*** 世界を救う君に
   > Naoya‐4  とりあえず、別行動。  栢山の提案に同意して、俺だけ一度ジータリィ村に戻ることにした。  役割の分担は、栢山がこの世界の基本的な知識をアルフォートから学び、俺は王都 に行くのに必要な物資の調達。一日でも早く本来いた世界に戻りたいけど、焦っても しょうがない……ってのは、栢山の言うとおりだ。  知識も何も持たずに行き倒れ、なんて……最初の森の徘徊だけで、懲りた。  最低限の知識と食料と旅費。  今のオレたちに、一朝一夕で揃えられるモノじゃない。  知識は栢山に任せるとして―――人間、向き不向きはある―――オレはオレの役割 を果たそう。しばらくは宿をお世話になるだろうジャンシーさんに相談すれば、何か しら手はあると思うし。アルバイトなんてやったことないけど……まあ、どうにかな るだろ、うん。  歩きながら考えて、意識の端では前を行く少女を見失わないよう気をつける。  アルフォートの娘―――ミルシェって言ったっけ?  話してる間はずっとアルフォートの背中に隠れ、眉尻を下げてチラチラとオレらの 様子を窺っていた少女―――たぶん、オレらより四つか五つ年下くらいかな。得体の 知れないオレたちに恐怖感を感じるのは無理ないし、この道案内もアルフォートに言 われて仕方なくやってるんだろう。  オレが村までの道が不安だと言ったばっかりに……悪いと思ってる。  ここは、一言くらい謝るとか礼を言うとか……  思いつくと、言葉をまとめるより先に「あ、あの……ミルシェ……?」と呼び止め ていた―――呼び捨てにして良いものか迷って、中途半端に語尾が弱くなったが。  と、ミルシェは遠目にもわかるほど大きく肩を震わせて、足を止めた。  ……怯えてる?  軽率だったかと反省しかけたが、呼び止めてしまったものはしょうがない。これ以 上は怯えさせない為にも、さっさと謝罪して村への道を急ごう。  そう決めて、ゆっくりと振り返った彼女に、オレは出来るだけ優しく語りかけた。 「え〜と、ごめんな。その、二度も道案内してもらって、余計な手間を……」  が、言い終わる前に、ミルシェは慌てたように首を左右に振った。見てて、その細 い肩から首が落ちるんじゃないかって心配になるほど、激しく。  そして。 「……ごめんなさい」  声は小さくて掠れていたけれど、微かに耳に届いた謝罪。 「な、んで、君が謝るの?」  その顔が今にも泣き出しそうで、問い返す声が震えてしまう。  でも、いきなりそんな顔されてもっ……何、なんで? 緊張が行き過ぎて、とかそ ういう? つーか、やっぱり話し掛けるべきじゃなかった!?  年下の女の子と話す機会なんて、まずない。  妹はいないし、親戚にも下は男だけだ。クラスの妹のいるヤツに聞くと、可愛いと か生意気とか意見はそれぞれだけど、扱い方までは当然聞いたことないし……こ、こ ういう場合、オレはどうしたらいいんだ!?  頭の中ではグルグルと考えながら、思わず次の少女の返答に備えて身構えたが、ミ ルシェはもう一度同じ言葉を繰り返した。 「ごめんなさい」  さっきよりもさらに小さく、顔を俯けてしまった為、語尾はほとんど聞き取れなか った。でも、声とは別に届いたモノがあった気がして、オレは戸惑いつつもゆっくり と声を掛ける。 「あ〜、いや別に謝らなきゃいけないのはオレであって、君は何も……」  けれど、ミルシェはまた首を振る―――今度はさっきほどの激しさはなくて、ホッ とする。あんなに強く首を振ってたら、ホントにいつか首が取れてしまいそうで見て いられない。  ……それにしても、会話をするには随分距離があるな。  ざっと十メートル……は、さすがにないかな。でも、それに近いと思う。近づいた ら、逃げられてしまうだろうか?  ちらと思ったが、この距離では話づらい。ミルシェの声は小さいし。なので、試し に一歩踏み出してみる。 「…………」  途端、ミルシェはハッとしたように、顔を上げる。  ……う、ダメ、かな。  一応、訊いてみることにする。 「もう少し、近づいても……いい?」 「…………」  戸惑いは見えた。  でも、彼女はやがて小さく頷いてくれた。  隣りに並んでみると、少女の小ささが尚のことよくわかる。  オレも決して大きくはないが―――悔しいことに、高2男子の平均には四センチほ ど届かない―――そのオレの肩ほどもない。そんな子と並んで歩くなんて、もちろん 初めてだ。  村への道をまた辿り始め、わずかに少女が先を行くが、さっきまでに比べれば並ん でると言える距離。緊張は相変わらずなようだったが……まあ、それはお互い様だ。 「え〜と、ミルシェは……って、呼び捨てにしちゃってるけど、ミルシェちゃん、の 方がいい?」  訊いてみるが、彼女は首を左右に振る。 「そか。あ、オレは直哉って言うんだ。名乗ってなかったよね。オレも呼び捨てで全 然構わないから」  明るく言ったが、少女は困ったように顔を歪める―――そりゃまあ、言われたから って年上相手にいきなり呼び捨てできるような子には見えないな。失敗。  誤魔化すように笑って、はたと止まる。  この先の話題を考えてない。「ごめんなさい」の意味は訊きたいが、また泣きそう な顔で謝られてしまったら、今度こそ場の雰囲気に耐えられなくなりそうだし。  ……どうしよう、これじゃ並んだ意味がない。 「あ、と……ミルシェは、最近王都からこの村に来たんだって?」  ぽっと浮かんだコトを口にしてみる。こうしてれば、村に着くまでの場つなぎくら いにはなるだろう。  こくりと頷く少女の表情に変化がないことを確認して、少し気持ちが軽くなる。少 なくても、今は話すのを嫌がってるようには見えない。 「こっちでも転勤って珍しくないのかな……転勤とは違うか?」  ボソボソと疑問が漏れたが、控え目に見上げてくるミルシェが首を傾げているのに 気づいて、慌てて言葉を繋ぐ。 「最近引っ越して来たってことは、学校も変わったんだよな? 転校ってやっぱり緊 張する? オレは経験ないんだけど、クラスに転校生はいたから話を聞いたりはした けど……」 「…………」  ミルシェは変わらず首を傾げている。 「……え〜と、この国に学校って……ない?」  まさか、と思いつつ訊いてみると、ミルシェは首を振る―――学校はある。 「ってことは、あるけどミルシェは行ってない?」  これには頷く。  ……義務教育はないってことか? ちょっと羨ましいな。  けれど、ミルシェは少し悲しそうに呟く。 「“判定”に選ばれないと、学校には行けない。母様みたいに……なれない」 「…………」  軽く考えてしまったことを反省する。  その“判定”ってのがどんなものか知らないけど、試験を受けるとか適性の検査と か、きっとその類のことだろう。  母親であるアルフォートは学士ってくらいだから、きっとその“判定”とやらで選 ばれた。でも、その血を引いてるはずの娘は選ばれなかった。それに対する非難とか ……そこまでは行かなくても、近所の噂話の種になるとか、どこの世界にもあるって ことかな?  ……周りに何を言われても、本人にはツライ。  特に、ミルシェがアルフォートを慕っているだけに―――二人きりの母娘なら、そ れも当然かもしれないが―――余計に気にせずにはいられないだろう。  つまり……地雷を踏んだ。  今のは訊いちゃいけなかった。今日初めて会った相手に、そんな深いとこまでいき なり訊かれたくはないよな。ああ…………またしても失敗。何やってんだ、オレは。  ……話題はもっと慎重に選ぼう。  はあ……会話でこんなに苦労するなんて、初めてだ。  考えてる間にも村への距離は縮まる。あとどれくらいだろうか?  と、控え目な小さい声が、耳に届く。 「……たのしい?」 「え?」 「学校。楽しいところ?」 「う〜ん、まあ楽しいっちゃ楽しいけど。イロイロと面倒も多い。オレは勉強って特 に好きじゃないし、もちろん得意でもないし。でもオレたちの世界って、子供は学校 に行くのが当たり前でさ。こっちの仕組みはよくわかんないけど、勉強なんて本当に やりたければ個人でもやればいいんだし、学校なんか行かなくったって問題ないと思 うけどね」  ……なんて、親や先生には絶対に言えないけど。  せっかく初めてミルシェから訊いてきてくれたことだし、ちゃんと答えてあげたい けど……今の答え方でよかっただろうか? いまいち……な気もするが。  けれど、ミルシェは小さく頷いて。 「やっぱりそうなの? 母様や兄様と同じ答え」  学校なんか行けなくても気にするな、と。  ……そりゃまあ、学校に行けないせいでここまで落ち込んでる子に、学校に行けな いことを責めるようなことは言えないだろ。いくらなんでも。  この世界の“学校”の意味がわからないから無責任なことは言えないが、それでも、 あの母親や兄の言ったことを信じる手助けになるなら、良かったんだよな、これで。 「……って、兄? ミルシェは一人っ子じゃないんだ?」 「兄様は、母様の子供」 「いや、それはわかってるけど。今は一緒に暮らしてないの?」  訊いてから、また失言だったかと後悔しかけたが、「学校で勉強中」と答える声に 懸念した色は混じらなかった。  ひとまず安堵して、質問を重ねてみる。 「学校ってどこにあるの?」 「王都」 「だけ?」  ミルシェは肯定を示し、「“判定”で選ばれたヒトはみんな寮に入るの」と説明し てくれる。 「へえ。てことは、王都にいた頃でもお兄さんにはなかなか会えなかったとか?」  頷き、「だから寂しい」と呟く。  その顔が一瞬、妙に大人びて見えて、戸惑った。  ……気のせいか?  ハッとして見直した少女の顔は、やっぱりまだ幼い。  ……錯覚……だよな。  それで納得したところで、ミルシェは不意に前方を指差した。 「着いたよ」 「え、あ……」  まだ少し距離はあるが、木々の間からわずかに家々が覗いている。  見慣れた……とは言えないが、見覚えのある人家に安堵する。ここまで短いような 長いような妙な時間だったが、最終的にはミルシェも少しだが心を開いてくれたみた いだし。この世界のことも少し聞けたし……よしとしよう、うん。  といって、これからしばらく滞在する上で、オレたちに必要なモノを得たとは言い 難いが。 「ありがとう。助かったよ。森の中ってやっぱり方角がわからなくて」  自分で言ってて情けない。  思わずうな垂れると、ミルシェが初めて微笑を見せて首を振った。 「わたしも……ありがとう。お話できて、よかった」 「……そっか。なら、良かった」  今度こそ、心底安堵した。  お互いに笑い合って、場が和む。  ……そういや、この世界のヒトとこうやって一対一で話したのってミルシェが初め てだな。ジータリィ村でもアルフォート相手でも、会話の実権はほとんど栢山にあっ たし―――いや、そんな大袈裟な話でもないけど。  栢山にはなんだかつい頼ってしまう。任せても大丈夫だと思えるし、会ったばっか りだけどイイ奴なのはわかるし。年はひとつしか違わないのに、大した違いだ――― これも情けない話だが。  でも、今は別行動。  そうだ。こういう時こそしっかりやって、自信を回復させとかないと。そりゃもう、 男として。オレだって……  知らず拳を固めたその時。  不意に、鐘が鳴り出す。 「っ!?」  カンカンカン……と、続く音。  音源は、ジータリィ村だろう。 「! 火事」  ミルシェが指差した空に、細いが煙が上がっている。 「なっ…………ったく、消防車なんてのは当然ないんだろうな」  舌を打って、オレは駆け出した。後からミルシェがついてくる気配を感じ取りなが ら、まっすぐ村を目指す。  消火作業なんて当然やったことないけど。  考えるより、まず行動。非常事態の鉄則ってことで。  ……それでも、走りながら頭にはバケツリレーをする自分の姿を思い浮かべてたり した。 >>> MENU? 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