*** 世界を救う君に
   > Naoya‐2 「だあぁ〜っ、少し休憩!」  手近な木の根元に荷物を放り出して、倒れ込む。  一晩中かけて歩き回ったのに、森の出口に辿り付けやしない。景色は変わらず、草 木しか目に入らない。方向を見失わないように水を飲んだ小川沿いに下ってみたけど、 どこまでも木が続くだけ。  人間どころか、あの耳の長い動物を見たきり、時折頭上を羽音が通り過ぎていく以 外に生き物の気配もない。羽音に空を見上げても、目で捕らえられたのは尾の先だけ だし。こっちに危害を加えるような『モンスター』に出会わないのは何よりだけど、 不安は消えやしない。  夜になっても寝るに寝れなくて、木の根元でちょっとウトウトしただけ。  野生動物ってのは夜行性が多いって聞いた覚えもある。確かじゃないけど、考えれ ば考えるほど、闇に光る獣の目ってのが容易に浮かんできて、不安を増長させた。  そんな状況で呑気に寝てられるほどの度胸はない―――ってより、そんなことが出 来るヤツは危機感のないただのバカなんじゃ……とか思う。  木の根元で投げ出した両手足の力を抜くと、すっと意識に膜が掛かる。 「ネムイ……」  頭の中で“寝てしまえ!”って声と“寝るな!”って声がせめぎ合いを始める。  歩き疲れて寝転がるたびに、これの繰り返し。それを囃し立てるみたいに腹も鳴る し―――バッグに入ってたスナック菓子は、昨夜と今朝で一袋ずつ空けてしまった。  これでも、育ち盛りのオレにしては我慢してると思うんだけど―――騒ぎ出した腹 の虫を止める方法なんて、何か食べる以外にない。つまり、手元に食べ物のない今の 状況では我慢せざるを得ないってのが事実だけどさ。  小川を覗いても、泳いでるのはめだかよりは多少大きいとはいえ、食べでのなさそ うな小さな魚だけだし―――めだかを連想すると尚更食べる気にもなれない―――並 んだ木を見上げても、実をつけてるのは見当たらない。一晩中歩いてもそんな木に当 たらないってことは、この森にはそんな木はないのかもしれない。  でも木の実を食う鳥ってのはよく…………いるのは、オレの本来いた世界で、こっ ちの世界でも同じとは限らないってか?  となると、キャンプなんかで食料を現地調達することも出来るって話も当然、通用 しないんだろうな……オレの食事ぃ〜……腹減ったよぉ〜……と、地面に縋り付いて 泣きたくもなる。  ……なんてことをやってても、事態は変わらないんだけどさ。  ため息を吐きつつも体を起こして、バッグを探る。  取り出した腕時計は、やっぱり五時半を示して止まったままだった。授業中、机に 当たって邪魔だから、腕にはしないでいつもバッグに放り込んだままだったんだけど ……そのせいで壊れたかな。バッグの扱いもけっこう雑だし。  だけど、この世界では動かない……ということも考えられる。  なんかの磁場とか? よくわかんないけど。  空を見上げてみれば、太陽はわずかに傾いている。さっき見た時はほぼ真上にあっ た……今日の日暮れまでにこの森を抜けられるだろうか?  いや、森から出られなくても、せめてこの状況がわかるような―――欠片でも説明 されるような何かが…………って、余計に無理か。  こんなどことも知れない異世界の地で野垂れ死になんて、原始的に太陽の位置で時 間を計らなきゃならないような場所で、得体の知れない生物のいる森で……野垂れ死 んだりしたら、オレはそいつらのエサになるのか?  思い至って、それだけは嫌だと思う。思うけど……今の状況からしたら、確率の高 い話だ。シャレにならないほどに。 「……行くか」  嫌なら歩く。  この小川の川下に何があるかはわからないけど、ここで何もしないまま『モンスタ ー』のエサなんていう人生の結末だけは迎えたくない。それ以前に、高校生活まだ半 分も過ごしてないオレが、人生諦めるには早すぎるだろ。  ふらふらと立ち上がって、オレはまた歩き出すことにした。  この先に何があろうと、野垂れ死によりはきっとマシだと信じて。  ……日が暮れる。  少し肌寒くて、オレはバッグの中に突っ込んでおいたブレザーを羽織ることにする。 昨日もそうだったけど、昼間は平気でも夜にワイシャツ一枚だとちょっと寒い。  で、結局、今日一日で人生の厳しさってヤツを学んだだけか、オレは!?  うんざりして、ピークを過ぎたせいかすっかり虫が落ち着いてしまった腹に手を当 てる。さっきまでは鬱陶しかった腹の虫も、ずっと騒がしかっただけに止まってしま うと物足りない気もしてくる―――なんて思ってしまうのは、何かヤバイ領域に片足 突っ込んじゃったってことなんじゃ……  何度休憩取っても、足の疲れは取れない。棒のようになった足を、欠片ほど残って る気力で動かして、その間に頭では意味のない思考が空回り。  どことも知れない世界。何が潜んでいるかわからない森。空腹も疲労もピークで、 不安ばかりが膨らむ。こんな状態で、もう一晩―――いや、一晩なんて保証はどこに もない。二晩三晩……いつまで続くかわからない森の彷徨。  やがて、動けなくなって…………自分の想像に、オレは慌てて頭を振った。不吉な 予感は振り払って、進んでいる先を睨みすえる。  弱気になってどうする。弱気になったら負けだろ―――誰に何にかはわかんないけ ど―――今は信じるしかないんだ。無限に広がる森なんてあるわけないんだし。そう さ。いくらファンタジーな世界だからって、常識や限界ってのはあるはずだ。絶対あ る。あるったらある!  ハッタリだろうと自己暗示だろうと関係ない。  歩き続けるためには強気でいないと……歩き続けてればきっと…… 「……ん?」  薄暗くなってきた先に目を凝らし、視界に入ったソレに近づいていく。高さはオレ の身長より少し高め、横幅は三人分はありそうな黒い影―――大きな岩だった。  小川の流れを堰き止めるように鎮座し、その横に並んでそれよりは小さい岩も列を 作っている。  岩に手を当てて小川を覗き込むと、どうやら小川を流れる水は岩の下から地面へと 潜り込んでるらしい。岩の向こう側に流れてるんだろうか?  別に小川がどこに続いてるのか知りたいわけでもないから、ここで左右どちらかに 方向を変えてもいいんだけど、オレはほんの好奇心から岩に手足を掛けた。疲れてる 時に余計なことを、とは思うけど。岩をよじ登って、そっと向こう側を覗き込む。  それで、その先も小川が続いていたら岩を越えて、また小川に沿って歩いてもいい かな……その程度に考えて。  けれど。 「え……」  覗き込んだ先には、小川どころか地面さえなかった。  慌てて転がるように岩から飛び降りて、余った勢いにしりもちをついた。その固い 地面の感触に安堵して、うるさいほどに胸を内側から叩く鼓動を自覚する。 「……崖?」  一瞬だったせいか、底は見えなかった。じっくり見たとしても見えなかったかもし れないが、それは考えないでおく。高い場所は昔っから苦手で……バクバクと鳴る心 臓を押さえ、深呼吸を繰り返す。  ……よかった、深く考えずにそのまま岩を越えたりしないで。  小川の水でノドを潤し、顔を洗う。  気分を入れ替えて、オレは左右に伸びる岩の小山を見比べた。どちらに行っても同 じに見える。だとしたら考えても仕方がない。運に頼って、小川をまたぎ越した。  あとはまっすぐ進むだけ。  すぐ隣りに連なる岩の向こう側が崖だと考えるとゾッとするが、極力考えないよう にする。今まで歩いて来た道を戻るよりはマシなはずだ。たぶん。  自分に言い聞かせて、とにかく進む。  崖とはいえ、こっち側にいれば危険はないし、何よりようやく現れた景色の変化だ。 この世界にも常識や限界があったことの確認になったと思えば、怖いなんて言ってら れない。  辺りは闇に落ちたが、月明かりがわずかに差し込んでくる。  そんな些細な安堵感を意識しながら、休むことなく足を進める。  景色の次の変化を求めて……次は、もっと希望の持てる変化が見つかるかもしれな い―――それこそが、今のオレにとって唯一の希望だった。  そして。 「……また岩?」  さっきと同じように行く手を大きな岩が塞いでいた。  またよじ登って向こう側を覗いて見ようかとも思ったが、どうしても気が引ける。 少し迷ったが、オレは結局行き当たった岩に沿って、崖との境の岩とは逆方向に歩き 始める。  もしかしたら、この森はぐるりと崖に囲まれた陸の孤島なのかもしれない……そん な考えも頭をよぎったが、すぐに否定する。  今は信じて、進むしかないんだから。  空いたペットボトルに汲んでおいた小川の水でノドを潤し、また歩く。  さっき岩の向こう側を覗いた時、ほんの一瞬だけど崖の反対岸も見えた。といって も、同じような木が生えてる同じような森にしか見えなかったけど。だから言えるの は、崖の深さはともかく幅はそんなに広くないってことで……だからって、飛び越え て向こう側へ、なんて絶対に無理だけど。  意味なく空回る思考の内容に嘆息し、少し休もうかと足を止めてすぐ横の岩に手を 掛け……ようとして、その手は何にも触れなかった。そのまま受け身を取る暇もなく 倒れ込む。 「いってぇ〜……な、んで……」  顔を上げて、目を見張る。  岩の切れ目……と言うよりは明らかに人工的に岩を削って出来た細い道があった。 表面はでこぼこで雑だけど、自然に出来たモノとは思えない不自然な道。それは月明 かりに照らされて、緩やかに下って行く。 「お、落ち着け。まだヒトがいるって決まったわけじゃ……」  言い聞かせたけれど、逸る気持ちは抑え切れなくて、オレは疲れも忘れてその道へ と入って行った。焦る気持ちに足が追いつかなくて何度か転びながらだったけど、ひ たすら道の先を求めて。  このファンタジー世界にいるのが普通の人間とは限らないなんて不安も、頭から吹 き飛んでいた。よくよく考えたら、丸一日以上誰にも合わない日なんて今までに一度 もなかった……思っていたより、それが精神的にダメージでかいのかもしれない。  そして、どれほど歩いたかなんて考えられるわけもなく、オレは気づいたら道を抜 けていた。目の前に現れた柵に縋り、弾む息を整える。落ちそうになる膝を叱咤して、 顔を上げた。 「……あ」  家があった。  夜遅いせいか、明かりが漏れていたりはしないけれど、確かに家が並んでいた。オ レが住んでるような日本の一般的な家じゃなくて、見るからに木や土で固めた、台風 なんかが来たら吹き飛ばされそうな家。  普通にイメージするそれとは違うけど、家は家だ。  助かるかもしれない。 「よかっ、た〜」  泣きそうなほど安堵して、オレはずるずると地面に座り込んだ。  意識まで落ちそうになるが、そこはなんとか持ちこたえる。咄嗟に、朝になって見 慣れないヤツがこんな場所で寝てたら警戒されるかもしれない……なんてことを考え て―――下手したら、怪しいヤツとして監禁ってことも有り得るし。  この状況でそこまで考えられるオレって、実はスゴイかもしれない……なんて、自 画自賛してみたり。  それだけ疲れてるってことなんだけど。  少し休んだら、いったん離れて―――この村、ってほどの大きさもない集落が見え る場所で夜明けを待って、ここのヒトたちの様子を窺ってから助けを求めよう。  そこまで決めて、ホッと息を吐いた―――そのとき。 「そこで何をしてる?」 「っ!?」  背後からの声……いきなり見つかったのか?  なんでこんな夜中に外をうろついてんだよ! ……ほとんど八つ当たりで毒づいて、 オレは恐る恐る振り返る。そして、月明かりに照らされた相手の姿に息を呑んだ。 「あ……」 「ここの人間じゃないな…………それ、学校の制服か?」  そう言ってオレの着ているブレザーを指差した相手が着ていたのも、どう見ても学 校の制服―――学ランにしか見えなかった。 >>> MENU? or BACK? or NEXT?




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