*** 世界を救う君に
   > Arks‐2  出立。  何もかもが物珍しく、目を奪われることしばし―――散々リットに注意され、促さ れながらも僕たち兄妹は足を止めずにはいられなかった。王都リーフスを抜ける前に 昼食を催促するように体が空腹を告げ、「朝早く出た意味がないではないですか」と リットに呆れられてしまった。  もちろんわかってたけど、大通りに並ぶ店の数々。世界中を渡り歩いてる商人たち もいる。国の中心である王都には当然、国中世界中から種々諸々ありとあらゆるモノ が集まる。丸一日掛けたって見飽きるはずがないほど、たくさんのモノが。見たこと もないようなモノも多いし、興味津々、我慢も出来ない。  ちょっとだけ……そう言って、何度も足を止めた。  とはいえ、露店のひとつで昼食にティラズイアの肉と野菜を挟んだパフゥを買った 後、さすがにリットは腹に据えかねたらしく、きっぱり言った。 「これで最後です。今日一日王都内を見て回るだけで満足なさるか、すぐに次の町へ 出発されるか。今すぐに決めていただきます」  今日一日で満足……つまり、旅は取りやめて夜には城に帰る、と。そんな二択は考 えるまでもない。  後ろ髪引かれるが、ここは我慢するしかない。  わかってる。  すぐに次の町へ出発する、と答え、行儀は悪いがパフゥを食べながら歩き出す。  僕が城の外に出ることが許されたのは、極秘の任務―――異世界から来た人間を捜 す為。表向きは勉強の為でも、優先すべきは探索。いつまでも王都でぐずぐずしてる わけにはいかない。捜し人が王都にいるくらいなら、僕が出るまでもなく早々に見つ け出されているに違いないし。あるいは、万が一王都内にまだ見つからずにいたとし ても、きっと見つかるのは時間の問題。探索は極秘とはいえ、国王の膝元は常に気を 配っているのだから。  僕は国内各地を周り、密かに情報を集めていく。  各町村の役所には、先に手配書を送り届けてあるし、それらしきを発見次第王都へ と連絡が入るはず。その連絡から、身柄確保できる可能性の方が高いと思うけど、情 報が不確定な場合は僕たちが、その町村まで行って確認をする。  状況や異世界人の態度によって臨機応変に―――いいかげんなようだが、異世界な んて想像もつかないし、そこに住む人も然り。仕方のないことだと思う。だから、臨 機応変に身柄確保の方法を取る。つまり、逃げるようなら追いかけるし、危害を加え て来ないとも限らない。その場合は多少手荒な手段も辞さない―――とは、リットの 弁。僕としては、話し合いに応じてくれる冷静な相手を期待してるんだけど……甘い だろうか?  三人の若い男女……僕たちとの相違点は何だろう?  露店に目を向けてしまうと、好奇心に負けるのは目に見えているから、意識を集中 して考える。時々、サリアが上げる喚声に意識を取られそうになったが―――そのた びに、リットから窘められてガッカリし、渋々耐えるサリアの横顔を視界の端に留め るだけにする。  カウチ・ルードの話によれば、僕と同い年くらいに見えたらしい。十代後半……見 たことのない衣装に身を包み、見たことのない荷物を持っているようだった―――歯 切れの悪い語り口だったが、何の知識もない世界からの来訪者を語るには、さすがの カウチ・ルードも言葉が難しいのだろう。見えたのは、ほんの刹那らしいのに、それ だけでも三人分を見て取れたのは“さすが”と言えると思う。  手掛かりは少ないが、仕方ない。  もし衣装と荷物以外は僕たちと変わらないとしたら、見分けるにはどこを見たらい いのだろう? 衣装と荷物というのは、見分けやすいと思うが、必ずしもそれを身に 着けてるとは限らない……いや、異世界に突然連れてこられて、その場ですぐに替え が手に入るだろうか? ……無理、だと思う。しかし、可能性として考慮から外せる ほど、有り得ないとは思えない。  となると、どこを注目して見るべきか…… 「何を、お考えですか?」 「っ……相違点を。どう、見分けたらいいのかな、って思って。リットはどう思う?」 「そうですね……確かに難しいでしょう。けれど、必ず違う点はある、と信じます。 ……でないと、あまりの難問に放棄したくなりますから」 「……リットらしい」  呆れた吐息を返すと、悪びれもせず微笑んで見せる。その姿は、実に彼らしい。  だが、それを信じたい気持ちは僕にもある。期待には答えたいから―――父様から 受けた初めての信頼だと、思うから。今まで一度として、父様が僕にああして命じる ことはなかった。“何かをするな”と叱ることはあっても、“何かをしろ”と言われ ることはなかった。  初めてだ。  城の外を自由に見られるのは嬉しいけど、本当は何より、父様が僕を選んでくれた のが嬉しい。レディン兄様やリクード兄様では、極秘に出来ないからだろうけど、そ れでも、嬉しかった―――僕も、父様の為に、国の為に、何か出来るということが。  だから―――やり遂げたい。  どんなに難題に見えても、投げ出さずに遂行する。  それで、成功したら…………父様は、僕を褒めて、くれるだろうか? 「あっ、あれ、可愛い!」  何度目かの喚声。それも、今までで一番大きな声。 「サリア様」  咎めるリットの声を耳にしながらも、思わず僕もその露店に目を向けた。  露店の並ぶ大通りももう終点が近かった。この先は、王都をぐるりと囲む壁の切れ 目……関所―――王都への出入りに必ずしも検問が必要なわけではないけど、非常時 に備えて、関所番が常に待機している―――があるだけ。そこから先は夢にまで見た “外の世界”だ。 「ごめんなさい! でも、これだけ。ね? だって、すごく可愛いのよ?」  握り絞めた両手に力を込めて、主張する。  指し示したのは、花と小さなリボンをあしらった髪飾りだった。  お願い、と今度は両手を合わせて拝みこむ。露店の店主も「そうそう、ちょっと見 てくくらい損はしないって」と笑顔で手招いている。 「リット、ここで最後だし、少しだけなら」 「アークス様まで……まったく、困った方たちですね。とはいえ、今更急いだところ で、今日中に隣町に着くのは無理な話……野宿するなら多少の位置の差は問題になら ない、と。それ相応の覚悟はしていただきますが」 「もちろん! ありがとう、リット」  諸手を上げて礼を言い、サリアは嬉々として髪飾りに飛びつく。ゴザの上に並んだ 商品を前にしゃがみ込み、矯めつ眇めつ目を輝かせた。 「やはり、アークス様はサリア様に甘すぎるのですよ。先が思いやられます」 「ごめん。ありがとう」 「そんなことより、せっかくですからアークス様もご覧になったらどうですか? 気 になっているんでしょう?」  ……ご名答。  照れ笑いを返したが言葉に甘えて、僕もサリアの隣りにしゃがみ込む。  我慢はしてたけど、リットの言う通り。兄妹だから、ってのもあるかもしれないけ ど、僕とサリアは特にこういう好奇心旺盛なところが、実によく似てる。だから…… 目を輝かせて髪飾りを見てるサリアと、今の僕は同じような顔をしてるに違いない。  目の前に並んだ初めて見る品々に、こんなにも心が躍る。  雑多に置かれた商品の大半は用途のわからないものばかりだったけれど、それでも ―――いや、だからこそ、興味を引かれる。何に使うのか、どう使うのか……考える だけで、幼い子供みたいにわくわくする。  小さな丸い珠、奇妙な形をした置物、布で出来た小袋、動物に見える気もする木彫 りの人形、鮮やかな細工をされた装飾品―――手の平に乗るくらいの小物ばかりを扱 った店だった。  ひとつひとつを手に取っていき、どうしても気になるものの用途は店主に訊く。店 主は些細な疑問に、すべて丁寧に答えてくれた。  そんな中、気になったのは小さな箱、……だろうか?  手に取って、首を傾げる。片手に乗る箱―――といっても、厚みはそうない。手触 りはスベスベして固く、所々に小さな凹凸がある。出っ張った一箇所を押してみると、 変形する―――いや、蓋が開いたのか。一部が斜めに傾き、内部を晒す。が、この狭 い隙間に何が入れられるというのだろう? 「あの、コレ、何ですか?」 「え……え〜と、それは、だね。箱、じゃないかな〜、と」  説明がぎこちない。さっきまでは何を訊いても、すらすらとした答えが返って来た のに。困ったように、頭を傾ける。 「つまり、自分でもわからない、得体の知れないモノを売り物にしてる、ということ ですね」  僕たちの背後から覗き込んでいたリットが、サクッと切り込む。 「うっ……そ、それは」 「そんなものの入手方法は限られてますね。正規の方法じゃないことは確か、ですし」 「…………」 「警備兵に目をつけられても……」 「わっ、わあっ! ま、待ってくださいよ、お客さん。ひ、人聞きが悪いなぁ。そん な危険なモノじゃないですって! ほら、どう見たって危険の“き”の字も見当たら ないでしょ!? ね、ねっ? 旅の途中に拾っただけなんですよ。ホントに。そりゃ、 見たこともないもんだったから、売り物になるな〜なんて気持ちはありましたけど、 商人としてはこういう珍奇物は見逃せないだけなんですよ。ね、商人魂、ってやつで す。決して、疚しい気持ちからじゃないんですよ」  大慌てでまくしたてた店主を見て、リットはボソッと「それだけ慌てると逆に怪し いんだが」呟いたが、店主には届かなかったらしい。ぺらぺらと弁解を続け、最後に はひれ伏さんばかりの勢いだった。  それを見かねたのか、リットは店主を宥めるように両手を押し出し、黙らせる。 「わかってますよ。貴方が法に抵触するような商売をしてるなんて思ってません。た だ、客としての不安は、わかってくださいますよね?」 「ええ、それはもちろん!」 「良かった。やはり良い方ですね。そんな方が後ろ暗い商売をやるはずがない」 「……え、ええ、もちろんですとも」 「アークス様、サリア様、聞いた通りです。こちらでなら、安心して買うことが出来 ると思いますよ。何か欲しいものは見つかりましたか?」  リットは何故か、僕たちの名前と“様”を強調し、訊いてくる。  一方の店主は、引きつらせていた笑顔が、何かに気づいたように青ざめていく。気 になったが、それを訊ねるのを妨げるように、リットが「どうですか、アークス様?」 と訊いてくる。 「え、え〜と」  咄嗟に返事できずにいると、先にサリアが手を差し出した。 「やっぱり、こっち。これが一番可愛いと思うの」  そう言って差し出したのは、最初に手に取ったのとは違う髪飾りだった。 「でも、今朝リットは余計な買い物は出来ないって……荷物が増えるのは好ましくな い、って言ってなかった? なのに、買っていいの?」  そういえばそうだ。言われたことは僕も覚えてる。  リットを見やると、「確かに、そう言いました」と頷いた。 「けれど、“こういう買い物”も人生勉強のひとつです。ここに売ってるのは小さな モノばかりですから荷物として嵩張ることもないでしょうし、何より、その髪飾りは きっとサリア様によくお似合いでしょうから」  ねえ? と店主に振ると、店主は慌てて同意する。  サリアは嬉しそうに微笑んで、「じゃあコレ買わせていただくわ」と髪飾りを大事 に胸に抱いた。初めて自分で選んで買ったもの……その喜びは、容易に想像がつく。 「アークス様はどうなさいますか?」 「僕は…………これに、する」  迷ったけれど、何故か僕はソレを手に取ったまま手放せなかった。  用途のわからない箱……でも、すごく気になる物。 「良いのですか、それで?」  頷くと、リットは反対はせず「ふたつ合わせておいくらですか?」と訊いた。が、 店主は慌てて首を振り、必死に笑顔を作る。 「お、お代は結構です。今回は特別、ということで。是非また今後ともご贔屓に、よ ろしくお願いします。ええ」 「ありがとうございます」  青ざめた店主とは対照的に、リットは満面に笑みを浮かべて礼を言ったのだった。  ……いいのかな? >>> MENU? or BACK? or NEXT?




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