*** 世界を救う君に
   > Aoi‐4 「不幸だ」  呟いて足を止める。 「たった一晩……一ヶ月以上も会えなかったのに、たった一晩しか……」  来た道を振り返って、嘆き始める。  さて、旅立ちから約一時間、私は何度同じセリフを言わなきゃいけないんでしょう かね?  彼に訊いてみたいが、明確な数字を出されても、それはそれですごく嫌だ。気が済 むまで、とか答えられるのもウンザリだし、でも、これで最後だなんて答えは絶対に 得られないだろうことだけは明白……何度考えても、そう思う。  だから、私は仕方なく同じセリフを繰り返す。 「今からでも戻る? 地図はあるし、私は一人でもなんとか……」 「それは駄目。リウリに怒られる」 「あそ。リウリのお願いは確実に叶え、約束はきっと死んでも守る気だ。ジェイクが 言ってた通りね」  それ故に、彼―――ディラトゥールに何かをさせるのはとても簡単だ、とジェイク は結んだ。異世界の人間を捜しているという国王からの通達の話を聞くついでに…… というか、ジェイクはこちらが頼みもしないのに、アレコレ教えてくれた。  ディラトゥールには悪いけど、おかげで道中やりやすそうだな、とかちょっと思っ た。いちいち足止めされるのは、難点だけど。 「この世界のことを知らないアオイを一人で王都まで旅させるなんて、リウリの心痛 を考えたら、出来るわけないだろ。オレが責任持って、絶対にアオイを王都まで送り 届けるって」  ……ホントに、リウリ中心にしか考えられないわけね。 「あ、元の世界に帰る方法が見つかったからって、そのまま帰るのはナシだからな。 一度は絶対フラムに連れて帰る。リウリに黙って帰るなんて……」 「当たり前でしょ。私がそんな恩知らずに見える?」  わざとらしく、大袈裟に眉を吊り上げて訊くと、ディルは笑って「見えない」とあ っさり言った。  ……なんで笑うかな。 「リウリのヒトを見る目は確かだから。リウリが信用して世話を焼こうとする相手に 悪いヒトはいないよ」 「……なるほど」  呆れた。  リウリに対しては全幅の信頼を寄せて、私はそういう信用のされ方をするわけだ。 そういえば……ディルに隠れて後でこっそり耳打ちしてくれたジェイクの言葉を思い 出す。 『さっき言ったことだけど、リウリに関してはこいつとことん純粋だから。何かをさ せるのは簡単だけど、罪悪感も覚えるよ。これでも、二人には幸せになってもらいた いと思ってるもんでね。ディルにはそんなこと言えないけど』  ディルの気持ちは、一歩間違えば行き過ぎて危ない気もしないではないけど、リウ リもまんざらではないように見えたし。忠犬並のディルの行動を見てると、報われて ほしいとも思える。 「ほんとーに、リウリのことが好きなのね」 「もちろん!」  臆面もなく、満面に幸せそうな笑みを浮かべて言う。  見てるこっちが、恥ずかしい。  その後に続くリウリの長所や自慢は、歩きながら聞き流す。いいかげん聞き飽きた ……私、ディルと出会ってまだ一日しか経ってないんだけど。それで既に聞き飽きて るってどういうことだろう?  ちょっと真剣に考えてしまった。  でもこればっかりは、考えても仕方がないことなんだろう。きっと。相手は他でも ないこのディラトゥールだし。 「……ただのリウリ馬鹿」  思わず呟くと―――本当に小さな声だったはずなのに―――ディルは血相を変えて 「リウリは馬鹿じゃないぞ!!」怒鳴った。  失言。 「リウリはな、オレなんかよりずっとずっとずーっと、頭がいいんだからな。冷静だ し判断は的確だし、オレなんかよりずっと……」 「ストップ」  まくしたてるディルのアゴを下から押し上げて、強制終了。  力任せに逸らせた首が、グキ、とか鳴った気もするけど……まあ、大丈夫でしょ。 たぶん。 「ディルには悪いけど、見た限り……どう見ても、ディルよりリウリの方が頭良さそ うに見えるわよ。だから、今言ったのはリウリの悪口じゃないの」  キッパリ言うには躊躇われる内容だけど、このディル相手だとこれくらいハッキリ 言っておかないと、また勘違いを生まないとも限らない。  妙な音を立てた首の調子がおかしいのか首を抑えていたが、私の言葉を聞いた途端、 パッと私の両肩に掴みかかってくる……って、えっ!? 「ちょっ……待ーっ!」 「本当にそう思う!?」 「…………は?」 「オレなんかより、リウリの方が頭良さそうに見える!?」 「え……うん」  あまりの剣幕にビクビクしながらも頷くと、ディルは感極まった顔をカクンと俯け て肩を震わせる。私の両肩に掛けられた手はそのままで、力がこもってくる。 「っ……イタッ、ディル、肩イタイってば!」 「うん。アオイって、やっぱり良いヒトだな」 「はあ? いや、だからそんなに力入れたら、肩折れる!」  叫んだけど、ディルは聞いているのかいないのか―――たぶん、聞こえてないんだ ろうけど―――次に上げた顔は、本当に嬉しそうな笑みを浮かべていて。 「ありがとう」  心のこもった礼を言われた。  ……さっぱり、わけがわからない。 「さあっ、いざ行かん、王都リーフスへ!」  何故かいきなりやる気に満ちたディルは、先導して足を速めた。  まったくもって、彼の思考展開は理解できそうにない。こんなんで、この先王都ま での道中は大丈夫なのかな〜?  大きな荷を背負った後姿を見ながら、ため息は止まらない。  まあ、いちいちリウリ恋しさに背後を振り返って思いを馳せる……ってのは、止め たみたいだけど。やる気が出たのはいいこととはいえ、安心なんて出来ない。 「う〜……ねえ、ディル?」  とりあえず、気持ちを切り替えたディルがやる気を出してる間に、いくつかの疑問 でも解消しておくか……リウリのお墨付きがあるとはいえ、ディルに頼りっぱなしっ てのも心もとない。いつ何があるかもわからないし。  駆け足でディルの横に並ぶと、まずその腰を指で示す。 「それ。護身用って言ってたけど、やっぱりモンスター対策?」  出立前に抜いて見せてくれたのは、両刃の剣だった。シンプルで、ゲームとかで見 たモノほどには装飾のない剣……手入れはちゃんとしてるらしく、しっかりとした刃 の輝きは少し恐怖心を刺激した。  上背と肩幅のある体格は、剣を腰に携えるのもすごく様になっている。実際の腕は どうあれ―――まだ剣を振るってる姿は見たことないけど―――伊達に、旅慣れてる わけじゃないらしい。リウリリウリ言ってる姿からは想像もつかないけど。 「モンスターは確かに危険だけど、ここから王都までの道中には棲息地域は通らない よ。身を護らなくちゃならないのはモンスターなんかからじゃなくて……」  と、説明は最後まで言えず、私たちは不意に近づいてくる騒音に気づいて、顔を向 けた。 「向かって来るな」 「何?」 「……馬、だな」  妙に落ち着いてるディルにつられて、私も冷静な気持ちで目をしかめた。  馬……私の知ってるそれとは微妙に違うけど―――遠目にも、たてがみはなく全身 に長すぎも短すぎもしない毛が生えてるように見える。それが二頭、土煙を上げなが ら右手方向から駆けて来る。背に、ヒトを乗せて。 「……って、このままだとぶつからない?」  まっすぐ向かって来てるように見えるんだけど?  身体を引きかけたが、その肩を抑えて、ディルは首を振る。 「いや。この角度なら下手に動かない方がいい」  信じていいのか、その言葉を……問い返したかったけど、それより先に馬が駆け抜 けていく。 「ひゃっ!?」  予想以上に近いところを抜けて―――鼻先、とは言わないが、動くなと止めてもら って良かったと思える距離で―――二頭は急停止した。嘶いて、後ろ足で大きく立ち 上がる。  その迫力に、私は言葉も出ない。  ……いったい何事?  唖然として見上げた先には、やたらと色気を強調した―――露出の高い鎧に見を包 んだ女性がいた。馬上から不敵な笑みを向け―――こういうのを妖艶って言うんだろ うな―――手綱は左腕に絡ませたまま、空いた右手で、その細い腰の脇に下げた細長 い剣を引き抜いた。 「っ!?」  ……だからっ、何ーっ!?  目の前に剣を突きつけられる直前、私は襟元を後ろに引かれ―――すぐ前に立った ディルの姿を認めて、彼に庇われたのだと知る。  ディルの体に隠されて、突きつけられた剣先が見えなくなったのは一瞬。  私に見えたのは、ディルが剣を抜いた動作だけで、金属のぶつかり合う音が二度高 く響き、後は空に舞い上がった輝きひとつ―――細長いそれは、太陽の光を写して瞬 いた。  地に落ちて乾いた音が耳に届く。と、同時にもう一頭の馬上から―――乗っている のはディルと同い年くらいの若い男―――口笛が飛んだ。  飛んだ剣とディルの背中、そして口笛の主を順に見比べてから、私は恐る恐るディ ルの背中の向こう側へ視線を伸ばした。ディルの背中越し覗き込んだ先……ディルの 手に握られた剣は女性の喉下に突きつけられ、女性はそれにも関わらず変わらぬ笑み を浮かべていた。  振り仰いで見たディルの顔には、呆れ。  ……何なの?  見た限り、剣を持ち出してる割にはこの場に緊張感はない。  そして。 「合格?」  言ったのは、ディルだった。 「遅いから、今回は無理なのかと思ったんだけど」  剣を柄に戻し、一歩引く。と、そこに女性が降り立って笑う。 「まさか。私に不可能なんてないわ」 「そそ。さすがの姐さんも、まさかあのディルがたった一晩で次の旅に出るとは夢に も思わなかったってわけで。リウリに愛想尽かされて傷心の旅?」  からかい調で男が言うと、途端、ディルの絶叫が響く。 「んなわけあるかあーーーっ!! リウリに愛想尽かされるなんて、そんな……そん なそんな……そんな恐ろしいことになったら、オレは生きてない!」 「……あんたの場合、冗談に聞こえないわね」 「こればっかりは、本気も本気。キャシィこそ、冗談でも言っていいことと悪いこと があるだろうがっ」 「言ったのは私じゃないってば。あんた、ホンットにリウリのこととなると途端に周 りが見えなくなるっていうか、突っ走るわよね、頭が」  ……それは同感。って、そうじゃなくて! 「ディル!? これはいったい何事なわけ?」  無理矢理、肩を掴んで振り向かせると、ようやく私の存在を思い出してくれたらし い―――そもそも一時でも忘れられちゃうってのはどういうことよ?  諸々を込めて睨みつけたが、ディルが答えるより先に、馬上の若い男が口を挟む。 「そそ。そんな見ない子と一緒だしさ。新しい子と傷心の旅で慰めてもらうとか……」  ひゅっ―――聞こえたのは、空気を切り裂く音だったか、はたまた男の喉から漏れ た空気の音だったか……たぶん両方だろうけど。  馬の下と上……その高低差など物ともせず、ディルは抜き身の刃を男の首筋に突き つけていた。そして、唸るように言う。 「誰が、誰と、なんだって?」 「はっはっ。ま、そんなことあるわけないけどなぁ、このディラトゥールに限っては」  誤魔化しではないらしい。  剣を突きつけられてるにも関わらず、男は軽い口調を改めず、笑って言った。  …………変。  思ったけれど、男はやっぱり笑うだろうし、ディルはしばらく他のことに耳を貸す 余裕はなさそうだった。そして、そんな二人の様子をこれまた楽しそうに眺めている 女性も、同類だとは思うけど、他人事のように笑うんだろうな。  容易に想像できて、警戒心を盾にする必要はないかな……頭の奥でぼんやり思い、 説明は黙って待つことにした。  こればっかりはどうしようもない。  絶対。間違いなく。ある意味、自己中心的な人間が揃ったのだろうから。  妙な確信を持ててしまう自分が、不思議だけどね…… >>> MENU? or BACK? or NEXT?




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