*** 世界を救う君に
   > Naoya‐3 「ごめん!!」  ベッドの上で、さっと姿勢を正して土下座する。  覚えてるのはようやく森を抜けた先で村らしきを見つけ、そこで出会った同い年く らいの一人の男。しかも、着ていたのは見慣れた―――ウチの学校は違うし、登下校 の電車の中で見かけるのと同じ学校のモノとも断言は出来ないけど―――珍しくもな い学ラン姿だった。  冷静に考えれば、そこまでは夜闇の中、月明かりの下でのこととはいえ、思い出す ことは出来る。  が、気がついてみれば固いベッドの上で、部屋はまるで見覚えがない。もちろん自 分の部屋じゃないし、学校の保健室とかガキの頃骨折して入院した病室とか、咄嗟に 考えられるベッドのある部屋と比べてみた、けど。枕元には古びたランプがあり、横 にはこれまた古ぼけた机と椅子があり、その椅子に座った見知らぬ男。  そんな相手に名前を呼ばれて―――もちろん名乗った覚えはないのに。  考える余裕なんかなくて、反射的に怒鳴りつけてしまった。  ……よく見れば、夜出会った相手だったし、いきなり意識を失ったオレを介抱して くれたと思われる相手だというのに。 「本っ当にオレが悪かった。なんかもうわけわかんなくなってて……」 「いや、俺も考えなしだったから」  土下座は止めてほしいと請われて、体は起こす……うな垂れたままだったけど。  取り乱した自分が恥ずかしい。  ……とはいえ、言うべき言葉は他にもある。  気づいて、慌てて顔を上げた。 「あっ、あのさ……ありがとう。普通、夜中にあんなとこで座り込んでるヤツなんて 警戒して当たり前なのに、話する前に気を失っちゃったオレをベッドに運んでくれる なんてさ。ホント、ありがとう。助かった!」 「警戒はしたけど、学校の制服だろ、コレ」  座っている椅子の背に掛けられたオレのブレザーを示して言う。 「状況はわからないけど、村のヒトの話によれば俺の学ランとかこういうブレザーと かは見たことないってことだし。不可解な今の状況を説明できる相手だったらいいな、 とか打算があったのが正直なとこだけどな」  ……不可解な状況。  言われて、また考えるより先に言葉が溢れ出す。 「そうだよ! ここって日本じゃないよな!? オレ、気づいたら森の中にいて一人 で頭痛いし体重いし、自分がどうやってここまで来たのかもわかんないし。誰にも会 えなくて、猫みたいなウサギとか空を飛ぶ鳥の影くらいしかなくて、腹は減るし水だ けはあったけど足は棒だし」  それからそれから、とまくしたて、自分でも何が言いたいのかわからなくなる。 「待った。少し落ち着いた方がいい。起きたばかりだし……腹が減らないか? 家人 はもう寝てる時間だけど、夕飯は残してくれてるんだ。俺もまだだから、話は食べて からにしよう」  制されて言葉を飲み込むと、空腹を思い出した。待っていたかのように、腹の虫が 鳴り出す。それを押さえて相手を見やると、小さく笑われた。  ……恥ずかしい……けど、安堵も手伝って、オレの顔にも笑みが浮かんでるのはわ かった。  彼の名前は、栢山一樹というらしい。都内の―――オレが通ってるとこよりは確実 に偏差値が高いことだけは知ってる私立高校の三年……オレより1コ上。ご丁寧に、 学ランの内ポケから生徒手帳を取り出して見せてくれた―――律儀なヤツだ。  階下に降りると、彼―――栢山は迷うことなく台所に入って行った。この村に来て まだ二日ほどらしいが、妙に慣れている。指摘してみると、不思議そうに「そうか?」 と返って来た。単に性格上、落ち着いてるだけらしい。  この家の奥さんが作ったというシチューを温め直す栢山に、一応「手伝おうか?」 と声を掛けたけど断られてしまった。確かに勝手もわからず、元より家事手伝いを日 頃からやってる良い子でもないので、おとなしく座って待っていることにする。  ガス台もなく、石を打ち合わせて火を起こしながら―――それもまた慣れてるよう に見えるのだが―――自己紹介を済ませ、食料の説明までしてくれる。  シチューには“サキラキ”っていう動物の肉を使ってるらしい―――話に聞くと、 オレが昨日見かけた耳の長いウサギもどきだろう。シチューと言っても正確には違う ようだが、今のオレにはどうでもいい。毒もなく食えるのなら、なんだっていいのだ から。  ぐつぐつと煮えてくる音と共に、立ち上るイイ匂い……腹の虫は催促の余り、キリ キリと腹をしめつけるようだった。行儀が悪いのは承知で、目の前に湯気の立つ皿を 置かれた途端「いただきます!」を叫んで、シチューを口に運んだ。  遅れて置かれたパンにも手を伸ばし、ただただ夢中で食事する。  ……もう、なんだってウマイ。  栢山は呆気に取られたようだが、苦笑を洩らしただけで何も言わなかった。向かい 合って座り、こちらは行儀よくシチューを口に運ぶ。  三度のおかわりを経て、鍋が空になったと告げる栢山に「いや、もう入らないから」 と答える。 「満足したか?」 「お〜……ホンットに、空腹ってシャレになんないのな。今ほど食事の大切さを思い 知ったことなんてないね。睡眠と食事。やっぱ基本だわ」  大きく息を吐いて膨れた腹を反らせた。  生きてて良かったと実感する―――大袈裟だろうとなんだろうと、真実だ。 「まったく、気づいたら異世界のファンタジーにしたって最低限の常識っていうかさ、 なんでオレが森のど真ん中で、一人で放り出されてなきゃならないんだか……普通、 その場に状況を説明できるヤツがいるもんだろ?」  ついブツブツとぼやくオレに、栢山は不思議そうに首を傾げる。 「異世界のふぁんたじー?」 「あ……悪い。さっきから一人でしゃべりすぎ、だよな? 丸一日以上、誰とも顔を 合わせず話もしないなんてこと、今までになかったからさ。なんかすっごく久しぶり な気がして、一度しゃべりだすと止まらないん……」  だよ、の語尾を飲み込んで、口を手で覆う。  ……だから、言ってるそばからしゃべりすぎだっての。  自分に言い聞かせ、ゆっくりと栢山に目を向ける……呆れられてるだろうか?  だけど栢山は、手を振って。 「いや、そうじゃなくて。異世界のふぁんたじーって何?」  その問いに、オレはハタと硬直して、しゃべるべき言葉だけを必死に押し出した。 「え……と、ここは日本じゃない、んだよ、な?」  先走ってベラベラとしゃべったが、もしかして、とんでもない勘違いをしてるのだ ろうか?  そりゃ、学校で「オレ、異世界に行ったんだ」なんて真剣に語ったら、笑い話どこ ろか正気を疑われるだろうが。でも現に……現に?  一度疑うと、途端に不安になる。  恐る恐る栢山の様子を窺ったが、栢山は笑い出すでもなく「確かに日本じゃないけ ど」と言って、でも言葉を探すように視線を逸らす。 「この国の名前は“リーフルーブス”。聞いたことはないけど、俺は世界にあるすべ ての国名を知ってるわけじゃないし、どこぞの外国かと思ったんだが。異世界?」 「なるほど」  頷いて、頭を押さえる。  ……異世界ってよりは、外国って考えた方が現実的だよな。 「となると……マフィアとか秘密組織とか、誘拐!?」  思わず口にしたが、すぐに「まさかな」と否定する。  見た限り長閑なこの国のどこにそんな犯罪に関わりそうな組織があるって?  イメージが違いすぎる。  オレたちが自由に動ける理由もないし……しっかりしろ、オレ。  目の前に栢山がいなければ、自分の頭の両側を手で押さえて振り回していたかもし れない―――余計に頭は混乱しそうだが。  冷静に冷静に……心の中で呟くオレに、栢山は疑問を振ってくる。 「佐上も国の名前に覚えはないか?」 「全然。つーか、栢山にわかんないことが、オレにわかるとは思えないけど」 「どうして?」  ……それを真面目な顔して訊き返すのか。 「真っ先にゲームやマンガと結びつけるような思考回路。オレの頭はそんなもんだよ。 勉強なんか好きじゃないし、もちろん得意でもないし。栢山は出来そうじゃん、見る からに」  現に、確実に上を狙いそうな高校に行ってるじゃないか。  心の中で付け足して、肩をすくめる。 「ファンタジー世界に魔法で飛ばされた、なんて発想はおかしいだろ」 「俺も別に、勉強は好きではないけど…………ああそうか、ファンタジー。TVゲー ムで……RPG? ほとんど知らないんだけど、剣や魔法でモンスターと戦うとか?」  ようやく合点がいったとばかりに頷く。 「そうか。そういう世界じゃ、言葉が通じるのも普通なのか?」 「普通っていうか……プレイヤーが―――つまり、オレたち子供向けなんだから、呪 文とか町の名前はともかく、基本は日本語だろ。って、村人と日本語で話を……あ? や、だから、なんで簡単に納得してんだよ、そこで!?」  ますます何を話してるのかわからなくなる。  偏差値の高い学校に行ってる連中ってのは、大概こういう実際に異世界はあるかも しれないなんて想像することさえバカにしそうなのに……ってのは、偏見か? 「証拠はないけど、ないからこそ、今はまだ状況を決め付けるのはよくない。という か、無理だろう。帰る方法を探すためにも、可能性はどんな些細なことでもあげてく べきだと思うが?」 「……そうかもしれないけど」 「ちなみに、そういうゲームやマンガで俺たちみたいな状況は?」 「あるよ。召喚魔法で喚び出されたとか異次元の穴に落ちたとか」  一応、答えは提供する。  ……けど、本気なのかな、こいつ?  オレの話を聞いて、頷きながら疑う様子もないけど。 「……変わり者、って言われない?」  机に肘ついてアゴ乗せて、思わず口から零れる疑問。  栢山は、なんとなく諦観の混じる笑みを見せて「言われる」と答えた。 「一般に娯楽モノの知識が大方ないから話が合わないし、面白味がないとも」 「そうか?」  反射的に首を傾げたら、栢山は軽く目を見張った。 「つまらないだろ、趣味が合わない相手と話しても。まして、欠片も知識がない相手 は余計に」 「あ〜……そっか。でも、絶対に話さないってわけじゃないし。今はオレたちお互い の趣味なんて知らないけど、こうやって話してるし。状況は特殊だけどさ。栢山と話 してて、別に面白味がないとは思わなかったから」  なんだか、お互いに言うことが言い訳じみている―――何に言い訳してるかもわか んないけど。それに気づいて、二人でまた笑った。 「え〜っと、とにかく状況を把握するのが先決ってわけだよな」 「そうだな。外国にしろ異世界にしろ、まずはそこから」 「でも、どうやって?」  村人からの情報は得られなかったらしい。  やはり情報収集なら、こんな田舎よりも都会に出るべきなのか? 「村の外に求めるのも手段のひとつだが、先に“先生”に会おう」 「先生?」 「王都から来た生物学の学士だそうだ。今このジータリィ村で一番知識があるのは、 そのヒトらしい」  ……学士? 学者みたいなもんかな?  肩書きからすれば、確かに頭はよさそうだけど。 「まだ会ってないのか?」 「森の方に調査に出てるらしくて留守だったんだ。でも、メモを残してあるし、明日 にはなんらかの連絡は取れると思う……と、ジャンシーさんが―――この家のご主人 が言ってたから」 「となると、今日はもう……」 「ゆっくり寝て、明日に備える」  答えは簡潔。訊くまでもない。  しかし。 「……オレ、全然眠くないんだけど」  栢山に言ったところで、どうしようもないことなんだけどさ。  丸一日を夢の中で過ごし、目覚めてからせいぜい一時間強……ぼやかずにいられな い気持ちってのもわかってくれるよな。 >>> MENU? or BACK? or NEXT?




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