*** 世界を救う君に
   > Itsuki‐3  前を行く小さな背中が、数メートル遠ざかっては時折止まり、そっと背後を窺う緊 張した顔を見せる―――俺たちがついて来てるか確認してるらしい。  早く行きたいのかとこっちが足を速めると、慌てたように早足から駆け足になる。  ……警戒されてる。そう考えるしかない。  こっちは得体の知れない余所者で、相手はせいぜい十二、三歳の女の子……無理も ないか。 「なあ、栢山。こんな奥に入ってきちゃって大丈夫なのかな?」  隣りを歩く佐上直哉の声に目を向けると、佐上は前を行く少女の姿を視界に入れな がらも、ちらちらと周囲の森を見回していた。  声に不安そうな色が混じる。 「ジータリィ村を出てから、そろそろ二十分くらい経つんじゃないか? あのコ、本 当に道わかってんのかな?」 「道に迷ってる様子はないな。一定の方向に向かってるし、大丈夫だろう」 「こんな木や草しかない森の中で、方向なんかわかるのか?」 「大体なら。鬱蒼としてはいるが空が完全に見えないわけじゃないし、太陽の位置は 大雑把でなら測れないこともない。あの子も時々空を見てるよ」 「え、そうか?」  空を見上げ、少女の背中を見やり、今歩いてきた道を振り返る。方角を探るかのよ うに視線を巡らせると、佐上は唸るように呟いた。 「わかるかなぁ……もしわかってたら、丸一日以上も彷徨うこともなかったのかな」  最初、ジータリィ村の人たちが“中の森”と呼ぶ場所で、佐上は目を覚ましたらし い。見知らぬ森の中―――東京の都心ではまず見られない景色―――に放り出され、 その不安は想像に難くないが、事実「泣き出さなかったのが不思議なくらいだ」と佐 上は真面目な顔で語った。  気を失った佐上を部屋に連れ帰り、丸一日寝続けた彼が目を覚ましたのが昨夜。  状況の解明にしても、真夜中から行動を起こすわけにもいかず、翌日に備えて寝る べきだとは思ったが、丸一日寝ていて眠れないという佐上に付き合って結局夜遅くま で話し込んだ。  知る限りの―――たった一日や二日で得た知識などたかが知れてるが―――この世 界の情報を公開し合い話し合った。俺は、ジャンシーたちから聞いた話を。佐上は、 彷徨った森の印象や見かけた動物の話を。  有益とは断言できないが、それでも時間も眠気も忘れて話し続けた。  おかげで、少し眠い。  だが、今朝は早々にジャンシーに起こされた。客が来た、と。  それが、今前を行くあの少女だった。“先生”からの使いで来たと言う。  少女は口数も少なく挨拶もそこそこに、寝に帰るだけに一度は家に帰ったが日が明 ける前には再度の調査へと出発してしまった“先生”の元に案内すると告げた。本人 は名乗りもしなかったが、ジャンシーが「先生の娘のミルシェです」と教えてくれた。  普段から口数の少ない子だとも聞いたが、元々“先生”にくっついて森に入ってる ことが多いため、村人にさえなかなか慣れないらしい。俺たちへの警戒が強いのも無 理はないだろう。 「あ、あれ」  先に見つけたのは佐上だった。  指を差す方向を見やると、ミルシェが駆け出したのが見え、その先に白いモノが揺 れた。 「母様!」  初めて聞く高い声を上げて、ミルシェがその白いモノに飛びついていった。  思わず、足を止める。  ミルシェが白いモノ―――白衣の裾を掴んだまま俺たちを指し示し、その主が振り 返る。まっすぐなヒトを射抜く視線で。 「…………」  隣りで、佐上が息を飲む。  外見からは年齢が測れないヒトだった。二十代から四十代……どれと言われても納 得できそうな―――でも、あの少女の母親には見えなかった。  “先生”は触れていた木から手を離し、樹液でも採取したのか小さな皿を足元の小 瓶の並ぶ台の上に置いた。 「お前たちが異世界の人間か?」  女性にしては低い声で問い、ゆっくりとこちらに足を向ける。 「異世界と断言できるかはわかりませんが」  余所者ではある……そう言おうとしたが「異世界の人間だろ」“先生”は断言した。 「……何故?」 「こんな辺境にわざわざ来るヤツはいない。迷い込むにしても、そもそもここへ通じ る森に入ろうっていう物好きが滅多にいない」  その物好きである彼女はさらに言う。 「何より、お前たちのまとってる空気が奇妙だからな」 「奇妙?」 「説明なんて出来ないが、私にはなんとなくわかることがある……いや、読めると言 った方が正しいかな。相手がどんな人間なのか……性格とも違うが、それがわかる」 「……あんた、学者じゃないのか? 言ってることが占い師とか霊媒師とか、その手 の胡散臭い連中みたいだな」  相手の意図を測りかねて返す言葉に迷う俺とは対照的に、佐上は飲まれそうな雰囲 気を振り払うとすぐにぶつかっていく。 「異世界、なんて本当にあると思ってるのか?」  試すように、問う。  昨夜の話し合いでは、結論は出せなかった。異世界の存在を断定できるほど現実を 投げてはいないし、否定しきれるほど常識に縛られてもいない。俺たちは。  だが、ここの村人や王都から来たという“先生”がすんなり異世界の存在を認める のは、違和感がある。  それを、俺は口に出せなかったが。 「空気は違うだろうさ。オレたちは余所者だからな。けど」 「認められないのか?」 「…………」 「そっちのでかい方、お前は?」  口をつぐんだ佐上から、俺に目を移す。  その視線からは、感情が読めない。 「……貴方には、何か確信があるんですね」  試されてるのは、きっと俺たちの方だ。 「さっきも言ったように、断定はできません。でも、可能性はあります」 「何故、慎重になる?」 「見知らぬ世界に見知らぬ生活習慣。慎重な見極めは大切です。誰が信用に値するの か……それを判断するのは自分の目でしかありませんから」  冷静に言葉を選ぶ。  装うまでもなく心は静かだったが、油断はしない。相手の感情や考えが読めない以 上、警戒は怠れない。  この女性は、信用に値する相手なのだろうか? 「貴方の確信を教えてもらえますか?」 「私は信用に値するのか?」 「貴方が、母親であるなら」  答えを考えていたわけじゃなかった。  それでも、言葉はするりと滑り出し、形を成す。  白衣の裾にまとわりつき、決して手を離そうとしないミルシェの姿を見ると、訂正 は必要ないと思えた。母を見上げるその純粋な瞳を見れば。 「……お前の名は?」 「栢山です。あ、と、イツキ・カヤマ……で、いいのかな」 「私は、アルフォート・レイズ。この森の生物についての研究を行っている学士だ。 専門一辺倒のことしか学んではいないが、わかる範囲でならお前たちの疑問に答えよ う。信じるかどうかは、お前たち次第だがな」  俺たちは、どうにか彼女の信頼を得られたらしい。  小皿や小瓶の並ぶ台を囲むように座って、話をする時間を得られたのだった。 「王都からの通達があったからだ」  俺たちを異世界の人間だと断言した理由について、“先生”―――アルフォートは そう語り出した。 「詳しい事情までは知らん。だが、私の研究は王都から資金が出てるからな。必要が あれば何らかの協力を求められる。研究に関係あろうとなかろうとな」 「異世界の人間云々なんて、研究には関係ないよな」  どこか不貞腐れたような顔の佐上が言うと、アルフォートは頷いて返す。 「だから、わざわざ協力する気はなかった」 「……いいのか、それで」 「よくはないさ。だが、“見つからなかった”とだけ報告すればいいだけのことだ。 その過程までは、説明を求められはしないからな」  悪びれもせずに言い、「思い通りにはいかないものだがな」と付け足した。 「さして広くもない国だが、確率から言えば低いと思ったのにな。まさか、こんな辺 鄙な地に二人も来るとは」 「オレたちは好きでここに来たんじゃないっての。不可抗力だ」 「別にお前たちを責めてるわけじゃないさ。王都の連中のやることは、いつだってく だらない……それは永劫に変わらないことを思い知ってるだけだ」  どうも言い方に刺がある。  彼女の性格もあるだろうが、それ以上に何か含むところがありそうな……  アルフォートの陰に隠れるようにくっついているミルシェの手に力がこもるのが見 えた。何かに怯えるように―――それは、王都に対してだろうか。この親子が王都に いた頃、何が?  思っても、いきなり深くは聞けない。  代わりに口にするのは、別の質問。 「くだらないのは、異世界の人間を捜す通達の内容ですか? それとも、その裏にあ る詳しい事情でしょうか?」 「どっちもさ」 「でもあんたは、そのくだらない連中のおかげで研究できてるんだろ。そんな相手に、 何もそこまで……」  佐上が言いかけたが、アルフォートの視線に射竦められ口を止めた。  が、アルフォートの瞳に激情が浮かんだように見えたのは一瞬だけだった。 「国は国。民の為の施策なら、協力も惜しまないがな」 「異世界の人間を捜すのは民の為ではないと? でも、異分子への不安を防ぐ為には 異世界の人間の身柄を抑えておくべきかと思いますが」 「抑えられるのはお前たちだろう。他人事のように語れるのか」 「この世界のヒトたちの視点に立てば、当然の処置です。それをしない国こそ、信用 したくはない……信用できない」  嘘偽りなく、そう思う。  抑えられる側としては、こちらの言い分を聞いてもらえる温情を期待するが。 「その若さで随分と達観しているものだな。だが、この国の上の連中に信用を求める のは無駄なことだ。連中は、信用に値しない」 「何故?」 「それは自身で確認するんだな。これ以上の先入観は止めておこう。ただ、油断はす るな。それだけは胸に刻めよ」 「……王都には行くべきだと?」  信用はしてない人々の通達に従うということだろうか。  その裏の事情まで知らないというのに、それを勧めるのか? 「行く行かないはお前たちの自由さ。だが、通達を出してまで捜してる以上、お前た ちはいずれ見つかるかもしれない。国民から広く情報を募ることはなくても、捜索隊 の派遣も有り得るからな。お前たちがこのジータリィ村から絶対に出ないというなら、 その限りではないが」 「村から出ないって……この村にいて、元の世界に帰る方法がわかるってんなら、わ ざわざ出て行く気はないよ」 「帰る方法、か。ならば、出て行くしかないな」 「なんで?」 「他の場所で、確実に方法のわかる場所を知ってるんですか?」  重ねて問うが、アルフォートは「いいや」と首を振る。 「だが、良くも悪くも王都には多種多様な情報が集まる。何かを知りたいなら、王都 に行くのが一番いい」 「……さっき、国民から広く情報を募ることはない、とおっしゃいましたね。通達を 受け取ってるのは極一部の人間だけということですか?」 「通達に“極秘”とあったからな。広く募るつもりなら、ジータリィの村人たちに伝 えるよう指示がある。が、それがなかった。極力隠密にコトを進ませたいんだろうさ」 「異世界からの人間の存在が、国民の混乱を引き寄せるからでしょうか?」  理由として考えられるのはそれが大きいかと思ったが、「まさか」と一蹴された。 「確かに多少の混乱はあるだろうが、人間を襲う化け物じゃあるまいし、そこまで隠 すほどでもない。実際に危険もないようだしな」  俺と佐上を見比べて、そう判断する。 「連中が隠したいのはもっと別の何かさ。それが何かはわからないが……用心するに 越したことはない」 「とりあえず、王都行きは決定か」 「そうだな。ここから王都まではどれくらいかかるんでしょうか?」 「慣れてる者でも、森を抜ける時間も含めれば十日以上はかかるだろうな」  つまりは、最低でもあと十日は帰る方法さえわからないということか。  王都に着いたところで、すぐにわかるとも言えないし……まだまだ、前途多難は続 きそうだ。 >>> MENU? or BACK? or NEXT?




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