[リロード]
BGM:The Way We Were



 マンション地下の客用駐車スペースに車を入れ、
勝手知ったる他人の何とやら、の風情で薄暗い駐車場
切れかけた蛍光灯の下を難無く通過してリフトに辿り着き、
眼を瞑ってても押せる居住階を指示してしまうと、緒方は
到着までの数秒を瞑目する…。
 なんだかそれがこの頃ここに来た時の癖なのだ。

 来るまでの高揚した感情を少し冷ましたいのかもしれない。
部屋に入った途端にしがみついたりはしたくない。
それはつまらない抵抗に過ぎないのかもしれないが…。
扉を開けた途端にむしゃぶりつかれたり、
眼を会わせた一瞬後に組敷かれるのは、
実はそんなにキライじゃない。でも、
自分からせがむのは御免蒙りたい。
 それはただはじめの内の強がりでしかないとしても…。

 いやに音を立てて上昇する函の底、長い息を吐く緒方の頬が
紅潮しているのは酒のせいばかりだったか…。


 扉の鍵は開いていた。

「無用心なヤツめ」

 咎めるように言う緒方に白川は微笑んだ。

「この時間、キミ以外誰が来るのさ?」
「…嘘吐き」

 顎をしゃくって緒方が見下すように睨んだ。

「オレじゃなくたって上げるんだろうオマエは」
「来ればね…礼儀として」
「いけしゃぁしゃぁと…」
「でも誰も来ないよ」

 次から次へとスラスラとよくも言うもんだ…。

「来ないかどうか見張ってやる」
「どうぞ」

 白川は楽しそうに笑って緒方に椅子を勧める。

「とりあえず作り置きコレしかないけど…飲む?」

 食卓の重箱を開くと、誰の為だかお節が美しく詰め込まれてて。
緒方の前に取皿と箸を置きながら白川は尋ねてきた。
 きっと例年の蔵元直送が冷えているのだろう。

「燗がいいな」
「そうだね」

 酒の燗をしながら手早く肴を二つ三つ仕立てて卓に並べていく。
 ふと、食卓の前にふんぞりかえったままぼーっと
その姿を眺めている緒方に気付いて、
振返った白川は少し嚇らんでたしなめるように言った。

「待たなくていいよ、お腹空いたろ?」
「…いい」
「ヘンなヤツ…!」

 …いいんだ。
 こうして眺めてた方がなんだかすごいご馳走を食べてる気分だから。

 ぼんやり緒方はそんな事を考えてる。やっぱり少し酔ってるみたいだ…。

「まだなのか」
「もう少し」

 きっとわざとゆっくりしてる、と緒方は思う。

「まだ…」
「ま…熱ちッ…」

 声を掛けられて手許を狂わせたか白川が指を耳にやった。

 …火傷したのか?

 その光景を見つめながら緒方はやっぱり座りこんだままぼんやりと、
白川の火傷した指を想像している。
 ほの赤く火脹れした白川の柔かい指…。

「なに口開いてるの」

 声に気付いて顔を上げると銚子を差出しながら白川が怪訝そうに
小首を傾げている。
 眠っていたのか?
 緒方は盃を手に取ると白川の酌を享けた。

「新年明けましておめでとう」
「ん…あぁ、おめでと…」
「眠い?」
「いや…」
「今年もよろしくお願します」
「こちらこそ」

 盃をあおるとフッと芳香が咽喉を滑った。じわ…と口中に広がる滋味。
少し骨太な仕上りの大吟醸である。
燗の具合が良くて、馥郁と香気が鼻中から脳天に抜けていく感じがする。

「手酌でいく」
「どうぞ」

 折角作った肴にもろくに手を着けずに盃を進めていく緒方に、
少しは文句を言った方が言いのかなぁ…と思いつつ、ついつい
嬉しそうに見入ってしまう白川。

 …イケナイな…

 正月早々反省である。

 まぁでもいいか、お正月だし。

 何がいいのか謎だが、いい加減深夜で白川の思考も酔いかけていたかもしれない。



[〜つづく〜]
[本宅B1]


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