*** 世界を救う君に
   > Naoya‐6  ジャンシーさんの家で昼食を済ませた後、改めて本来の目的を開始する―――つま り、旅に必要な物資の調達を。  栢山は先生と一緒に森にある先生の家へと戻って行った。当然一緒に帰ると思って いたミルシェは、何故かジータリィ村に残り、オレと行動を共にしてくれると言う。 正直―――情けないが―――この小さな少女が一緒にいてくれるだけで、気持ちが違 う。実に、心強かったりする。  だが、その気持ちを誤魔化して、オレはわざと大き目の声を出した。 「さて。先立つモノは、やっぱり金かな? 何を買うにしても。問題はどうやって稼 ぐかだけど……この世界でも、バイト募集とかあるのかな?」  ミルシェに訊いてみたが、首を傾げるだけで明確な答えは返ってこない。  やっぱり、ジャンシーさんに訊いてみるのが一番か。そのジャンシーさんは、昼食 を終えると慌しく家の二階に上がって行ったままなのだが。  あの様子では、訊きに行くのは憚れる。  そう思ったのだけど―――すぐに、バタバタと階段を下りてくる足音がして、ジャ ンシーさんが戻ってきた。 「あ、よかった。まだいらしたんですね、ナオヤさん!」 「……はあ、そろそろ出ようかと話してはいたんですけど、どうにも行動の具体案が 決まらなくて」 「それなんですけど、こういうのはどうですか?」  言いながら、ドンとテーブルに置いたのは一抱えはある木箱。開けて見せてくれた 中身は木製のトンカチや小さな杭など―――いまいち手入れが行き届いてるとは言い 難いが、工具入れらしい。……で、これが何?  少し怪訝そうにジャンシーさんを見やるが、ジャンシーさんは愛想良い笑顔のまま、 「あ、ナオヤさん、手先は器用ですか?」などと訊いてくる。 「器用……まあ、人並みには」  頷くと、ジャンシーさんはますます深く笑みを刻む。 「あのですね、最近の皆の悩みがあるんですよ。というか、もうここ何年も慢性的に、 なんですが。道で会うとどこの家でも、棚やら椅子やら、何かしら壊れたって愚痴が 出るんです。もう日常茶飯事で。でも、日々の仕事に手一杯で、騙し騙し使ってるの が現状でして……」 「なるほど、オレがそれを修理して回る、と」 「そうです。一から仕事を覚えてもらうよりはいいかと思うんですけど」 「うん、それいい!」  複雑なモノは無理だけど、棚や椅子なんかならどうにかなりそうだし、わざわざ仕 事を教えてもらいながら、なんて相手に余計な手間を増やすこともない。 「でも……いきなり行っても、無理じゃないですか?」 「最初に村役場まで一緒に行きますよ。で、そこで書類とか掲示とか、作ってもらう んです。ナオヤさんなら、さっきの魔法で消火の件もありますし、信頼あるから大丈 夫ですって」  自分のことのように嬉しそうに言って、ジャンシーさんは「そうと決まれば時間は 惜しいでしょう。早速、役場に行きましょう」と急かす。 「はい、ありがとうございます!」  先が見えたことに安堵して、オレも笑顔を返して立ち上がった。 「長さはこんなもん、かな。後はヤスリを掛けて……」  椅子の足が1本折れてしまったというので、噛み合わない接合部分を切り取ってし まい、新しい木の棒を付け足すことにする。くっつけるには、この世界特有の植物を 磨り潰して出来た接着剤を使う。接合部分に塗りつけ、その周りをさらにテープのよ うに、接着剤を塗りつけた布で覆う。そう難しい手間はいらない。  ミルシェに知識を補ってもらいつつ―――見慣れたチューブに入ってるわけではな い接着剤は、教えてもらわなければわからなかった―――作業を進めて行く。  役場に行ってジャンシーさんが説明すると、話はすんなりまとまった。むしろ、役 場の人にも仕事をする前から感謝されたくらいだ。  早々に一枚のチラシを書いてくれて、それを回覧板のように板に貼り付けた。女性 らしい丁寧な字面で、『修理承ります』の見出しの下に、簡単な説明文―――この世 界の文字は読めないので、役場の人の説明によると、だけど―――と役場承認の印で ある判子が赤く押されてある。それを持って、家を回ればいいと言う。  同じモノを何枚か書いて―――コピー機なんてモノはなく、全て手書きで作るしか ないのには驚いたが、考えれば当然、か?―――村の各所にある掲示板にも貼ってお いてくれると言う。自分の本来の仕事もあるだろうに、快く引き受けてくれた役場の お姉さんに感謝した。  その後、ジャンシーさんは家に戻り、オレはミルシェと二人で少し躊躇いつつも一 軒目を訪問した―――迷った挙句、村の中を適当に歩き回り、覚悟が出来たところで 目に付いた家に。見知らぬ家に訪問するのは、けっこう勇気がいるものだ。……セー ルスマンの気分?  でも、不安は杞憂に終わり、チラシを見せると、アッサリ家の中に通された――― あら、助かるわ、なんて。  接着剤が乾くには一晩掛かるそうなので、外れないように安定感だけ見て、作業は 終了。ホッと息を吐いたところで、タイミングを計ったかのように、この家の奥さん が湯気の立つティーポットを持って部屋に入ってきた。 「お疲れ様。お茶でもいかがですか?」 「ありがとうございます」  意識すると、喉の渇きに気づく。  集中していた所為で腕や肩も凝り固まってるし、有り難く頂くことにする。手早く 工具を片付けて直した椅子を部屋の隅に寄せると、マトモな椅子に座る。ミルシェと 並んで、お茶の香りに気を休める。 「本当に助かりました。ありがとうございます」  空いた椅子に腰を下ろし、奥さんは頭を下げる。が、そんな大袈裟な……慌てて両 手を振って、顔を上げてもらった。 「他に出来ることが思い浮かばなかっただけで、大したことはしてないですから」 「あら、仕事としては充分ですわ。困ってる人を助けられる自分の能力に、不満を抱 くことなんてありませんもの。立派なことだと思いますよ」 「……は、はあ」  面と向かって、そんなことを言われると照れる。 「そして、これは正当な報酬。むしろ少ない気もしますけど」  奥さんはエプロンのポケットから、白い包みを取り出してテーブルに置いた。チラ シに書いてあるらしい金額―――役場で話し合った結果、何を直しても定額にした。 その金額も、最初にジャンシーさんと役場のお姉さんが「これくらいはもらってもい いんじゃない」と言うのを、少し下げて設定した。決めたのは、オレ自身。  相場がわからないので、具体的にその金額で何が買えるかを訊いてみると、下げた 値段でも食事付きで安宿になら泊まれるらしい。日本とは、宿の概念も違うかもしれ ないが、それは貰い過ぎな気もした―――が、結局、それが最低ラインだと説得され てしまった。  確かに、安すぎるのも問題だろうけど……やはり気が引ける。 「あ、ありがとうございます。これで充分ですから」 「そう? カートランゼさんの件といい、本当に良い方ですのね」 「え……あ、知ってるんですか」 「もちろんですわ。村中、その話で持ちきりですもの」  ……すごい。  小さな村とはいえ、昼食の時間を挟んで、せいぜい2〜3時間の間に、広まってし まうとは。まあ、火事は鐘で村中に知らされたわけだから、当然と言えば当然かもし れないけど。それでも、手放しに褒められると、実に照れ臭い。  曖昧に笑って誤魔化して、頭を掻いた。 「オレ一人の力じゃ、ないですから」 「皆で感謝してますのよ。本来なら、旅の準備くらい皆で用意いたしますのに」 「そんなことまでしてもらえませんよ!」 「でも、それくらい感謝してる、ってことはわかって頂けますかしら。欲しいモノ足 りないモノがあったら、遠慮なく仰ってくださいね。皆で協力いたします」 「……ありがとうございます」  嬉しい……けど、照れ臭い。  それを何度も繰り返し、仕事は順調に進んだ。ジャンシーさんの話の通り、どの家 を訊ねても、何かしら修理の必要なものがあり、仕事には困らなかった。中にはふた つみっつとお願いしてくる家もあるくらいで。  この提案を出してくれたジャンシーさんには、大感謝だ。  次の家に向かいながら、ミルシェに声を掛ける。 「本当に、イイ場所だな。良い人ばっかりで、雰囲気が温かくて……辿り着いたのが、 この村で本当に良かった」 「うん。うれしい」 「ミルシェも、喜んでくれるんだ?」  疑ったわけではないけど、確認するように訊いてしまった。  でも、ミルシェは微笑んで頷いてくれる。それがすごく嬉しい。  今朝までは、自分の無能さ―――劣等感で苦しかった。それは、思ってた以上に心 にのしかかっていたようで、今の軽さが不思議だった。感謝の言葉をひとつ聞くたび に、心を圧迫していた小石を取り除かれていくような……すごく誇らしい。  栢山と比べて、何も出来ないと思っていた。  でも、オレにも出来ることがあった。  家具の修理は、そう難しいことじゃないけど、それでも困ってる人を助けられるの はイイことだ。特別な力じゃなくてもいい―――魔法が使えたことは、それはそれで 嬉しいし、すごいことだけど―――オレにはこれでイイと思う。  正直、あの魔法を「もう一度やれ」と言われても、出来る自信がない。  時間が経てば経つほど、現実味が薄れていくような―――確かにオレの力だと言わ れるけれど、使った後で特に何が変わったわけでもない。疲れた、とか、腹が減った、 とか。オレは何も消費してないんじゃないかと思う―――それが、本当に“力”だろ うか。  何をするにも“労力”は必要だ。  今だって、家を回り修理をし、うっすら汗をかき、疲労を感じている―――だから、 何かをしている、という実感がある。  でも―――使った直後はスゴイと思ったけど、冷静になってみると……少し怖い。  未知の力だって所為もある。“先生”に今までにないほど強い力だって言われた所 為でもある。でも、何より怖いのは、何の実感もなく力を使ってしまうことだ。  “特別な力”ってのは、怖い。  ……オレは、この力で何をするんだろう。  この力が、この世界に喚ばれた原因なら、喚んだ奴はオレに何をさせたいんだろう?  ……いや、オレたちに、か。  それをしなければ―――どんなにオレたち個人の意思に反しても、元の世界には帰 れないんだろうか? 帰してくれないのか?  疑問は次から次へと浮かぶ。考えれば考えるほど―――今考えたって、答えなんか 得られないことばっかりだけど―――考え始めると、泥沼にはまったみたいに抜けら れなくなる。基本的には、考え事は苦手なオレでもこうなんだから、栢山はもっとも っとイロイロ考えてるんだろうけど。  話し合いも必要、か……今日、栢山は帰ってくるのかな? 「……ん?」  そこまで考えたとこで、服の裾を引かれた。  視線を落とすと、ミルシェの心配そうな顔があって……しまった。  別れ際、ミルシェの母親である“先生”にそっと耳打ちされたことを思い出し、内 心で自分の迂闊さに舌を打って、笑顔を作る。 「大丈夫だよ。え〜と……まだ疲れてないし、さっきの修理がうまくいったかは少し 気に掛かるけど、大丈夫」  ……フォローが成功したかは微妙だな。  我ながら、気の利かない自分の頭を呪いたくなる。こういう時くらい、パッとフォ ロー出来る言葉が出てくる程度の回転の良さがあれば良かったのに。  押し黙って、一人の思考に落ち込んでしまったのが一番の問題だけど。 「ミルシェは疲れてない?」 「平気。だから、心配しないで」  だから―――考え事してたって構わない……そう言われた気がした。 『あの子はとても聡い子だ。人の感情を敏感に読み取るから、気をつけて欲しい』  何を考えていたかは、きっとバレているんだ。  幼く見えても、ミルシェはいろんなことを見てるのかもしれない。  オレなんかよりずっと、いろんなことを知ってる。  最初からわかってたはずだ―――オレは、ミルシェに支えられて立ち上がったのだ から。一人で考え込むよりも、ミルシェに相談してみた方が答えが見つかるかもしれ ない。  認識を改めて、オレは隣りを歩く少女を見た。 「さあ、次の家を決めようか」 >>> MENU? or BACK? or NEXT?




女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理