*** 世界を救う君に
   > Aoi‐2  この国の名前は“リーフルーブス”。  建国から二百年の歴史を誇る、国の面積は大きくも小さくもない“世界”の基準か らしても平均的な国。平和で、それなりに豊かで、四季―――ちなみに今は夏の終わ りに差し掛かってるらしいけど、東京の残暑の厳しさに比べたら秋と呼んでもいいく らいだけど―――もあるらしい。国の大きさや歴史はともかくとして、温暖化云々で 騒がれる前の日本と環境は似てるのかもしれない。  夜、夕食のラッシュまで終えた後、リウリから話を聞いてそう思った。  ライザさんが夕食の支度をする間は、手伝うでもなくテーブルに着いてリウリと二 人で話しながら待つ。申し訳なかったけど、調理に関しては積極的に手伝えるほど自 信がないのも事実。こればっかりは仕方がない。 「で、私たちが住んでるこの町が“フラム”ね。ここから国の中心……王都リーフス までは、普通に旅して4、5日はかかるかな」 「ふ〜ん」 「反応薄いなあ。興味ない?」  眉間にシワを寄せるリウリに、私は慌てて首を振る。 「もちろん知りたいけど……問題は、どうやって私がここに来たか、でしょ」  最初に切り出した疑問はそれだった。  仕事を終えて一段落して―――昨日までは食欲はあったものの、頭はどこかボーっ としてて考える余裕はなかったし―――ようやく明確にした疑問。 「それは昨日も言った」 「リウリは店の前に倒れてた私を介抱してくれただけ。いつ私が店先に現れたかも知 らないんだよね。もちろんわかってるけどさ……私が二階の部屋で目を覚ます前の最 後の記憶は話したでしょ」 「ブシツって場所で光に包まれた、と」  二人で昨日の話を確認してるだけじゃ、話は進まない。  わかってるから、私は言葉を重ねた。 「そんなこと日常では有り得ないの。私の世界では、ね」  後半を強調して「でも」と続ける。 「こっちの世界にはあるんじゃないの? ファンタジー世界ならではのモノが」 「ふぁんたじい?」 「え〜と、だから……異世界ってことよ」 「ならでは、って言われても……本人の意識に関係なく他の場所―――異世界に移動 した話なんて聞いたことないよ」  異世界から来たヒトの話も聞いたことないし、とリウリは首を傾げる。 「でもファンタジーでしょ。モンスターとか勇者とか魔王とか冒険とか!」  思わずテーブルに手をついて身を乗り出す。向かい側で体を引いたリウリは、やっ ぱり困ったように小さく唸ってしまう。  ……ううむ、リウリに迫ってもしょうがないんだけど。  一呼吸置いて、力を抜く。 「はあ……じゃあさ、魔法もないの?」  結局、ファンタジー世界なんて本の中の空想世界。その知識が正しいなんて…… 「あるよ」 「え?」 「魔法はあるよ」 「ホントに!?」  今度は立ち上がって、テーブルに覆い被さる勢いで間を詰めた。 「ってことはつまりアレね。え〜とえ〜と、召喚魔法!」  ゲームなんて兄貴がやってるのを隣りから見てただけだけど、それくらいは知って る。そもそもファンタジーの知識なんて、そういう状況で兄貴から教えてもらったこ とばっかりだから偏ってるだろうとは思うけど、何も知らないよりはマシってことね。  だけど。 「どうかな〜?」 「……?」 「魔法の種類なんて私は知らないから、絶対にないとは言えないけど……何の為に?」 「何の為って」 「詳しくは知らないけど、魔法を使うのはすごく細かい規制があるんだって。役所に 魔法の使用届を出さなきゃいけないとか」 「でも、魔法なんて呪文を唱えたり魔方陣を書いたりするだけじゃないの? 魔法を 使ったかどうかなんて簡単にわかるもん?」  ミスって爆発、なんてあったならまだしも、自分の家でコッソリってのも難しくな さそうだけど。 「使用届を出さないと“石”が買えないのよ」  答えてくれたのは、料理を運んできたルクルさんだった。  大皿に盛ったサラダをテーブルに置く。 「石?」 「“魔法石”。魔法はその石の力を引き出す方法なのよ」 「そうゆうこと。だから、細かい手続きなしには魔法は使えないの」 「実際に使えるヒトも少ないのだけどね」  続いて、ライザさんがこれまた大皿に盛った野菜炒めみたいのとパンを運んできた。 それをテーブルの真ん中に置いて、二人も席に着いた  とりあえず「いただきます」をしてから、リウリは「だからね」と続ける。 「そういう面倒臭い手続きを踏まえてまで、アオイを……異世界の人間を召喚する理 由って何かな?」 「確かに、そんな面倒事と引き換えにするほどのことが出来るとは思えないかな、自 分で言うのもなんだけど。単純に異世界への興味、とか?」  何の力もない女子高生を召喚するなんて、選別までは出来なかったってことだろう か……って、単に失敗しただけとか? なんて、ヤダなソレ。  けれど、顔をしかめた私に、リウリは小皿に取った野菜炒めを置いて「気になるの はその理由だけじゃないけどね」と呟く。 「召喚したヒトがいて、そのヒトは何らかの必要があって召喚したんだとしたら、ア オイはどうしてウチの店の前に倒れてたの?」 「あ……つまり、召喚したヒトが私に接触してこないのはおかしい、と」 「でしょ?」  その通りだ。  わざわざ面倒な手続きを踏む魔法を使って召喚して、それでおしまいなわけがない。 「う〜ん……適当に放置しといて、町のヒトの反応を観察」 「それこそ何の為に?」 「む。異世界との交流を望んでるヒトで、それが可能か少しずつ町のヒトを……って、 そんなわけないか」 「だからさ、召喚じゃないんだよ」  リウリはあっさり否定して、野菜炒めを口に運ぶ。  つられるように私も食事をちゃんと開始した。  話しても結局答えは出ない。ガッカリだけど、納得は出来る。召喚した本人のいな い場所に対象者を放り出してどうするのよね。自分の元に喚んでこそ、でしょ。  それともアレかな。町のヒトをパニックに陥れるつもりで、異世界の妙な生物を召 喚するつもりがアテが外れて、現れたのはただの女子高生だったっていうミス。って、 マヌケすぎ。そんなんじゃ喚ばれた私が恥ずかしいじゃないの。情けなさすぎ。  自分の思いつきにため息が出た。  考えて暗い気持ちになった私に、食事を終えた後リウリはもうひとつの可能性を告 げる。 「魔法のミスで、予想外の結果を招いたってのはあるかもね」  事故ってことか。  それはそれでどっちにしろ未熟者の失敗に巻き込まれた私?  やっぱりため息を吐かずにはいられなかった。  翌日。  私がこの世界に来た原因や方法がわからなければ、もちろん帰る方法も私にわから ないので、今日も今日とて恩返し。一宿一飯どころか、このままじゃ一生お世話にな ることも有り得ない話じゃないんだけど、リウリもルクルさんもライザさんも揃って 「いつまででもここに居ればいい」って言ってくれた。  最初に私を発見してくれたのが、この一家でホントによかったな。私が着てたセー ラー服じゃ目立ちすぎるからって、リウリは洋服まで貸してくれたし。目立って余計 なトラブル招くのはさすがに嫌だしね。  自分の幸運に感謝しつつ、開店前の準備に勤しむ。今は店の前の掃き掃除を任され てるけど、特に散らかってるわけでもない。さっと一通り掃いて終わりだった。  店の建つ通りを眺めてみても、タバコの吸殻やお菓子のゴミなんかは見当たらない。 もちろん、駅へ急ぐ背広姿の大人たちの姿も制服姿の子供たちの姿もない。商店街ら しくいろんな店の並ぶ通りは、それぞれ開店の準備に取り掛かってるらしいヒトたち ばかり。といって慌しくもなく、時々手を止めて談笑する光景もある。  ……リウリたちもそうだけど、マイペースよね。 「アオイ、終わった?」  店の中から顔を出したリウリに頷くと「じゃあ次は中で……」言いながら中に引っ 込もうとして、何故か体を強張らせる。 「リウリ?」 「……帰ってきたんだ」  嫌そうな嬉しそうな、でもため息混じりの複雑な呟きをこぼしたリウリに「何?」 と訊こうとしたんだけど、疑問を口にする前に私の耳にもソレが届いた。 「リウリーーーーっ!!」  声のした方に顔を向けると、真っ直ぐ伸びた通りの向こうから誰かがこっちに向か って走ってくるのが見えた。たぶん走ってる。だって、すごいスピードで近づいてく るのはわかったし。  唖然として見てる間に、声を限りにリウリの名前を呼んでたそのヒトはあっという 間に駆け込んできて、店から出て来たリウリに勢いよく―――でも、リウリを突き飛 ばさないようにしっかりとブレーキはかけて―――抱きついた。 「リウリ、ただいま! 元気だったか? ケガしてないか? 病気してないか? 困 ってないか? 悩みはないか? 食欲は……」  駆け込んできた勢いそのままにまくしたて、そのヒト―――旅人を連想する格好を した体格のいい若い男―――は抱きしめた体をすぐに離して、リウリの様子を窺った。  本人は必死なようだけど、リウリの方はただ深々とため息を吐く。 「…………ディル」 「なんだっ、疲れてるのか? 無理は駄目だぞ。今日はおじさんとおばさんに言って 店の手伝いはオレがやるからって……」 「ディ・ラ・トゥ・ー・ル」  ひとつの発音ごとに区切って、リウリは苛立ちを抑えるように―――といっても、 怒りではなく呆れが大きいみたいだけど―――相手を睨み上げた。リウリの身長は、 その旅人風の彼の肩にも届いてないので、嫌でも見上げるしかない。精一杯の力を込 めても、彼が無視を決め込めばリウリにはどうにも出来ないに違いない。  けれど、睨み上げられた彼は途端に口を止めて姿勢まで正した。  そのまま、さっきまでの威勢はどこへやら……きゅっと口元を引き結んで、緊張し た面持ちでリウリの言葉を待つ。  その姿はまるで、飼い主に忠実な犬のようにも見える。  ……なんなんだろう、このヒト。  呆気に取られて、私までつい黙ってリウリの言葉を待ってしまった。 「……おかえりなさい、ディル。あなたこそ無茶しなかったでしょうね?」  ようやく出たのはそんな言葉。  瞬間、彼はパッと顔を輝かせて何度も頷いた。 「もちろん! リウリに心配かけるようなオレじゃないぞ!」 「いつもいつも一ヶ月以上も行方をくらませるヒトがよく言うよ」 「でも約束しただろ。オレは絶対にリウリの元に帰るって」  何故か胸を張って、彼は得意げに語る―――威張れることかな、今の?  彼の子供みたいな態度に、リウリは「しょうがないわね」とでも言いたそうに肩を 落とした。それでもその顔がやっぱりどこか嬉しそうに見えるのは、私の気のせい?  二人を見比べてると、不意に彼がこっちに顔を向けた。 「ところで、はじめまして、だよね?」 「え、あ……」 「あっ、ごめんね、アオイ!」  彼の問いに私が頷き返すより先に、リウリは彼を押しのけて謝ってくれた……って、 「何が?」と私はキョトンと首を傾げるしかない。 「ビックリしたでしょ、いきなり」 「ああ、まあ驚いたけど」  謝るほどのことじゃない。 「彼はディラトゥール。近所に住んでて小さい頃からウチの店に出入りしてるの。見 てのとおり騒がしいけど、害はないはずだから」 「“はず”って……え〜と、君も旅のヒト? オレのことはディルでいいよ。リウリ 一筋十五年の好青年っ」  語尾に被せて、リウリは再度、彼を押しのける―――押された拍子に舌を噛んだら しい。哀れ。 「余計なことは言わなくていいの。彼女はアオイ。一昨日からウチに泊まってるの」 「な、なんで?」 「帰る方法がわからないんだもの。アオイは異世界のヒトなの」  そんなアッサリ話しちゃっていいのかな?  疑問に思わなくもなかったけど、それよりも次にディルが告げた言葉が重要だった。 「異世界って、じゃあ国王からの通達にあったのって君のことか」 「……は?」  咄嗟に理解できることではなかったけどね。 >>> MENU? or BACK? or NEXT?




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