*** 世界を救う君に
   > Aoi‐6  心配は杞憂だった。  タァタ民族の集落はディラトゥールの予想通りの場所に存在し、案ずるまでもなく、 最初に私たちの姿―――正確には、馬上でディルの後ろに引っ付いてた私の姿は見え なかっただろうけど―――を見つけたタァタ民族の一人は笑顔で手を振ってくれた。 しかも、ディルの名前を呼んで。 「……ホントに知り合いなんだ」 「疑ってたのか?」 「うっ……や、それは……」  答えに窮したけど、ディルはそれほど気にしなかったらしく、私の答えを待たずに 出迎えてくれたタァタ人の前に馬を進め、ヒラリと降り立った。すぐに、ディルの手 を借りて私も降りる。  二言三言挨拶を交わし、私たちはすぐに集落の中の家のひとつに案内された。話は とんとん拍子に進み、一晩の宿を借りられることになった……らしい。ディルが長老 だとかいう人と話してる間、私は別の場所で子供たちに囲まれていたので詳しくはわ からない。  余所者が集落を訪れるのは珍しいみたいで、子供たちから質問責めに遭い―――他 愛ない質問ばかりだったけど―――ディルの方を気にしてる余裕もなかった。それど ころか、気後れすることもなく、気づいたら子供と一緒になって笑ってる自分が、す ごく不思議だった。  明るく温かく、初対面でも親しみを感じる笑顔。タァタ民族は、皆がその笑顔を持 っていた。  おかげで、旅の疲れも忘れて、私は楽しい一夜を過ごすことが出来た。  藁の家。野性味たっぷりの食事。ゴザのようなモノを敷いただけの場所で子供たち と一緒の雑魚寝―――それでも、気持ちよく熟睡して、私たちは翌日夜明けと共に、 名残惜しくも明るく出発した。  子供たちは再会を約束したがり、私は頷いた。  それが果たされるとは限らないけど―――私の目的を考えたら、再会出来ない方が いいのかもしれないけど―――約束を交わした瞬間は、私も心から再会を望んだ。楽 しい一夜を、もう一度過ごしたいと思えた。 「イイ人たちだったね」  遠ざかる集落を首を捻って見ていたが、気持ちを振り切り前を向く。  素直な言葉が零れる。 「ああ。何度行っても、歓迎してくれる。有り難いことに」  ……ディルは自分からは何も言わなかった。でも、私は子供たちが寝静まった後に、 その母親たちが話してくれたので知ってる。  本当に有り難く思ってるのは、タァタ人の方なのだと。  数年前、初めてディルがタァタ民族の集落に訪れた時、集落内では一人の子供が高 熱で苦しんでいた。タァタ人の中に医者はおらず、所謂民間療法的に薬草を用いて治 療を試みたものの効果なし。幼い子供の体力も限界かと、為す術もなく見守るしかな くなっていた。  それを救ったのがディルだった。  もちろん、医者ではないディルが医療を行えたわけじゃない。けれど、医者を呼び に行くことは出来た。その場で、持っている限りの薬を出し、医者を呼んでくるまで の時間を稼ぐ為に最低限行えた熱冷まし―――それが、幼い子供の命を救った。高熱 のせいで食事も採れず朦朧としていた意識を少しでも回復させ、久方ぶりの食事を採 らせた。それがなければ、医者を呼ぶまでの間で子供は衰弱で命を落としていた可能 性が高い―――ディルが呼んできた医者の言葉だった。  昨夜、寝入った子供たちの一人を示して「この子がそうなの」と教えてくれた。  思い返しても、他の子と変わらず―――むしろ、一際明るく楽しそうな子だった。 それだけ、ディルに感謝してて、ディルの来訪を喜んでたってこと、かな。  ディルは恩を着せるでもなく、その時も今回のように一晩の宿を頼んだだけだった という―――ディラトゥールらしい。  以来、タァタ民族の中から病人が出たら、近くの町から医者を呼ぶようになった。 今まで医者を呼ばなかったことが私には不思議だったけど、過去一度として余所の町 との交流のなかった集落にとっては、きっかけは難しかったのかもしれない。それを、 ディルが繋いだ。 「……すごいね」 「ん? 何か言ったか?」 「あ、のさ。……旅って、良いモノだね」 「どうしたんだ、急に」  ディルの怪訝そうな声が返ってきたけど、私は笑って受け流した。  説明は難しい―――でも、心が温かい。それがすべてを示している。人と人との繋 がりが、私が知る“観光旅行”と比べてより深い。そんな気がする。  だだっ広い平野を抜け、小さな森を通り、次の目的地であるサジーナに着いたのは、 夜も更けた頃だった。通りを歩くのは、妙に盛り上がってる酔っ払いのグループばか り。馬から下りて、ぶつからないように私たちも通りを歩く。 「宿を探さないとな。予定より遅くなったが、まあどこかしら空いてるだろ」  馬を引きながら、ディルが楽観的に言う。 「空いてなかったら?」 「何、一部屋くらいどうにかなるもんだ。アオイだけなら、宿屋の主人に交渉すれば」 「ディルはどうするのよ?」 「どうにかする」 「……いつものこと?」 「ま、そういうことだ」  そう言ってディルは笑うけど、……笑い事かな〜?  この世界の知識に乏しい私には、ディルに任せることしか出来ないけど―――信用 してないわけでもないけど―――もし本当にディルだけ部屋なし、なんてことになっ たら申し訳ない。  私が眉を顰めているのを見て、ディルはまた笑う。 「オレは慣れてるから。予定より遅くなったのは、二人乗りの力配分をうまく掴めな かったせいだし。馬をもっとうまく走らせれば、夕方には着けたと思うんだがな」 「そんなこと……充分速かったよ」  むしろ、あれ以上のスピードは勘弁して頂きたい。  本音なのに、ディルは請け負わない。 「宿を一軒も見ない内から、そんな心配してたって仕方ないさ。案外、簡単に部屋が 取れるかもしれないし。ほら、早く行こう」  言って、足を速めるディルを慌てて追いかける。 「楽観的」 「おう、リウリにもよく言われる」  何故か、誇らしげに見えるのは気のせいだろうか。 「褒めてないと思うよ」  一応、ボソリと言ってみる。  けれど、ディルは軽く首を捻って「そうかな?」と呟く。 「あんまり考えすぎてもいいことないよ」 「……考えなさすぎなのもどうかと思うけど。そりゃ、ディルがまったく何も考えて ない、とは思わないけどさ」  思わず、“まったく何も”に力が入った。  ディルはちゃんと考えてると思う。これは本当だ。でも、楽観的で……もしかして。 「考えてない、フリだったり?」  ふと思いついたことを口にしたが、すぐに「まさか、ね」と打ち消した。 「それこそ、考えすぎって……ディル?」  気付けば、ディルの足が止まり、表情はどこか唖然としていた。が、次の瞬間、行 き過ぎた私との距離をさっと詰めて、まじまじと私の顔を見つめてきた。 「な、何?」 「……アオイって、何者?」 「はあ?」  わけがわからない。  何者も何も……確かにこちらの世界では、どことも知れない世界から来た異世界人 かもしれないけど、元居た世界に戻れば、単なる女子高生だ。十把一絡げで片付けら れてしまうような、特別な特技もない……どこにでもいる子供。  反射的にそんなことを考えたが、ディルは真剣に「参った」と呟く。 「オレの負けだ」 「……なんでいきなり、負け?」 「おっかしいなぁ、いや、バレたとしてもしらばっくれる気でいたのに。なんか、勝 負は決してるって感じだな」 「だから、わかんないってば」  一人で一方的に納得して、敗北宣言されても。  今の話のどこがどう完敗に繋がるのかがわからない。 「ディル?」 「……いや、違うか。ごめん」 「…………」  もう返す言葉もない。  敗北宣言の後に、謝罪って、何?  私の困惑を見て取って、ディルもまた困ったように笑った。 「あ〜……アオイって、すごいな」 「だから、何が!?」 「う〜ん……説明は難しい。ただ、リウリ以上に、オレはアオイに勝てないと思う」 「あのね。いつどんな勝負をしてるっての?」 「人間的に」  ……一から、キッチリ説明してほしい。  ガックリと肩を落とすと、ディルは苦笑しながら、歩みを再開する。  私もゆっくりと並んで歩き、ため息と共に訊き直す。 「人間的に、私はディルどころか、リウリにも勝ってるって?」 「そう」 「まさか。私、リウリみたいに人間できてないよ」  短い時間だったけど、心からそう思う。  あんなにしっかりしてて、親の仕事の手伝いも楽しそうに……でもって、世話の焼 けそうな幼馴染も軽くあしらって。私には、出来そうにない。  それに、ディルだって……なんだかんだ言って、大人だし。 「そもそも、私が一番年下なのに」 「年齢は関係ないさ。ただ……オレとリウリは、……堂々巡りを繰り返してるから」 「堂々巡り?」  話がやっぱり抽象的だ。  ディルはそこまで言って、黙ってしまったので、仕方なく考える。  二人で堂々巡り……同じことを一緒に? 二人のやり取りを思い返してみる。が、 特に引っかかることはないような。 「あ、二人の関係? 幼馴染としての距離が近すぎて、恋人にはなかなか……とか。 ああ、ディルが告白しても、リウリが受けてくれない、とか」 「…………」 「違った? ってか、勝手なこと言いすぎだよね。ごめんね。そうだよね、あれだけ アプローチしてるんだから、告白云々なんか今更……」  慌ててまくしたてたけど、ディルの様子に語尾が消える。  ディルは、どこか寂しそうに微笑み、首を振った。 「リウリとは、ただの幼馴染だよ」 「え……」 「恋愛感情は、持ち込まない」 「でも」 「本当は堂々巡りでもないんだ。結論はひとつだから。他に道はない。一本道なのに、 堂々巡りも何もないだろ」  自嘲気味に笑って、目に付いた宿を指差す。 「とりあえず、部屋が空いてるか訊いてくるから、ここで待ってて」 「……うん」  馬の手綱を受け取って、私はディルの背中を見送った。  そして、ディルの言葉の意味を考える。  ただの幼馴染。恋愛感情は持ち込まない。ひとつしかない道は―――限りなく近づ いた平行線なのだろうか。  ……どうして?  ディルはもちろん、リウリだって憎からず思ってることは確かだ。あれが恋愛感情 じゃないとしても、そんな“恋人になるのは絶対に有り得ない”みたいな言い方…… それこそ、有り得ない。  知り合ってから数日で、心の内のすべてを見せろなんて言えないけど―――こんな に世話になってて、その相手が弱気を見せてる。今が恩を返す絶好のチャンスなんじ ゃなくて? ……そりゃ、無理矢理心に踏み込むなんてしたくないけど……ディルの あの寂しそうな笑顔が気に掛かる。  あれだけ「リウリリウリ」言ってるディラトゥールなんだもの。恋愛感情がないは ずがない。本当にないなら、あんな表情をするわけがない。  ……王都に着くまでに……ううん、私が元の世界に帰るまでに、私に出来ることを 見つけなきゃ。余計なお世話かもしれないけど、放ってはおけない。何しろ、リウリ もディルも、私の命の恩人なんだから。  ぐっと拳を固めて決意した、その時。 「あっ!」  どん、と軽い衝撃が背中にぶつかった。転ぶ程でもない。一歩よろめいただけで振 り返ると、女の子の今にも泣き出しそうな顔が目に入った。 「ご、ごめんなさい! ちょっと、余所見をしてしまって、あの……本当にごめんな さい!」 「ううん、そんな、軽くぶつかっただけだから。えと、あなたこそ大丈夫?」  よく見れば、街灯に照らされたその顔は、ひどく青ざめて見えた。さっと周りを見 回して、連れらしき人はいない……こんな時間に女の子が一人歩き? 年は私と同じ か少し下、ってところかな。不安そうに胸の前で両手を組んでいる。  と、その手の甲に血が滲んでいた。 「ケガしてるの?」 「え、あ、これは……」  慌てて隠そうとする腕を咄嗟に捕まえて、自然と言葉が口から吐いて出た。 「ね、手当てしなきゃ。連れが今、部屋を探してそこの宿屋にいるの。そこで、ちょ っとだけ、ね」  少女は躊躇ったが、私は半ば強引に宿の中へと連れ込んでしまった。 >>> MENU? or BACK? or NEXT?




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