*** 世界を救う君に
   > Aoi‐5  背負っていた荷物を馬に括りつけるディラトゥールを横目に、さっきから視線が痛 い。相手は当然、まだマトモに名乗りあってもいない二人組―――やたら露出の高い 鎧に身を包んだ女性と、軽薄そうな印象のある若い男。ディルの知り合いらしいんだ けど……いきなり剣を突きつけあう知り合いって何?  常識の範囲外。考えたってわかるわけがない。  若い男が馬から下りて、訊かれたのはひとつだけ。 「お嬢さん、馬乗れる?」  首を振って乗れないことを告げると、「んじゃ、一頭でいいよな?」とディルに訊 いた。  で、ディルは男が乗ってた馬を引いて、荷物を括りつけてるわけだけど……その荷 物も少し増えた。二人が持っていた荷物の一部も受け取ったから―――商売人、なの かな? そうは見えないけど。  ディルの作業が終わるのを待って、馬上から女性―――そういやさっき、ディルは “キャシィ”って呼んでた―――が言う。 「支払いはいつもどおりでね。と、これもあったわ」  ひょいと投げたのは折りたたまれた形の……棒?  しかも、私に向かって。 「え?」  反射的に受け取って見返したけど、キャシィはディルの方を見る。 「持ち運びも考えて、それが一番妥当だと思うわよ。素人でしょ? 難しく考える必 要もないから、ま、それならなんとかなるってもんよ」 「ああ、助かる。ありがとな」 「……?」  ディルとキャシィの会話を聞きながら、受け取ったモノを検分する。  三つ折りに畳まれた棒……よね? 広げてみると、私自身の身長よりは少し短いく らい。重すぎも軽すぎもせず、振り回すにはちょうど良さそうな……適当に先を振っ てみて、まさか、と三人の表情を窺う。 「これ、で?」 「自衛手段もあった方がいいでしょ」  キャシィはあっさり言って、「以上。問題は?」と困惑する私を放置して、ディル に訊く。 「ない。ま、アオイにソレを使わせる事態にはならないよう気をつけるから」  後半は私に向かって言ってくれた。  話はわかった。確かに、いきなり刃物を渡されるよりはマシだと思うし、その心遣 いには感謝もする。とはいえ、これからの道程に一抹の不安を覚えたのも事実だ。  そりゃ危険がまったくない旅になるとは思ってなかったけど。さすがに、そこまで 甘えてはいないつもりだったけど。……実際に現実を突きつけられたみたいで、結局 は自分の甘さを思い知る。  本当に、異世界なんだ。  呑気に観光気分でなんかいられない旅が、待ち受けてるんだ。 「…………」 「アオイ?」 「い、言っておくけど、こんな棒渡されたって……そりゃ、体育の授業でほんのちょ っと剣道はやったけど遊びみたいなもんだったし、実際に使う事態に遭遇したら…… 怖、くて……動けないかもしれないし……」  弱音ばっかりが口から出てくる。頭の中もぐるぐる回ってて、本当はこんなこと言 いたくないのに、口は勝手に動いてしまう。  けれど、 「……うん」  ディルは非難することなく頷いて、先を促してくれる。私は促されるままに……そ んなこと考えるより先に、浮かんだ言葉をまくしたてた。 「私、私は……怖い、よ。だ、って……この国のこと、この世界のこと何にも知らな いもの! 私の知ってる世界とは全然違う。知らない人、初めて見る物、初めて聞く 言葉、そんなものばっかり! なんで? なんで私こんなとこにいるんだろ。なんで、 こんな場所にいなきゃならないの!?」  すごく嫌だった。私はいつのまにか棒を握り締めたまま泣いてて、叫んでて、小さ な子供みたいに駄々をこねてる。そんな自分が嫌で、私をそんな状況に置いた“誰か” の存在が嫌で、癇癪を起こしてる私を咎めもせずに優しく見守ってるこの男まで嫌に なりそうだった。  でも、それを止めるように彼はその大きな手を私の頭の上に乗せた。 「うん、自分の意思に反して見知らぬ土地にいたら、誰だって不安になるよな」 「…………」 「でもアオイは、リウリの家でそんな不安忘れてたんじゃないか?」  それは……その通りだ。  驚いたけど、不安に思うより先に“笑顔”に迎えられたから…… 「リウリの家っていいだろ?」得意げに胸を張って「オレも大好きなんだ。いろんな 場所を巡ってきたけど、帰るのはあの場所って決めてる。それくらいに居心地がいい」  リウリがいるからだろ、なんて野次が飛んだけど、無視して続ける。 「ああいう温かさって、アオイの世界にないか? 本当に、この世界とアオイの世界 じゃ何もかもが違うか?」 「……そんなこと、ない」  ようやく頭が冷えて、周囲が見えてくる。  空の青も草木の緑も同じ世界……心地よい風が頬を撫で、それは私が知ってるモノ とは違ったけど―――私の住む町じゃ、こんなに自然な気持ちよさを感じる風はそう そう感じられるものじゃない―――何より、ちゃんと言葉が通じてコミュニケーショ ンが取れて、笑顔を交わせる。ここは確かに異世界だけど、今の私は一人じゃない。 我を忘れるほどの不安に押し潰されるなんて、有り得ない。  吹き抜けようとする風を胸いっぱいに吸い込んで、大きく吐き出す。  早くも乾きかけていた涙を力いっぱい拭って、笑ってみせる。 「ごめんね。ありがと」 「いいや。リウリが心配してたからな。アオイは絶対に辛くても無理しちゃう人だっ て。だから、不安に思ってても口に出せないで溜め込んじゃってるかもしれないから、 ちゃんと守ってあげるのよって言ってな。もう〜っ、世界一気が利いて優しいだろ、 リウリは!!」  結局ノロケですか。 「でも、同感。リウリにはいくら感謝しても足りないね!」  そこまで考えてくれてるとは思ってもみなかった。何しろ、溜め込んでる自覚がな いんだから、まさか自分がこんな大泣きするほど…………って。  改めて自分の行動を省みるとメチャクチャ恥ずかしい。カァーっと頬が―――たぶ ん耳まで―――赤くなるのがわかって、持っていた棒にもたれかかるように脱力して うつむいた。  ……人前でこんなに大泣きしたのって、幼稚園以来だわ、きっと。  そんな私の心情を知ってか知らずか、力説の為に握り締めていた拳を解くと、一転 気楽な調子の声で宣言する。 「まあ、リウリに“守ってあげるのよ”って言われたからには、オレがしっかり守る から。ホント、その棒は……そうだな、お守りだとでも思ってくれればいいさ」  騎士よろしく守ってくれるスポーツマンタイプの年上男性……ここはひとつ年頃の 乙女としては、頬のひとつも染める場面かもしれないけど、このディラトゥールが言 うと、まるでそんな気持ちを誘わない。私はうつむけてた顔を持ち上げて笑った。 「ありがとう、頼りにしてますよ」 「んん、まあ、お嬢さんはその棒でしっかり我が身を守ってくださいな。若い男女が 危険を顧みず旅を続け、その先に待ち受けているものは!ってね。ぶっちゃけ、ディ ルに襲われそうになったら一発ガツンと……」 「イーズ! くだらないこと言ってないで、次の仕事に移るよ」 「はい、姐さん。じゃ、そゆことで」  最後まで軽薄な印象を残して、男―――イーズはディルの拳をヒラリと避けて、馬 上のキャシィの後ろに身軽に飛び乗った。 「またね、色男」  手綱を引いて馬首の向きを変えると、こちらは最後まで妖艶な印象を残して……二 人を乗せた馬は、あっという間に走り去って行ってしまった。  その後姿を見送って、豆粒ほどにもなった頃ようやく、 「変な人たち」  私が呟くと、ディルは「まったく同感」と頷いて笑った。  ……恥ずかしい。  思っても、選択の余地がないことは重々、嫌ってほど承知してるけれども! 「恥ずかしい」  憮然と呟くと、ディルは「ん、なんか言った?」と首を大きく捻って、私の顔を見 ようとする。 「なんでもない! なんでもないから、ちゃんと前見て!」  慌てて前方を指差すと、ディルは首を傾げたものの素直に視線を前に戻した。その 間、さすがに乗り慣れてると言うだけあって、安定したものだった……この馬上は。  私は馬に乗れない……一度も乗ったことがない。だから、共にいるのは私が知って るのとは多少違う外見をした“馬”が一頭で、でも旅をするのは私とディルの二人。 で、ディルだけは馬に乗り慣れてる、となれば……状況はひとつの形に収束されるし かない―――つまり、二人で一頭の馬に乗る。  ディルが手綱を握り、私がそのディルの背中にしがみつく……しかない。  それが、かなり恥ずかしい。  こんなことになるくらいなら、親に昔「習い事したい?」って訊かれた時に「別に」 じゃなくて「乗馬」って答えておくべきだった! ……などと無茶な思考に行き着く。 いかんいかん、冷静に。  聞いたところによると、この“馬”は特に力が強く安定した走りをする為に、元か ら二人乗り用……あるいは、荷物が多い時に同行させるらしい。確かに、少し前にテ レビで見た馬はもう少しスマートだったと思う。特に足が。それが力仕事に向いてる とされる理由なら、納得もする。  ただし、その分スピードは出ない。といっても、私たちが走るよりは充分に早いの で、旅をするには心強い同行者だろう。この振動は長時間に及べば辛そうだが。  そこまで考えて、そういえば、と口にする。 「ねえ、ディル。王都までは4、5日かかるんだよね?」  今度は意識して声量を上げた為に、ディルは前を向いたまま答える。 「よく知ってるな。まあ、こいつで飛ばしていけば3日もあれば行けると思うけど」 「それでも野宿は必至ってことか」 「野宿? そうだな……オレ一人なら構わないが、ちょっと考えるか」 「え、いいよ、別に。私そんな上品じゃないし」  野宿に適当な場所はディルに探してもらうことになるが、そんな気を遣ってもらう ほど潔癖ではない。この状況で野宿だと言われれば、それも仕方ないよね、と納得す る。不満など洩らす気はない。初めての経験ばかりだが、旅慣れたディルが先導して くれるのだから―――心の奥底では、一方的に頼りきりの自分に引っかかるものはあ るのだが―――不安も少ない。  ……さっきぶちまけたのが大きな理由かもしれないけど。  一度弱い部分をさらけ出してしまえば、後は怖いものなどない。  けれど、ディルはキッパリと言う。 「いいや。出来る限り町に寄ろう。多少時間は余計にかかるかもしれんが、その方が いい。まずは……そうだな、日暮れ頃にはタァタ民族の集落に着けるだろう。遊牧民 族だけど、今の時期ならこれから行く途中あたりにいるはずだ」 「希望的観測じゃなくて?」 「失礼な。歴とした知識に基づく計算だよ、アオイ君」  珍しく偉ぶる。  その言い様が余りに似合わなくて笑い声を上げると、「ようやく笑った」とディル も笑う。 「え?」 「ずーっと眉間にシワを寄せてるから、心配したんだよ」  ディルはいつもこうだ。  軽口を叩いてるかと思えば、急に年上ぶって―――実際に年上なんだけど―――優 しい声音で優しい言葉をくれる。それがちょっとズルイ。 「っ……見えないくせに!」 「見えるって。オレの背中には第三の目が……」 「もし万が一あったとしても、服着てたら見えないでしょうが」 「なるほど。頭いいな、アオイ」  ……なんか、馬鹿にされてる。 「で? いきなり行って、そのタァタ民族って人たちの集落で一晩過ごせるの?」  文句は言いたかったが、そればかりでは話が進まない。ここは我慢して、少しでも 情報収集に努めよう。心に決めて、訊いた。 「遊牧民族の集落に宿なんてあるもの?」  イメージ的には、なさそうな気がするのだが。 「宿はないけど、何度か会ったことあるから大丈夫。行き会うとたまに泊めてもらう んだ」 「……へえ」  そんなことが出来てしまうとは、さすがディラトゥール……と妙に感心してしまう。 この人の良さそうな笑顔を見れば、相手の警戒心を解くのも楽に違いない。実際に妙 な企みとは縁遠い男でもある。信用を勝ち取るのはお手のものだろう。 「その後は……サジーナ、かな。最後の行程が少し長くなるかもしれないけど、一番 近いのはそこだろ。小さな町だけど、いいとこだよ」 「ふ〜ん。それで、後は王都に向かって一直線、ってわけね」 「別に直線じゃないんだけど」  ディルは苦笑したが、まあいいか、と頷いてくれた。  あと3日―――それでようやく会えるかもしれない、同じ世界から連れてこられた 同胞に。  そう思うと気が急いて、ディルを急かさずにはいられなかった。 >>> MENU? 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