*** 世界を救う君に
   > Ritt‐1  門の手前で、背負ってきた荷物を下ろす。  夜明け―――ようやく顔を出した太陽が、王城を縁取っていく。その様をぼんやり 眺めながら、この先に待ち受けている何かに思いを馳せる。  何か、だ。  明確に表す言葉なんてない。あるいは、情に深く生真面目で、尊敬に値するが同じ 道を歩みたいとは思えない―――周りから見れば、俺も同じ道を選んだように見える らしいが―――俺とは正反対の父親なら“運命”と呼ぶかもしれないが。  今回、リーフルーブスの第三王子であるアークスの供を仰せつかったことは、嫌で はない。王城で魔法士としての仕事を強制させられるよりは、ずっとマシ。世間知ら ずの王子様を連れての旅は大変かもしれないが、王城で頭の固い連中と顔付き合わせ てるよりは、よっぽど精神的に健康ってもんだ。  特に、アークスは三人の王子の中でも、日頃から話しやすい相手でもあるし。  王子の供は大いに結構。今まで命じられた仕事の中では、俺基準で上等の部類だ。 危険もあれど、思い切り羽を伸ばそうと思う。気は、抜けないが。  旅をする王子の身を守るのは俺一人。  他には誰も来ない―――何故だ?  第三王子……王位継承はまずないにしても、他でもない王の実子。  にもかかわらず、たった一人の供を連れて、異世界から来た人間を捜せという。  ……何を考えてんだ?  王も親父も。常識ハズレにも程がある。  最初にその話を聞かされた時は、正気を疑った。俺の放蕩ぶりなんて目じゃないだ ろ。思わず「大丈夫か?」なんて訊きそうになった。その瞳の真剣さに、言葉は飲み 込んだが。俺は今でも疑問に思ってる。話を一通り聞いた今でも。  ―――コトの起こりは一昨日。  いや、実際にはもう少し前から準備は進められてたんだろうが、俺が知ったのは一 昨日だった。一昨日の朝、大規模な魔法を使うことを知らされ、もしもの時の為に待 機を命じられた。  実際に魔法を行ったのは、誰よりも管理者である親父に忠実な―――何があっても、 王よりも親父の指示を優先させるに違いないほどに管理者カウチ・ルードに忠誠を誓 っている筆頭魔法士。彼―――ネイチェル・トフカは、表向きには王を立ててはいる が、それも親父の立場を慮ってのことだ。トフカ本人から聞いたわけじゃないし、見 てればわかると言えるほど殊勝な態度があからさまでもないが、俺の勘。  とはいえ、今回のことはもちろん、王の命令だが。  ウィリース国が、各国に戦争を仕掛けようとしている―――根の確認までは出来て いない噂だったが、葉はよく育っていた。見かけ、もっともらしい噂。  俺もまた、どちらかといえば十分に有り得る話だと思ってる。  歴史を紐解けば腐るほどある事実だし、権力を手に入れた人間の欲なんてのは際限 なく膨張していくものだ―――その話をすると、親父やアークスは控え目にも俺の偏 見を指摘する。  ……確かに、権力者のすべてがそうだとは言わないが。  決して珍しい話じゃないのは、親父たちも認めるところだろう。ただ、自分の仕え る相手が、あるいは自分の親が、そうではないことを信じたいだけだ。俺にはそんな 感傷はないが。誰だって、道を誤る可能性は持っている。一生に一度も失敗を犯さな い人間などいるものか。  だから、今回コトの発端となったのは、たまたまウィリース国の王だっただけ話で ―――それが、他国や我が国の王だったとしても、俺は驚きはしない。  ……元より、リーフルーブスの国王が特筆するほど優れた王だとは思ってないが。  それでも、意図的に自分の印象を良くする為の奸智には長けている……いや、ひね くれた俺には“奸智”に見えるってだけで、実際のところは……まあ、印象はヒトそ れぞれだからな。  だが、俺の印象からすれば、実の息子をたった一人の供付だけで旅に出すのは、何 か裏があるとしか思えない。アークス王子からすれば、望みを叶えてもらえて単純に 喜ばしいだろうが。  そんな常識ハズレを、自称良識派たちが黙って見過ごすとも思えない。非難は絶対 に出る……にもかかわらず、許可を出す理由―――異世界人を捜す為、なんて尚のこ と言えるわけがない。勉強の為……それが一番妥当だろうが、納得するだろうか?  納得、させるのか?  異世界人の未知なる力を以って、他国に侵攻しようとしているウィリースの企みが 現実のモノとなったとしても、切り札を先にこちらが抑えていれば恐れることはない。 その立役者として、アークスを据えるとしたら……王は、アークスに何を望んでいる んだ? 「リッティルト!」  顔を上げると、息を切らせながら走ってくる王子が見えた―――だけでもない。  その意味を考えると、ため息の十や二十吐きたくもなったが、ひとまず我慢する。 確認し、理由を聞いてからでもきっと遅くはない。 「ごめん、ちょっと支度に手間取って」  申し訳なさそうな声音だったが、上気した顔には堪えきれない喜びが窺える。  理由はどうあれ、旅に出られることがよっぽど嬉しいらしい。 「構いませんよ。出発時刻は“夜明け”としか申し上げてませんから」  太陽はようやくその全姿を現したところだった。  早々に出発したい、と王子からの要望もあり―――最初は夜のうちに、とまで言わ れたが、さすがにそれは譲歩してもらった―――とりあえず、夜明けの出発を決めた。 指定が大雑把なのはいつものことだ。 「よかった。え〜と、それじゃ行こうか、リッティルト」  ……あえて触れずに、そうくるか。  ぎこちない笑顔を向けてきたアークスに、俺は意識的にニッコリと返して言う。 「お見送りを受けての出立ですから、さぞ前途有望な旅となることでしょうね」 「…………」  踏み出そうとした足を止め、すくめた首をゆっくりとこちらに向ける。 「やっぱりダメ?」 「いいじゃない、ちょっとくらい!」  窺うアークスの声を遮って、朝の静寂の中、少女の高い声は余計に響く。  声の主―――末っ子で第一王女である姫君は、頬を膨らませて眉を吊り上げる…… 俺が怒られなきゃならない筋合いは爪の先ほどもないと思うが。 「私だって、国の様子を見てみたいわ」 「姫様。詳しい事情はお聞きになってますか?」 「事情? お父様が、町や村に出て勉強したいというアークス兄様の申し出を聞き届 けてくださったのでしょう?」 「……アークス王子」 「う……はい」 「国を回るということの意味をご理解いただけてると思っていたのですが。まして、 今回の目的……どれほどの危険があるか、私にも明確には申し上げられません」  淡々と語るほどに、王子の肩が下がっていく。  このあたりの素直さは、アークスの長所だろうが。  一方のサリア姫は、怪訝そうに眉をひそめた。 「……ただの勉強ではないの?」 「勉強するだけでも、危険は伴うものです。街道を歩き、時には森を通らねばなりま せん。獣、人間、その他自然には予測できない危険があるのですよ」 「それは、わかってるけど……」 「姫様の想像以上に、です」 「…………」 「国王やお妃様のお気持ちもご考慮ください。姫様の出立の許可は、得られてはいら っしゃらないでしょう」  目に見えて、サリアは落ち込んでいく。  この姫君は昔から、兄たちの―――特にすぐ上のアークスの後をついていくのが好 きだった。同じコトをしたがり、同じモノを欲しがる。兄弟においてはよくあること だろうが、彼女は兄妹四人の中でただ一人の女の子だ。時に相応しくないコトやモノ も当然あった。  それを諦めさせるのは一苦労だったが、さすがに年を重ねれば自分での分別もつく ものだろう。聞き分けもよくなったと…… 「リット、無理を承知で、サリアも一緒に連れて行けないかな?」 「……王子」 「アークス兄様?」  頭を抱えたくなった。  せっかく本人が納得しかけてたところに何を言い出すんだ、この王子は!?  ……いや、まあ、心情は予想できないこともないが。 「いつも二人で話してたんだ。いつか城を出て、自由に国を見て回れたらいいのにっ て。同じ気持ちなんだ。僕だって、サリアと立場が逆だったらきっと……」 「妹想いでお優しいことですね、王子。ですが、その優しさをもっと現実に向けては もらえませんでしょうか?」 「……現実?」  サリアの方もわからないらしい。  兄妹揃って首を傾げる……ホントに良く似た兄妹だ。 「先ほど申し上げたとおり、城の外は多種多様な危険が存在します。城の外に出ると いうことは、それらの危険に御身を晒すということです。可愛い妹君の御身を」 「っ……それは……」 「待ってよ! 危険なのはアークス兄様も同じでしょう。私のことばかり気を遣って もらう必要はないわ!」  それを承知で行きたいのだと。  ……まったく、一度は従いかけたのに、兄の一言でより決意を固めたか? 「無理はしない。リットの指示にはちゃんと従う。勝手な行動は取らない。それから それから……自分のことは自分でする。私にだって出来るわ。二人に迷惑はかけない ように頑張るから!」  肩を張って、真剣に主張する。  ……やれやれ、仕方ない、か。  居住まいを正し、俺は表情を消して恭しく言う。 「王族の命令に従うのが我ら臣下の務めです。お二人の身を守れ、と命じられればこ の身を挺してでもお守りいたします。お二人の供をして旅立つからには、必ず大事な く再びこの王都にお二人をお連れすることも、我が務めとして果たしましょう」 「じゃあ……」  俺の言葉にサリアはその顔に笑みを広げようとしたが、アークスは「待って」と神 妙な顔で割って入ってきた。 「僕のことはいいから。リットはサリアだけを守ってあげて。サリア一人なら、“身 を挺して”まで成すことにはならないよね? リットも無事でなければ嫌だよ」 「……リットに何かあるのは嫌だけど、でもアークス兄様が一人でなんて……でも」  泣きそうな顔でうろたえる姫君の頭を、王子は困ったような笑みを浮かべてなでる。 大丈夫だから、と言い聞かせ、でも今の発言を譲る気はないのだろう。  そんな二人を見てると、さすがにイジワルが過ぎたかと反省もする。  不安は多いが、二人の決意は見えたことだし、やっぱ仕方ないよな。それに、俺は この姫君も嫌いじゃない。嫌悪を感じることの多い王城での人間関係の中で、この兄 妹との会話は単純に楽しいものだしな。  ……問題は多々あれど。 「承知いたしました。お二人の主張は存分に考慮いたします。が、姫君の同行で出発 の前に片付けなければならない問題が生じてしまうことをご理解いただけますでしょ うか?」 「問題って?」  不思議そうに、サリアが首を傾げた。  同行の許可を得た嬉しさに、ついさっきまで話していた内容さえ飛んでしまったら しい……さすがに、アークスが苦笑しながら指摘を返す。 「何も告げずにサリアまでいなくなったら、皆が心配するからね」 「あ……でも、他のヒトに告げたら……」 「反対されるでしょうね。部屋に連れ戻され、存分にお説教というところでしょうか」 「う、それは……」  容易に想像できたらしく、嫌そうに顔をしかめる。  どうしようと二人で悩む様をしばらく眺めてから、簡潔にその件に関しては手があ ることを告げる。多少面倒臭いが、俺も伊達に魔法士の立場にいるわけじゃない。  だから、俺の指摘は別のこと。 「とりあえず、姫様? その荷物ですが……」 「小さくまとめたでしょ? これなら自分で持っていけると思うの」  確かに、姫君の小さな背に収まった荷物は、必要最低限に収めた点では評価できる。 得意げに胸を張るのも認められる、が。 「見た限り、道中に必要な携帯食料や薬まで入ってるとは思えませんが。それらも含 めて、その荷物に収められたのでしょうか?」 「え?」 「路銀も王子と私、二人分しかございません。当然、それらはご自身でご用意いただ けているのですよね?」 「…………」  笑顔を固まらせて、言葉に詰まる姫君。  イジワルだとは思うが、こちらも笑顔で返答を待ってみる。  前途多難な道中……これくらいは俺のお楽しみ、ってことで。 >>> MENU? or BACK? or NEXT?




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