+++ プラマイゼロの法則 +++

『ごめんな』  その一言が、十年近く経った今でも耳に残る。  遠ざかる背中を見送りながら、動けなかったあの日。  頬を伝った一筋の涙だけが、哀しみを現していた。  何度思い返しても、もう涙がこぼれることはないけれど、耳に残るその言葉が時に無性に 胸を突く。それは哀しみと言うより、もっと深い別の感情……言葉として形にならなくても、 確かに主張される存在。  自分の意思とは無関係に、ただ深く、胸の奥にわだかまる。  幼き日の記憶も薄れ、その顔さえ曖昧になってきているというのに。  声だけはいつまでも鮮明に記憶に残り、それだけが、彼の支えとなる。  あの言葉の裏に隠された、告げたくても告げられなかったのであろう真意。  それを知りたくて、彼は求め続ける。  そうして、踏み込んだ道―――それが間違っていたとしても、戻る術はない。  他の方法は見出せず、ただ示された道を突き進むしかなかった。  たとえ、自分の心を偽らなければならないとしても。  いつしか、真の目的を見失いかけていたとしても。  道を戻ることも、別の道を選ぶことも、もはや出来なくなっていた。  ―――出来ないと、思い込んでいた。    =1=  ―――身軽に音もなく着地して、そっと息を吐いた。  左右に伸びる道に人の気配がないことを確認してから、乗り越えてきた塀を振り仰ぐ。  まずは第一段階、無事終了。  時間も侵入経路も指示通りとはいえ、正式な仕事はこれが初。感情を押し殺す生活が当た り前で、平常心を塗り固めた鎧をまとっていても、多少の緊張は生まれる。  むしろ、その緊張こそ必要と言えるのだが。  油断して気を緩めれば、自ら危険を呼び込むことになる。  何度も繰り返したシミュレーションを振り返り、これから取るべき行動を思い描く。  セキュリティを切るために動いているもう一人との連携。それを崩してはならない。支給 された腕時計を見やり、時間を計る。行動の誤差は長くて十秒、との指示。それ以上遅れれ ば―――早かったとしても―――まず命がないと思え、と。  外壁のセキュリティを切ったら、次は目指すモノのある建物のロックを外す。その作業が 出来るのは、敷地内南西にある管制塔。唯一の仲間と言えるヤツが、今そこにいる。その方 向を見やると、自然と気が引き締まった。こっちのミスは、あっちの破滅。逆もまた然り。  信頼とは多少違うが、相手の実力はわかっている。  全面的に信用しているとは言えなくても、仕事は完璧にこなせるヤツだと思う。  三年間、会話と言えるほどのやり取りをしたのは数えるほどだが、訓練の際、相手はいつ だってカイトの上を行っていた。実力差は明確。今回、危険度から言ったら、確実に相手の 方が上なのは、その訓練の結果によるのだろう。指示を得る時に、そこまでは言われなかっ たが―――元より口数の少ない教官だったからか―――それは疑いようがない。それぞれの 実力を見極められた上での仕事の分配。  一緒に組んでるヤツへの印象はどうあれ、自分のミスで相手まで危険に晒したくはない。  もう一度だけ深呼吸をし、カイトは静かに、迅速に目的の建物へ向かって走り出した。  狙いは、一枚のフロッピーディスク。  中身は『秘宝会』の名簿。  その会がどんなものか、カイトは知らされていない。知る必要はない、ということだ。  カイトにとっては、そんなことどうでもいい話だが。  決行は月のない晩が選ばれた。一定の間隔でサーチライトが建物を舐めていくが、セキュ リティ面で言えばそれはさほど注意する必要はない。警戒するに越したことはないが、多少 ライトに照らされても即危険に結びつくわけではない。  外壁に設置された警報装置を第一に考えてるらしく、内部の管理は比較的甘い。  とはいえ、外壁に仕組まれたセキュリティシステムの程度を見れば、警戒の強さは一目瞭 然でもある。とある会社の社員の宿舎を含めた工場の敷地としては不自然なほどに。  渡された最低限の資料によると、不景気に次ぐ不景気の流れで限りなく狭くなった財界に、 殴り込みをかける勢いで近年急成長している薬品関係の会社である。その実態が、神経質な までに極秘裏に隠されているあたり、ただの薬品会社とも思えないのだが―――しかし、昨 今の財界を見回せば、どこもかしこも裏のない人物が仕切れるはずもない。  それでも、情報量は限りなく少ないと言える。  怪しさは随一。危険度も当然、比例して上がる。  だが、カイトの雇い主は、まだまだ小物と見ているらしい。その辺りの事情まで、カイト は知りたいとは思わなかった。ただ命じられるままに、仕事をこなせばいいだけの話。  たとえ、死と隣り合わせになるとわかっていても。  記憶に刻み込んである地図をトレースし、迷いなく路地を走り抜ける。  タイミングを間違えれば、見回りの警備員だか用心棒だかに見つかる可能性も注意を受け ていたが、とりあえず誰かに出くわすどころか、気配を感じる間もなく目的の建物に着いた。 (ここ、か)  表玄関の横に掛かった『管理棟』のプレートを確認して、時計を見る。  計画とのズレはない。  もう一度周囲に目を配ってから、ガラス扉を押す。管制塔側の仕事の成功が知れた。  身を滑り込ませ、伸びた廊下に目を凝らしたが、当然ヒトの気配はない。ただ暗闇が伸び ているだけ。この時間、この建物内にヒトがいるはずはない。  わかっていても、知らず息を潜めて、カイトは足を進めた。足音は立てず、固い床を蹴り、 すぐに行き着いた階段を上がる。  フロッピーディスクがあるのは、四階の一番奥。  息を切らせることなく駆け上がり、そっと四階の廊下を覗う。 (……よし)  計画通りとはいえ、部屋に近づくにつれ、緊張が高まる。  自分で思ってる以上に、初仕事のプレッシャーは大きいらしい。  気持ちを落ち着かせるためにも、必要以上に注意を払う。ミスはない。なのに、心のどこ かで警報が鳴ってる気がするのは何故なのか―――不安がよぎったが、部屋の前に行き着い て、そっと吐き出した息と共に振り払う。不安に思う理由などどこにもない。  部屋のカギもまた解除されているはず。  あとは、指示通り奥の金庫に入ってると言うフロッピーディスクを取り出すだけ。金庫の ロック解除はカイトの役目だが、難しい型ではない。それこそ肝心なため、何度も繰り返し シミュレーションもした。何度思い返しても、失敗する要素など見当たらない。  カイトは意を決して、部屋に踏み込んだ……が。 「……え?」  何が起きたのかわからなかった。  部屋は真っ暗。闇に慣れた目で、かろうじて部屋の様子は見えたが、それを認識するより 先に胸元に触れた感触―――胸倉を掴まれたのだと理解すると同時に、一瞬の浮遊感。そし て、息が詰まる。 「ぐっ!?」  後から来た背中の痛み。  つまり、投げられたのだと悟る。  その事実に、さっと血の気が引き、一瞬の理解など霧散した。  相手の手は胸元に押さえつけられたままである。逃れられないほど力強くはないが、カイ ト自身のパニックが大きい。計画も訓練も、何もかも知識など吹き飛んでいた。ただただ、 目の前の黒い影に射竦められたかのように硬直してしまう。  時間にすれば、ほんの数秒。  その時間の感覚さえ狂った中、カイトは死を覚悟した。  しかし。 「……弱っ」  相手の呆れた呟きに、耳を疑う。 (今の、声……って)  ますます混乱するカイトを余所に、相手は押さえつけていた胸元を解放した。そのまま離 れ、今カイトが入ってきたドアの方向―――投げ飛ばされたカイトの感覚からはわからなか ったが―――へと歩き去る。  そして、カチッと小さな音と共に、部屋の明かりが点けられる。 「…………」 「君さ、いくらなんでも弱すぎ」  ドアを閉めながら、たった今カイトを投げ飛ばした張本人は、ため息混じりに言った。 「ここの関係者、ってわけじゃないよね? あのさ、忍び込むなら忍び込むで、もっとスキ ル積んでからの方がいいよ、こういうデカイところは。今回は運が良かっただけだよ?」  唖然として座り込んだまま、カイトはぺらぺらとまくしたてる相手を見上げる。  何かを言おうと口を中途半端に開くが、何が言いたいのか自分でもわからない。  目の前にいるのは、最初の呟き―――その声のトーンから予想した通りの外見。しかし、 そんな予想が当たったことに意味はない。むしろ、外れた方が良かった、と頭の奥で思う。  状況からすれば、現実は現実として受け入れて、対処方法をこそ考えるべきなのだが。 「まぁ、ココまで入ってこられたことに関しては評価に値するけど。目的を達成して、無事 に脱出するまでの一連の技術がなけりゃ……って、ちょっと大丈夫?」  さすがに何の反応も示さないカイトに、相手は講釈を打ち切って、ずいと顔を覗き込む。 「っ……あ、何者だよ、お前」  顔を近づけられた分、思いきり体を引きながら、ようやく口から出たのは情けないほどに 上擦った声。しかも冷静であったなら、絶対に言わないであろう考えなしの常套句。  そんなことも判断できない状態が相手に伝わらないわけもなく、腰を折ってカイトの視線 の高さに合わせたままだった相手―――どこから見ても、カイトよりもさらにふたつみっつ は年下に見える小柄な“彼女”は、眉間にシワを寄せてうな垂れた。 「う〜ん、ちぐはぐ」 「……は?」  カイトからすれば、彼女の言動こそ“ちぐはぐ”に見えるが。  言葉の意味を捉えかねて、考えるより先に訊き返してしまった。 「だからね。こんなとこまで入ってこられるだけのスキルがある割に、予定外の事象への対 応……というより、反応が素人丸出し。ちょっと投げ飛ばされたくらいで茫然自失なんて、 よく今まで生きてこられたわね」 「今までって、正式なのは今日が初仕事……じゃなくてっ! 俺だってな、投げ飛ばされた だけなら、もっと早くに立ち直ってるよ!」  つまり、自分より年下の女の子に投げ飛ばされるなどという予想外にもほどがある現実さ えなければ―――言い訳にしても、情けない話だが。  それでも真っ白に飛んだ頭の中身を取り戻し、出来る限りの強気を見せた。  が、彼女はしゃがみ込んで、不審を顕わに訊く。 「ホントに?」 「うっ……あ、当たり前だろ」 「ふ〜ん、いいけどね、別に。で? 君は何しにこんなとこに侵入してきたわけ?」 「関係ないだろ」  ムキになることじゃない。  自分に言い聞かせて、呼吸ひとつで冷えた頭も取り戻す。  どう見てもこの会社の関係者に見えない―――無断侵入はお互い様と思える少女は意識か ら外し、時間を確認する。だいぶ無駄な時間を食ったが、まだ計画破綻は免れる。  ざっと部屋を見回して、窓に下りたシャッターを一瞥してから、金庫に近づいた。  壁に埋め込まれた金庫の扉の表面をなで、しゃがみ込む。取っ手の下に並んだ数字のボタ ン。キーナンバーを入力しなければいけないが、当然そこまでの情報はない。カイトは胸ポ ケットから、手のひらサイズの携帯型パソコンを取り出し、手馴れた様子で伸ばした配線を 繋いでいった。 「へぇ〜、初仕事の割に、そういうのは慣れてるんだ」  いつのまに背後に回ったのか、少女はカイトの手元を覗き込んで感心する。 「やっぱり、ちぐはぐ」 「うるせえよ。お前はお前で、やることやってろ」  彼女だって、ここに忍び込んだからには目的があるのだろう。  緊張感の欠片もない様子だが、理由もなく侵入するような場所ではない。  おそらく、カイトと同様に何かを盗み取るために。 「! まさか、お前も秘宝会の名簿を……」 「ああ、君の狙いはあの名簿なんだ?」  思いついて、そのまま言ってしまったが、今のは間違いなく失言。  カイトは顔を引きつらせて固まった。  それでも、少女は気にした様子もなく、続いて衝撃の一言を告げる。 「で、ココにいるってことは、偽情報を鵜呑みにしたのね」 「……は? ニセ……いいかげんなこと言うな!」  思わず怒鳴りつけたけれど、少女は軽く肩をすくめるだけだった。 「信じる信じないは君の勝手だけどさ。私がそんな嘘ついて、何の得があると思うわけ?」 「そ、れは……お前も同じモノを狙ってるとか」 「だったら、狙いが同じとわかった時点で、また不意をつくなりして君を気絶でもさせちゃ った方が手っ取り早いでしょ。なんでわざわざ嘘つくのよ」 「この状態で、不意なんか付かれるわけないだろ」 「そう? まぁそうね。不意なんか付く必要もないか、君くらいの相手なら」 「なっ……この体格差で、俺に勝てるって?」  一度は無様に投げ飛ばされたとはいえ、いくらなんでも二十センチ近くは身長差のある相 手―――しかも女の子に負けるはずがない。さっきのは少なからず油断があったに違いない。 「でもさ、さっきも言ったけど、今回は君の運が良かっただけの話でしょ。普通なら、どん な油断があったにしろ、こんな場所であんな簡単に投げ飛ばされたら、とっくに命はないよ」 「それはそうだけど。今話してるのはそうじゃないだろ!?」 「だから、そういう状況にも関わらず、あっさり投げ飛ばされちゃうような素人に負けるほ ど甘くないっての」  自信たっぷりに言い切って、胸を張る。 「ふっざけんな! 誰が負けるか、お前みたいなガキに!」 「失礼ね。そうやって見た目で判断するから、素人だってのよ」  一瞬の睨み合い。  けれど、少女はため息ひとつで打ち切って訊く。 「時間、気にしてたみたいだけど、大丈夫なわけ?」 「あっ!」  慌てて時計を見る。 「う、あと三分」  ひとつの過程がズレれば、成功はない。  あと三分以内に金庫のロックを解除し、フロッピーディスクを手に入れ、またロックする。 そうしなければ三分後に戻されるセキュリティシステムに引っかかる。  シミュレーションでは、ロック解除だけで三分弱―――しかし、やるしかない。  小さく舌を打ち、携帯型パソコンに向き直る。 (焦るな。余計な時間は……)  が、キー操作に走らせようとした指は空振った。 「え?」 「ま〜ったく、ここにはないって言ってんのに」  心底呆れている少女の手の中に、カイトの携帯型パソコン。 「何っ、お前!?」 「黙ってて。開けてみれば、私の話が嘘じゃないってわかるわけでしょ」 「そうじゃなくて時間が……」  言いかけて、言葉の後半は飲み込んだ。  目を疑ったのは、これで何度目だろうか―――咄嗟に浮かんだのは、そんな疑問。  少女は、持ち主であるカイト以上に慣れた手つきで、キーの上に指を滑らせる。かろうじ て目で追うと、それは記憶にあるシミュレーション通りのリプレイで、しかも早送り。  瞬く間に、操作は完了していた。 「…………」 「よし。ほら、中見て。目当てのモノがある?」  言われるままに見た目よりも広くない金庫内に目を走らせた。  しかし。 「……ない」  金庫の中には何も―――紙切れ一枚とて、なかった。 「ま、何も入ってないとは思わなかったけど」  などとブツブツ言いながら、少女は開けた時以上の速さで、金庫を閉める。  ジャスト三分。  そのまま配線もすべて外し、携帯型パソコンをカイトの手に返した。 「わかった? 秘宝会の名簿がココにあるって情報はダミーなの。狙ってる人間は、たぶん 君が思ってる以上に多いだろうしね。社長さんの用心深さも相当なもんだから。その辺は用 意周到というか、網張って引っかかるヤツを待ってんのよ。だから、私がここに居合わせて 良かったでしょ?」 「…………」  頭が混乱する。  あの雇い主が金にモノを言わせて手に入れた情報に、誤りなどあるものだろうか―――常 に情報の正確さを重要とし、集めた情報の正確さでもって、その地位を築き上げてきたとも 言えるのに。  ぐるぐると空回りする思考に翻弄される。  そんな状態で、マトモな結論が出るはずもないが、それを判断する余裕さえ欠片も存在し ない。傍から見てもカイトの内面を想像するのは容易だった。  放っておけば、一晩中フリーズしたままかもしれない。 「……ったく」  少女は呆れ果てて眺めていたが、自分の腕にはめた時計―――にしては大きく、細かいボ タンの並んだ様はカイトの携帯型パソコンに近いモノだったが―――を見やって、考える。  彼女には彼女の都合がある。  この先の計画をおさらいし、今、取るべき行動は。 「ま、なんとかなる……かな」  ため息と共に結論を出し、少女は床に放り出してあったリュックを持ち上げる。  今回の計画で彼女が持ち込んだのは、これひとつ。ポケットを探って、いくつかの小さな 筒やらケースを取り出すと、すべて上着のポケットに移し替えた。そうかさばるモノではな く、これからの行動に支障はないことを確認する。リュックの中に残ったのは、少女がこの 部屋に忍び込んだ理由だけ。  片手に下げて持ち歩くには重い―――その重さを改めて確認してから、少女は何も告げず、 おもむろに金庫の前に座り込んだままのカイトの横に立ち、持ち上げた荷物の手を離した。 「っ!?」  頭頂部直撃。  鈍い音が上がり、荷物は床に落ちる。その音は、中身の硬さを示していた。 「……っ〜〜〜〜」  言葉もなく頭を押さえて体を折るカイトを、少女は黙って見下ろした。  やがて。 「何すんだよ、いきなりっ!?」  茫然としていたカイトにとっては、唐突すぎる痛みで―――降ってきた災難は、相当痛か ったらしい。その目には涙さえ滲んでいた。  けれど、少女は悪びれもせず言った。 「私はプラス。この部屋に入り込んだのは、そのリュックに入ってる本を頂くため。OK?」 「……はぁ?」 「遊んでる暇はないの。選択肢はふたつ。私と一緒に行く? 行かない?」  話が唐突すぎる。  少女の顔と床に落ちたリュックを見比べて、戸惑いと共に右手の平を突き出した。 「ちょっ、ちょっと待て。一緒に行く? 俺が、お前と?」  何の話だ、と説明を求めたが、少女―――プラスは、先に目の前に突き出された手を握っ て、一気にカイトの体を引っ張り起こす。 「行くの? 行かないの?」  立ち上がったカイトの目をまっすぐ見上げて、再度訊いた。 「だから、なんでそういう話になるんだよ!」 「説明するのは面倒臭いんだけどなぁ。時間もないし」  ぼやいたが、カイトは頭の痛みも忘れて睨みつけている。  説明なしには質問の答えも得られそうにない。 「え〜と、だからね。君、さっき仕事で忍び込んだって言ったでしょ。しかも、素人。情報 は渡されたモノそのままっぽい……自分で調べたわけじゃないよね?」  プラスの視線を受け、カイトは不承不承頷く。 「で、その情報は間違ってた。この場合、可能性はふたつ。元々、君の雇用主が偽情報を掴 まされるようなマヌケだったか、あるいは、君を偽情報を元に動かすことが必要だったか。 後者はいわゆる捨て駒ってヤツね。今ごろ本命がブツを手に入れてるかもしれない」 「…………」 「ま、それがどっちだろうと関係ないけど。前者だったら、君が持ってる逃げ道の情報も間 違ってる可能性が多々あるし、後者の場合も同様の上、戻ったところで君の居場所はない」  違う? と訊かれ、カイトは返答に詰まった。  後者の“居場所がない”云々までは考えつかなかった。  どう考えても、あの雇用主なら後者であり、捨て駒にする気なら、たとえ今回うまく脱出 して戻ったとしても、今後のカイトの扱いは目に見えている。きっと次も同じコトが繰り返 される―――最初から、カイトの命を犠牲にすることを前提とした計画の実行。  ならば、カイトはもはや雇用主の元に帰る意味がない。  命を軽んじられることがわかっていながら帰るほど、カイトはお人好しではないし、執着 などは元より欠片もない。カイトが連中に従うのは、ただ父親が結んだ契約を代わって引き 受けただけなのだから。  そうすることで、父親の真意が少しでもわかるかと思って。 「だからさ、君が一緒に行きたいかなぁ、と」  直前の少女の見解が真っ当であったため、雇用主の真意へと思考を飛ばしていたカイトは、 危うく納得しかけた。が、今の説明では『だから』とは続かない。  すぐに思い当たって、カイはまたプラスを睨みつけた。 「省略するなよ」 「ちっ、バレたか。でも、今のでも充分だと思うんだけど。君は逃げ道の情報に不安がある だろうから、私と一緒に行った方が得、とか思わない?」 「得体の知れないヤツと行動を共にする気はない」 「だから名乗ったのに」 「本気で言ってんのか?」  自称イイ奴なんて信じていたら、この時代、生きてはいけない。  騙すか騙されるか―――どちら側に立つことも有り得るから、その真偽を見極める目が大 切。今のプラスの様子からそれを探るのは難しかったが、カイトは彼女の表情や挙動のひと つひとつに目を配った。  一体どういうつもりなのか。  初対面でこの誘い方は、不審以外の何物でもない。  カイトの警戒を承知の上で、それでもプラスはあっさり首を振る。 「イーエ。でも、ここは信じてもらうしかないし」  ―――本気ではない、と。 「ふん。俺みたいな素人連れていこうなんて無謀な考えのヤツを信用できるか」 「そーいうことを自分で言っちゃうわけだ。いいね。私、そういうの好きよ」  ますます気に入った、などと微笑んでみせる。  カイトには、ますます不可解だが。 「脱出するなら一人で勝手に行けよ。とにかく、俺は……っ」  言いかけた言葉を遮って、プラスは唇に笑みを乗せたまま言った。 「じゃあ、質問を変えるわ。君は、生きたい? 死にたい?」  まるで悪戯を思いついた子供のように。  一見、不真面目にも見える笑顔で。  プラスは、最後の選択を迫った。  そして。  カイトの答えを得たプラスは、時間の無さを理由に、即座に行動に移る。  この部屋唯一の机の上に揃ったデスクトップパソコン他一式。  躊躇いなく手をかけて、派手に突き落とす。  ただそれだけの一連の作業は、当然何が難しいわけではないけれど。  パソコンが床に落ちる音以上に、高らかに響いた警報が、事態の深刻さを告げた。  何度目かのフリーズも許さないほど、強力に脳に直接響くやかましい警報が。 >>> BACK? or NEXT?

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