*** 世界を救う君に
   > Aoi‐3  目の前の木造の建物を見上げ……るほど高くもないけど―――二階建てのそれは、 左右に並ぶ他の建物と比べても特別に大きいとかキレイだとは言えず、逆に見劣りす るようなこともなかった。普通。  ……まあ、建物にお金かけるのはどうかと思うけど。  両開きのドアの横に掲げられた木のプレートの文字は読めない―――ぱっと見てア ルファベットかと思ったけど、微妙に違う―――ので、確かめるには訊くしかない。 ここまで先導してくれた彼を疑いたくはないんだけど…… 「ここが役所?」  背の高い彼の顔を振り仰ぐと、彼―――ディラトゥールは、私の存在など忘れたか のように首を捻って背後を……実際に目は届かないであろう遠くを見つめていた。  こいつ……思わず額を押さえて、ため息をひとつ。  ついさっき―――リウリとのやり取りを思い出す。 「国王からの通達?」  リウリが訊き返すと、ディルは途端「しまった」と顔をしかめた。 「くっ、リウリが興味を持つことならちゃんと話聞いてくればよかった」 「……つまり、詳しくはわからないのね」  肩を落とすリウリを見ると、「だ、だって、帰ってきたからには真っ先にリウリに 会いに来なきゃいけないし、途中で呼び止められても詳しい話なんか聞いてる暇はな いし!」と、ディルは大慌てでまくしたてた。 「とにかく一刻も早く、リウリの無事な姿を見ようと……」 「それは誰から聞いた話なの?」  ディルの力強い弁解を遮るほどの気は見せず、リウリはするりと変わらぬ調子で疑 問を吐く。が、その途端ピタリと止まる弁解―――代わって、答えが出てくる。 「ジェイクだ。ほら、風季に役所で働けることになったヤツがいるって話したろ」 「ディルの家から五軒先の家のジェイクね」 「っ……なんで、知ってるんだ!?」 「なんでって……昔一緒に遊んだことあったでしょ」 「そんなの十年も前の話じゃないか! はっ、まさかリウリ、ヤツのことが!?」  頭を抱える姿があまりにオーバーだけど、リウリは気にしない。 「国王からの通達……広場にお触れが出たとしたら、朝早いとはいえ噂が聞こえても おかしくないんだけどな」  呟きながら考えて、「手掛かりは手掛かり……詳しく聞いてみる価値はあるよね」 と言ったのは私に向けてだった。 「アオイ、今から役所に行ってみる?」 「え、ああそうね。話は聞いてみたいな」  そのとき私の頭の中にあったのは(これだけのオーバーリアクションも、慣れれば 流せるものなんだ)っていう妙な感心だけだったけど。かろうじてリウリの言葉を意 識の端に引っ掛けて、頷くことは出来た。 「じゃあ、ディル」 「おう」  ……今の今まで、一人の世界で苦悩してたはずのヒトが、呼びかけひとつでパッと 意識を切り替えられるってのは、スゴイよね。確実におかしいけど。  呆れを通り越してまた感心してしまう私の前で、姿勢を正したディルに、リウリが 告げたのはたった一言。 「アオイを役所まで案内してあげてね」 「ええっ!? ようやくっ、ようやく会えたのに、そんないきなり……」 「ディルが行けないなら私が行くけど、店の準備もあるし……でも、話を聞くだけな ら忙しくなる時間までには戻ってこれるかな。それくらいなら」  道を教えてもらえば、私一人でも……そう思ったけど、私の反論の前に、ディルが 力いっぱい叫んだ。 「ダメだ!! たとえ、リウリがジェイクに十年の間秘めた想いを抱いていようと、 あいつだけはっ!」  ……いつ、そんな話をしたっけ?  いつのまにか彼の頭の中だけで出来上がってしまったらしいストーリーを語り出し たけど、リウリは軽く聞き流す。 「はいはい。ディルが行ってくれるなら、私はいつもどおり店の準備をするわよ」 「もちろんオレが行くとも」 「じゃあ、よろしくね」  その後の別れの惜しみ方も尋常じゃなかったけど……そこまで思い出すのは、さす がに理性が止めた。あれを軽くあしらえるリウリってスゴイ。  第三者として見てるだけでも、なんか疲れてくるのに。  とはいえ、今は見てるだけじゃいられない。この場には私と彼の二人しかいないし、 案内役を買って出てくれたからには、いつまでも遠くに思いを馳せられてても困る。  さすがに、この状態の案内で示された建物に―――見た限り、役所と言える建物だ とは思えないここに、先に立って入っていくのは気が引ける。  だけど、何度呼んでも、ディルがこっちを向いてくれる気配はなかった。  仕方がない。  こういうときは、実力行使―――力の限り、ディルの足を踏んづけてみた。 「っ〜〜〜〜!?」 「やっと、私のこと思い出してくれた?」  涙目のディルから保証されて、いざ役所の中へ。  ぶつぶつと文句らしき言葉が聞こえてるけど、当然無視。  入ってみると、中は一応“役所”だった―――田舎の小さな窓口って感じだけど。 小さな待合室みたいな部屋があり、正面にはみっつほどに仕切られたカウンターがあ る。それぞれに札は出てるけど、それもやっぱり私には読めない。  時間が早いせいか、受付の中で母親くらいの年齢のおばさんが、まだ二十歳くらい に見える若い男のヒトに何やら楽しそうに話しかけてるだけだった。他には誰の姿も ない。 「……足を踏みつけなくても……異世界の女の子ってのは皆こんな……」 「ディル〜、あなたは誰の頼みで何の為にここに来たんだっけ?」 「ああっ、ジェイク、さっきの詳しい話を聞きにきたんだけどさ!」  ……単純。  パッと片手を上げて、受付に座って引きつり笑いを浮かべていた男に呼びかける。 と、相手は相手で、助かったとでも言いたげに顔を明るくして立ち上がった。 「ディル! さっきの話? え〜と…………ああ、うん、あれね。そっかそっか。そ うだな。あの話は重要だもんな。ということで、残念ですけどその話はまた今度にし ましょう」  後半はおばさんに向かって言って、彼―――ジェイクはそそくさとカウンターの中 から飛び出してきた。そのまま私たちの背中を押して「すぐ戻りますから!」と残し て、さっさと外へと押し出してくれた。  後ろ手にドアを閉めると、ジェイクは派手に息を吐く。 「……はあ〜……俺に彼女がいないことで、なんか迷惑かけたのか? 毎日毎日しつ こいっつーの。なんであのおばさんの娘と……冗談じゃないって。なあディル、そう 思うだろ!?」 「はっ、そうか。ジェイクに婚約者がいるとなれば、リウリだって諦めが……」 「だからっ、こっちにだって選ぶ権利ってもんがだな」 「なんだとリウリじゃ不満だっていうのか!?」 「どう考えたって、あの世話焼きババアがオマケじゃ、夢の新婚生活なんか望めない だろうが! 何を口出してくるかわかったもんじゃない」 「そんな男にリウリを渡せるものか! ここはリウリにこの男の真実を告げて、傷が 浅いうちに目を覚まさせなければ!!」 「意外にも顔は可愛いんだけどな……ったく、あのおばさんに自覚がないのをどうに かできないもんかね。娘さんに同情はするけど」 「リウリはもちろん可愛いさ。どんな町や村を巡ってみても、リウリ以上に可愛い子 なんていなかったからな」  会話はまるで噛み合わない……どちらも相手の話は部分的にしか聞いてない。  なのに、放っておいたらいつまででもしゃべってそうだった。 「ディル。リウリが可愛いのはわかったから、本題」 「おっと……ジェイク、さっきの話なんだが」 「さっきの話ってなんだっけ? 適当な話題を振って俺の窮地を救ってくれたのかと 思ったんだけど」  つくづく自分に都合のいい思考展開の持ち主らしい。 「国王からの通達の話。異世界の人間を見つけろって?」 「ああ、あれね。リウリが興味を持ったのか」 「っ!? なんで知ってるんだ?」 「リウリ自身のことかリウリの興味関心事。お前の行動原理はそれしかないだろうが」  ……断言されちゃうのか。  呆れるが、実にわかりやすい。 「あの通達は俺もよくわかんないんだけど……って、お前がリウリ以外の女の子と一 緒にいるのって珍しいな」  遅い。今ごろ気づいたのか、この男。  頭を抱えたくなるのを抑えて顔を上げる。口を開いて名乗ろうと思ったが、それよ り先にディルが慌てた様子でジェイクに詰め寄っていく。 「違うっ、違うぞ! 俺の心は相変わらずリウリのモノで、浮気だとか不純な気持ち はこれっっっぽちもないからな!!」 「……そんな強調しなくても」 「わかりきってるっつーの。見ない顔だけど、リウリの友達?」 「なんでわかるんだ?」  心底不思議そうなディルは放っといて。 「まあ友達といえば友達なんだけど……なんていうか……」  異世界の人間だと名乗っていいものだろうか?  逡巡したが、彼にはどうでもいいらしい。細かいことを詮索する気はないようで、 「名前は?」とだけ訊いてくる。 「たか……あ、や、葵。アオイって言うの。よろしく」  苗字から名乗ろうとして、思いとどまる。“高原”なんて苗字こっちにはないよね。 “アオイ”って名前もないかもしれないけど……まあ、そこはそれ。フルネームを名 乗るよりはマシ……ってことにしておこう。うん。 「アオイちゃんか。珍しい名前だね。俺はジェイク。ディルのノロケ話吐き出し口っ てとこかな。コトあるごとに何やかやと聞かされてる」  肩をすくめるが、さっきの様子からすれば聞き流してるに違いない……短時間とは いえ見た限り、マトモに聞ける話でもないとは思うけど。 「お前の自己紹介なんていらないって。で? 通達の話は?」 「焦るなって。昨日の朝一で王都から届いたんだ。それが極秘でヒトを捜せっていう 無茶な命令でさ。顔も名前もわからない、手掛かりは異世界から来た人間だってこと だけ。それを情報を大きく公開することなく捜し出せって言うんだ」 「極秘……どうして極秘なの?」 「さあ? お偉いさんの考えることなんて、下々のもんにはわからんもんさ。何より、 異世界から来た人間なんて本当にいるかも怪しいもんだけどな」  ここにいるんだけど……とは言うに言えない。 「それでも一応国王からの命令だし。捜すフリはしないとな。だから、手始めにお前 に訊いてみようと思ったんだよ。旅先で噂でも聞いてないかと思って」  が、詳しく話す間もなく、ディルはリウリ会いたさに走り去ってしまったわけだ。 その光景は目に浮かぶようね。  ……にしても、そんなディルがどうして旅に出たりするんだろ?  ふと浮かんだ疑問は、口にする前に消える。  今は、通達の内容の方が気になった。 「国王は異世界の人間を捜してどうするつもりなんだ?」 「知らん。扱いには要注意ってな添え書きはあったけど」  ……それはどういう意味?  引っかかったけど、ジェイクはさらに言う。 「ああ、手掛かりは一応“若い男女”ってのもあったかな」 「若い……男女?」 「一人じゃないのか?」  思わず驚いて訊き返す私たちに、ジェイクは少したじろぎながらも頷いた。 「三人いるらしいよ。ん〜……そこまで書くからには、異世界から来た人間ってホン トにいるのか? ま、もし見つけたら役所に届けるか、王都まで行くように伝えてく れよ」  半信半疑に呟いたが、形だけはとでも言うように付け足す。 「王都に?」  ……それは、つまり…… 「王都に異世界の人間を集めるのか?」 「何にせよ、国王の方に用があるからこそ通達を出したんだろ。国王は集める気でい るんだろうさ」 「だったら、王都に行けば他の二人に会えるかもしれないのね!? その二人も、も しかしたら日本から来たヒトかもしれないのよね!?」  思わず詰め寄った私の顔を、ジェイクはポカンと見返してきた。  でも、なりふり構ってなんかいられない。  もし本当に他にも日本から―――私が17年間生活してきたあの世界から来たヒト がいるのなら、絶対に会いたいと思った。  ……王都に、行ってみたい。 >>> MENU? or BACK? or NEXT?




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