍しいけど。  と、そこへ、片付けまで終わったのか厨房から顔を出したライザさんが呆れた声を 投げた。 「何やってんだ、そんなとこに座り込んで」 「おっと。ついつられて」 「ああっ、私のせい!?」  慌てて立ち上がると、一緒にしゃがみ込んでいた二人もようやく腰を上げる。 「元気回復?」 「だから、大したことなかったんだってば!」  叫んで、その拍子にか派手に腹の虫が鳴った。  ぎゃあっ、なんでそんなデカイ音を!? ……お腹を押さえてから、そっと顔を上 げると、目を丸くしたリウリと目が合った。途端、爆笑される。 「……っ!」  横を見れば、ルクルさんもクスクスと笑ってるし、ライザさんは「遅くなったがメ シにするか」とやっぱり笑いを堪えたような顔で厨房に戻って行った。用意は出来て たらしく、すぐに湯気の立つ大皿を両手に掲げて出てくる。 「残りもんだけどな。働いた分しっかり食ってくれ」 「ああっもう! お腹が鳴るのは生理現象なんだからしょうがないでしょ!」 「悪いなんて言ってないってば」  派手に笑っておいて……思ったけれど、ルクルさんに「たくさん食べてくださいね」 と促されて、文句は飲み込んだ。  そうよ。どうせリウリたちに悪気があったわけじゃないし。私だって、他のヒトが あんな大きな腹の虫飼ってたら、遠慮なく笑わせてもらうもの。  ヤケクソ気味に自分を納得させて、勧められるままに席に着く。  イイ匂いのおいしそうな料理を前に、もう一度お腹は鳴ったけど「いただきます」 の一言で誤魔化した。匂いに誘われるままに、トロリとしたシチューっぽいモノをス プーンですくって口に運ぶ。 「うん、おいしい!」 「そりゃよかった。嬢ちゃんは本当にイイ笑顔で食ってくれるから、作る側としては 気持ちいいな」 「ホント。食べてる時のアオイってすごく幸せそうだよね」 「ぐ……よく言われるわ、それ」  実際は、寝てる時の顔はさらに幸せそうだけどね、と母親に指摘されたのだが。  で、でも、悪いことじゃないわよね、うん。  一人頷いて、「おいしいモノはおいしいんだもん」と目の前の大皿に盛られた煮物 にフォークを伸ばす。しょう油風味で、それもまたおいしい。  が、そこでふと気づく。 「そういや……これって、何?」  もぐもぐと口を動かしながら―――行儀が悪いのはわかってるんだけど―――訊い てみた。 「アオイ、そういうのって普通は食べる前に訊かない?」  呆れ顔のリウリの言葉は、ごもっとも。  でも、お腹は減ってたし、イイ匂いだし、世界が違うとはいえこっちの世界のヒト が日常普通に食べてるモノだし、実際おいしかったし!  ……まあ『あんたの辞書には警戒心や危機感って言葉はないわけ?』とはよく言わ れる言葉だったりするけども。さらには『頭で考える以前に、野性の勘で危険は回避 できるのかもね』とも言われたりしたけど…………ま、まあ、私は無事だし! 「知らなくったって、おいしければいいのよ!」  そう返しただけで、食事を続行した。  リウリにはさらに呆れられたけど……いいのよ、うん。  世の中すべて運次第。強運に守られる人生ってのもアリでしょ。誰が何て言おうと、 そういうもんよ。心の中で頷いて、後はただ腹の虫を満足させる為に口を動かすこと に集中した。 >>> MENU? or BACK? or NEXT?




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