*** 世界を救う君に
   > Itsuki‐2  異国から来た迷子。  簡単に言えば、そういうことだろう。  俺は自分がどうやってここまで来たのかさえわからないのだから。もちろん、帰り 道もわかるわけがない。問題は、俺は“リーフルーブス”というこの国の名前を知ら ず、彼らは“日本”という国の名前を知らないことだろう。  世界は広いし、俺も彼らもすべての国を知ってるわけではないのだから有り得ない ことではないが―――同じ言語を使う国があれば、その名前くらい知る機会はいくら でもありそうなものじゃないか?  目が覚めたら知らない国にいた。でも、俺が自分の意思で来たわけじゃない……そ う話した時の、彼らの怪訝そうな顔。気持ちはわかるが、疑われても困る。  日が落ちる頃には答えの得られない不可解さに、うんざりしてきた。考え込む間隔 が短くなり、ふと気づけば、彼らは心配そうに俺の顔を窺っていた。  やがて、考え込む俺を見かねたのか俺の沈黙に耐えかねたのか、ジャンシーが意を 決したように思いつめた顔を上げた―――彼らの間には考え中の俺に対して“余計な 口出しはしてはならない”とか暗黙のうちに禁則でも作ったかのような様態だったの だが。 「あ、あのっ!」 「はい?」 「その“ニホン”て国は俺たちは知らないですけど、“先生”なら知ってるかと」 「おおっ!」 「そうだ、先生なら知ってるに違いない!」  ジャンシーの言葉にそれぞれ大きく頷いて、よくぞ思いついたと賛辞を送る。 「……先生?」 「一月ほど前に、王都からジータリィ村に来たヒトです」 「難しいことはわからんのですけど、“ガクシ”なんだそうです」 「ガクシ?」 「学校で研究を続けてるとかで、この辺の生き物の調査をする為に来たヒトです」  なるほど……学士、かな。  生物の調査に来た学士……どんなヒトかはわからないが、確かに彼ら自身が言うよ うに彼らよりは知識があるだろう。専門でなくても、他国のことも多少は知ってるか もしれない。 「そのヒトに会えますか?」  一縷の望みを掛けるしかなさそうだった。  ジータリィ村への道案内を頼んでみると、彼らは快く引き受けてくれた。  日はすっかり落ち、いつもなら夕飯の時間らしいのだが、約一ヶ月ぶりに家での夕 飯にしようとのことで五人とも一緒に行くと言う。村まではそう遠くないらしい。  洞窟から、入って来た時とは別方向へ進み、外へ出る。この辺りの地形はさっぱり わからないし時間は感覚で計るしかないが、外へ出るまでに十分強はかかったと思う。 明かりを持たず―――明かりがあると寄ってくる肉食の野獣がいるらしい―――暗闇 に慣れた目で、洞窟から出た先を咄嗟に把握しそこなった。慌てた一人に腕を引かれ、 ようやく気づく―――崖だった。  斜面七十度くらいだろうか。十メートルほど下は崖に寄り添うように木々が立ち並 んでいる。夜闇に紛れて、その下がどうなっているかまでは見えない。後ろを振り仰 いで見ると、洞窟の上は切り立った崖になっている……谷底よりも低い土地があると は思わなかったな。  改めて注意を受けながら、左手で聳え立った崖に触れ、一人通るのがギリギリの道 ……と言えるかどうか疑問だが、慎重に進んで行く。  ……こんな道しかないんだろうか? なんて考えるまでもないか。いくらなんでも、 こんな危険な道を好んで使うとは思えない。他にないからこそ、仕方ないんだろう。  そもそもジータリィ村は外界から隔絶された場所にあると言っても過言ではないら しい。崖と森に囲まれ、物資の輸送にも困難を伴うとか。そんな場所になんで村を作 ったのか不思議だが、彼らはその理由までは知らないらしい。  ただ、彼らは出稼ぎ組であり、普段はマジメに働いてることは強調して説明してく れた。谷底で俺に対して強盗行為を働こうとしたことに関しては、稼ぎがいつもより 少ない時には渋々ながらやるしかないこともある、とか。すべては生活の為だと。  ……まあ、今更そのあたりを責める気はさらさらない。といって、許されることで もないとは思うが、家族の生活への責任を背負ったことのない俺にどうこう言う権利 はないとも思えた。  そして、崖道を歩く緊張から二、三時間は優に歩いたと言われても納得できそうな ほど経って―――実際にはせいぜい一時間ほどだろうが―――崖沿いに右へ大きく曲 がった先で下へ行く道を降りた。かろうじて崖を滑り降りるよりはマシ、という程度 の急勾配だったが。  ぽっかりと深い森の一部を繰り抜いた空間。  そこに家と言うにはお粗末な木や土で固めたモノ―――それでも、ちゃんと窓やド アはわかる―――が並んでいた。  よく見ると、夜闇の中、どの窓にも黒いカーテンが閉められてるようだった。たぶ ん、明かりが漏れると寄ってくる野獣への対策だろう。どの家も知らなければ留守と 判断してしまいそうな徹底ぶりだった。 「……どの家もヒトがいるようには見えないな」  呟くと、前を歩いていたドットが振り返る。 「ええ、日が落ちたらなるべく明かりを漏らさないようにって言われてるもので」 「出る時は部屋の明かりを消す。そういう決まりなんです」 「一応、村を囲う柵に獣避けの臭い袋を置いてはいるんですけどね」 「まあ最初から、呼び寄せないようにするのが一番ですから」 「まったく、明かりだけで獲物を探して、一度目をつけたら絶対にその獲物は逃がさ ないなんて、厄介なヤツですよ」  そんな獣が出る森で暮らし続ける理由は不可解だが、さしあたって重要なのはこの 後どうするのか、だ。無理を言って案内してもらったが、これから“先生”に会える のだろうか?  訊いてみると、「今からじゃ難しいかもしれんなぁ」と返ってきた。 「……え」 「いや、明かりを消せばいいだけなんで、出入りは禁止じゃないんですけどね」 「あの先生、子供並に夜は早いんです」 「たまに夜だけ行動する動物の観察だとかで起きてる時もあるんですが」 「その場合にしても、家にはおらんしな」 「この時間じゃ会うのは無理だろうなぁ」  ……夜道をここまで来た意味がない。  思わず頭を押さえたが、彼らは気にした様子もなく言った。 「ま、今日のところはゆっくり休んでください」 「大したもんはありませんが、あの洞窟よりはマシですんで」  ……そういうつもりだったのか。  こうなったら彼らの好意を有り難く受けて、今日のところはゆっくり過ごすのもい いかもしれない……そう思うことにした。  ―――そう、思っていたのに。  結局、その夜は一睡もすることなく、ベッドの横に椅子を引いて、どうしたものか と考えて過ごしてしまった。考えても仕方がないとわかっていたのだが。  ベッドの上では、一向に目を覚ます気配のない男が泥のように眠っている。  昨夜……というか、たぶん日付は変わっていただろうが、夜が更けてもどうにも寝 付けず、俺はふらりと散歩に出ることにした。俺としては特に珍しいことでもない。  たまにアレコレ考え過ぎて、眠気の訪れない夜はある。  そういうときは気分転換のつもりで散歩に出るのが常で、親もそれを知っていたが 何かを言われたことはない。  放任主義ともまた違うような……変わった親なのは確かだ。  だから昨夜も外へ出た―――少し涼しかったので、学ランの上着を羽織って。  ベッドを借りたジャンシーの家からそっと出て、村の周囲を一回り。小さな村なの ですぐ終わってしまうのは承知の上で、村の周りを囲う柵沿いにのんびり歩いてみた。 明かりさえ持たなければ危険はない―――迷いやすい環境ではあるそうだが―――と 聞いていたので、その静けさもあってすぐに警戒心もいらないようだと判断した。  その矢先。  村の外れに座り込む人影を発見した。わずかに差し込んだ月明かりが映し出したそ の影に思わず身構えたが、その必要はなさそうだった。柵に縋るように座り込んだ男 は、ぐったりと疲れた様子でうな垂れていたからだ。  村の人間にしろ違うにしろ放っておけず、一応の距離を取り声を掛けてみたのだが。  顔を上げた男は、大袈裟とも思える驚愕を顔に貼り付けて固まってしまった。何か を言おうとして口を開いたが、言葉にならなかったらしい。  俺と同い年くらいの……見慣れた感のある、型どおりの学生服らしきを着た男。  そんな服を着てるヒトは、この村にはまずいないと断言できる。 「……日本人、か?」  俺の口から吐いて出た問いには答えることなく、男はただ「助かっ……た?」それ だけ呟き地面に倒れこんだ。慌てて駆け寄って抱き起こしたが、どう見ても男は眠っ ているだけだった。  よれよれになった男の服は近くで見ても、やはり制服に見えた―――どこの学校か までは判断がつかなかったが、特に珍しい形でもないブレザー。傍らには夜目にも目 立つオレンジ色のスポーツバッグが転がっている。  俺と同じ……日本から来た迷子?  とりあえず家まで運ぶことに決め、ぐったりとした男の体を背負うことにした。と、 その拍子に小さな手帳が地面に落ちた。それとバッグを無造作に掴み、バランスを取 る。重かったが、ジャンシーの家までそう遠いわけでもなく、無事に辿り着いた。  そして。  悪いと思いながらも、寝ていたジャンシーを起こし、連れ帰った男のことを一応説 明だけして俺が借りた部屋に寝かせた。どうせ俺は眠れそうになかった。  それから十時間以上は経つだろう……朝が来て、また夜も更けたというのに男は一 向に眠り続けている。おかげで、起きたらすぐにでも話してみたいと思っている俺は、 特に何をするでもなく一日を潰してしまった。  ジャンシーが“先生”に声を掛けてみると出かけて行ってくれたが、留守だったら しい。せっかく謎が解明されるかもしれない手がかりが目の前にあるのに……焦って も仕方がないことだが、焦れる気持ちはどうしようもない。  佐上直哉―――拾った生徒手帳には、笑いを堪えているような顔写真と共に、その 名前があった。目の前で寝てる人物と写真の印象は少し違うが、本人だろう。都内の 私立高校の二年生。  彼は、自分の意思でこの国に来たのだろうか?  疲れきったこの様子からすると、散々歩いてきたのかもしれない。それは、やはり アテもなく彷徨ってきたからだろうか?  次から次へと浮かぶ疑問は尽きず、いっそ叩き起こして問いただしたい気にもなっ てくる。さすがに、そこまでは出来ないが。いったい、いつまで寝ている気やら…… 「……ん」  考えはそこで中断された。  小さな呻き声にハッとして顔を向けると、男―――佐上がわずかに身じろいだ。 「……佐上?」 「ん……ん〜……」  寝返りを打ち、頭まで毛布を引き上げて動きが止まる。  ……目を覚ましたわけじゃなかったのか?  思わず浮かしかけた腰を落とし息を吐いたが、そこで突然、佐上が飛び起きる。 「っ……!?」  口をパクパク動かしながら視線を巡らせ、俺と目を合わせた途端「っ〜〜〜夢じゃ なかった!?」憚ることなく俺を指差して叫び声を上げた。 「…………佐上?」  大丈夫か? と訊こうとして、目の前で強張った顔に言葉を飲む。  失敗した気がする……咄嗟に思ったが、一度出た言葉は取り消せない。  案の定、佐上は全身で警戒を示す。 「なんで……オレの名前を知ってるんだ?」  それは生徒手帳を見たから……答えようとしたが、それより先に佐上は声を張り上 げる。 「お前がオレをこんな場所に連れてきたのか!?」  感情を昂ぶらせすぎて、今にも泣き出しそうにも見える……そんな相手に真実を語 ったところで―――彼もまた求めているであろう答えを持たない俺の言葉を、簡単に 信用してくれるとは思えなかった。 >>> MENU? or BACK? or NEXT?




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