+++ プラマイゼロの法則 +++

   =3=  ―――仲間。  その言葉に動揺して、「バカ言うなよ」と笑い飛ばしそうになった。  裏切るか裏切られるか―――警戒して、他人に深入りしないのが当たり前だったから。  一体どんな出会い方をすれば、ストレートに偽りなく恥ずかしげもなく、好意的な言葉が 出せるのだろうか……カイトにはわからなかった。  マイナスとゼロ。  プラスが絶対的な信頼を寄せる、仲間。  どんなヤツらか知りたいと思う一方で、興味などないと突っぱねたい自分もいて。  ガキっぽい葛藤が、苦笑を誘う。  バカらしい……そう思って、考えるのを止める。  実際、考えたってしょうがない。興味があろうとなかろうと、このまま無事に脱出できた としたら、プラスは無理にでも引き会わせようとするに違いないのだから。  会って、どうなることだとも思えないけれど。  ―――この敷地から無事に脱出できた後の行く先さえ、わからない。  そんな自分に気づいて、カイトは愕然とする。  雇用主の元へは帰れない……帰ったとしても、先はない。  しかし。 (契約はどうなったんだ? これで果たされたと思っていいのか?)  もし、果たされていないとしたら……カイトは、その可能性に眉をひそめる。  カイトがこのまま逃げれば、雇用主はカイトが死んだものと判断するかもしれない。その 場合、契約が残っていたら、それは……  次に契約を背負わされるかもしれない人物の顔を思い浮かべて、心が揺らぐ。  カイトの脱出後の行き先―――わずかでも彼女に突きつけられる可能性があるとしたら、 それは考えるまでもなく……選ぶ道は、ただひとつ。  彼女の安全を確認するまでは……  最初気づかなかったが、モーターが低い音を立てて稼動している。  ボタンひとつで開いた扉の奥は、見た目を裏切ってヒト一人が余裕で立っていられるほど の高さはあった。広くはないが、二人で乗るのに狭すぎることもない。出入りする場所を除 けば、普通のエレベーターだった。  プラスに続いて、カイトも身を屈めて乗り込む。 「……わざわざ入り口を小さくする理由がわかんないけど」  薄暗い電球ひとつの明かりで、かろうじてお互いの顔は見える。  しゃがみこんだまま呟くと、「念には念を入れ、ってことじゃないの」と操作盤を探しな がらプラスが言う。 「この物置は、普通の職員も使うのかもね」 「ふ〜ん」 「……そういや、これ何?とか訊かないんだね、カイト」  エレベーターなんてモノが必要な建物など、滅多にお目にかかれない。あったとしても、 金のない貧乏人はまずお払い箱な場所なのだが。 「一応、な。屋敷にあったし」 「屋敷?」 「雇い主の家。無駄にだだっ広い家だから」 「なるほど。その雇い主って、けっこう知られてたりする?」 「なんで?」 「ただの好奇心」 「……それなり、かな。詳しいことは知らないけど」 「名前、訊いてもいい?」  雇い主の、とようやく見つけたらしい操作盤のフタを外しながら訊く。  カイトは少し躊躇ったけれど、「トウジョウ」とだけ呟いた。 「トウジョウ? って、もしかして東條吾一?」 「……正解」  なんでわかるんだ? と訊ねたら、「有名だし」あっさりした答えが返ってきて。 「な〜るほどねぇ、東條だったら情報のミスはわざとだね。そっかそっか、カイトくんはや っぱり捨て駒だったわけだね」  などと、プラスはからかうように断言した。 「んなこと……言われるまでも、ない」 「自覚済みか。と、コレかな」  顔をしかめたカイトを一瞥しただけで、プラスは操作盤のボタンを押す。  ガクンと揺れたかと思うと、その後は大した振動もなく、エレベーターは下降していった。 ついさっき上がってきた四階分を、当然さっきより短時間で。 「一応、注意」 「は?」 「エレベーターから降りた途端に絶体絶命、とかなりたくないでしょ。ボケッと座り込んで ないで、扉が開く瞬間くらい構えてなさいっての」 「……あ」  別にボケてたつもりもないが、その指摘に慌てて立ち上がり、反射的に壁際に体を寄せる。 と同時に、扉が開いた。 「…………?」  扉の先は、闇。エレベーター内の電球の明かりが邪魔をしてか、何も見えなかった。それ でも、違和感を感じた一瞬。 「いる」  小さく呟いて、プラスはポケットから新たな筒を取り出す。  階上でドアのカギを開けるために用いた爆弾と同じモノに見えるソレを、またもピンを抜 いて放り投げた。カツンと軽い音が響いて、奥でヒトの気配が動く。  そして。  パッと光が瞬いた。 「っ!?」  一瞬だけど、強い光。  マトモに目に入れて、カイトは小さく呻いて目をつぶった。  けれど、一方のプラスはそのままエレベーターから飛び出して行く。気配で察して、カイ トは眩んだ目を無理矢理押し開く。が、微かに見えた背中を追う間もなく、エレベーターの 扉が閉じてしまった。「ちっ」舌を打って、まだマトモに見えないままに、手探りで操作盤 を探す。 (扉を開けるには……くそっ、見えにくいっての)  プラスが使ったのは目くらましに使う閃光弾だろう。  実際、潜んでいた連中が咄嗟に視界を奪われたとは思うが、カイトにはせめて一言欲しか ったと思う。またしても、説明を忘れてたとかする暇がなかったとか、そんな言い訳をする のだろうが。  なんとか回復した視力で、開閉ボタンを探し当て、急いで扉を開ける。  と、扉の先の闇は消えていた。  エレベーター内よりは明るい電球がひとつ、天井からぶら下がっている。そこは、階上の 部屋よりは多少広く荷物も少ないが、物置という印象は変わらない部屋だった。ただ、木箱 等の荷物は壁際に寄せられ、その影から意識を失ってるらしい警備員たちがノビている。全 部で、五人。  そんな部屋の中央で、プラスが振り返る。 「あ、出られた?」 「お前……」 「出る時、扉が閉まるなぁとか思ったけど、それどころじゃなかったし。まあいっか、とか」 「そういう問題じゃない!」 「まあ出られたわけだし」 「違う。閃光弾を使うなら使うって先に言え!」 「……ああ、そっちか。でも、セオリーかなぁと」 「持ってるかも知らないのに、わかるか!」  エレベーターから出る早々に、またぶちまけて。 「仲間の目まで眩ませて、どーすんだよ!?」  しかし、プラスはキョトンとカイトを見上げた。 「…………」 「なんだよ?」 「ふっふっふっ」 「……?」 「な・か・ま。確かに聞いちゃった」  にんまり微笑んだ。 「っ! い、今のは違う! 言葉のアヤだよっ!」 「ふっふ〜、仲間仲間。イイ響きよねぇ〜」 「だからっ!」 「照れない照れない。悪い言葉じゃないでしょ?」 「…………」  プラスは笑顔を見せたけれど、カイトは黙って視線を逸らした。  その表情に、プラスは肩をすくめて。 「……ふう。ま、そのうち、ね」  今日のところは勘弁してあげよう、などと殊勝な言葉を吐く。  対して、カイトは口を開きかけたが、咄嗟に浮かんだ言葉は打ち消す。代わりに、「この 後は?」訊こうとして、視線を戻しかけた……が。 「っ……プラス!」 「え?」  視界の端に引っかかったモノを頭で認識するより先に叫んでいた。  プラスもまた、警告の意味を理解するよりも勘だけで身を翻す。  ガッ、と床の一部が弾け、舌打ちが続く。たった今までプラスが立っていた場所に突きつ けられた鉄パイプ。いつのまにか意識を取り戻していた警備員の一人が、持ち直す間もなく すぐさま大きなスイングに移る。  考えてる余裕なんかなかった。  床に転がったプラスの体勢の悪さも、鉄パイプの破壊力も、プラスにほとんど頼りっきり な自分の不甲斐なさも。何の計算もなく、それでも、プラスを助けなければ……ただそれだ けの思いで、カイトは一瞬の判断で唯一の武器に成り得るモノ―――背中に負っていたリュ ックサックを力任せに警備員の顔面めがけて叩きつけていた。  遠心力任せの横からの不意をついた攻撃に、警備員は避ける間もなく鼻の潰れる嫌な音に 続いて、床に沈んだのだった。 「……はぁ……はぁ」  今度こそ復活しそうにない警備員の鼻血にまみれた顔を見下ろしながら、ゆっくりと手の 力を抜く。ドサッと音を立てて落ちたリュックサックと見比べて、最後にプラスに目を向け た。「大丈夫か?」言いかけて口を開いたけれど、それより先に笑い声が上がる。 「あはっ、あはははっ、か、カイトに助けられてる〜〜〜っ!」 「っ……ちょっと待て! それが助けてもらった後の第一声か!?」 「や、だって……く、くくく」 「お前っ……」  座り込んだまま腹を抱えて笑い続けるプラスの姿に、殴りつけてやろうかと一歩踏み出し たが、プラスはヒラヒラと手を振って深呼吸でなんとか笑いを止めた。 「はぁ。あのね、そういう意味じゃなくって」 「何がだよ!?」 「カイトは、ヒトを傷つけるの嫌なのかなって思ってたから」 「……は?」  嫌も何も、さっきからプラスと一緒になって警備員を叩き伏せてここまで来たのだが。  カイトが怪訝な視線を返すと、プラスは「ん〜と、なんて言うかな」首を傾けて、言葉を 探す。 「警備員たちを相手にするにしてもさ、私が仕掛けるのを待ってからだったでしょ? もし 相手の人数が少なかったら、手出ししなかったのかなって」 「……悪かったな、任せてばっかりで」 「や、責めてるわけじゃないよ? 囮役に勝手に巻き込んでさ、無理させちゃったかなって。 私は……まあ、見ての通り? けっこう好戦的に出来てるから、殺られる前に殺れ、くらい の勢いで突き進んじゃうんだけど。こんな時代でもさ、暴力が嫌いなヒトは嫌いだろうし。 カイトもそうだったりするかな、とか思ったわけよ」 「…………」 「で、そんなカイトが私を助けるために、咄嗟に躊躇いなく攻撃してくれたってのは、やっ ぱり嬉しかったから。嫌いなヤツのために、自分の嫌なことなんて出来ないだろうし?」  それが、大笑いの理由だと。  嬉しそうな笑顔を見せるプラスに、「そんなつもりは……」ボソボソと零したが、言いた いことは形にならなくて、言葉は続かなくなる。  確かに、プラスを助けようと思っての行動だったけれど。それ以前に、ヒトを傷つけるの が嫌な自分というのが、認められなかった。自問自答してみても、そんなことはない……と 思う。でも、断言するのは躊躇われて、結局声にはならない。  戸惑ってるのが明らかなカイトに、プラスはそっと苦笑して。 「ありがと、助けてくれて」  改めて、礼を言った。 「っ……別に」 「でもさ、よく咄嗟に背中の荷物に意識が行ったよね。それがビックリ」  中に入った本の固さは実体験として知っていたけれど、カイト自身冷静に考えてみれば、 あの状況で背中の荷物に意識が行ったのはそれだけで上出来である。  だから。 「…………俺も驚いた」  そんな言葉が、思わず零れる。 「ぷっ……くくく」 「だからっ、いちいち笑うんじゃない!」 「あはは、や〜、やっぱりいいわ」 「……くそっ。大体そんなのんびりしてていいのかよ? この後は?」 「おっと、忘れるとこだった」呑気に言いながら腕にはめた大きめの時計で時間を確認する。 「う〜ん……ま、なんとかなるでしょ」 「おい」 「大丈夫大丈夫。なるようになるからさ」  その気楽さが信じられないが、今はプラスの言葉を信じるしかない。  盛大にため息を吐いて、カイトは手を差し出す。 「どっちにしろ、いつまでもそんなとこに座り込んでんなよ。さっさと行くんだろ」 「あら、紳士的」  からかいつつ、プラスは差し出された手に掴まって立ち上がる。  しかし。 「……っ」  バランスを崩して、膝を落としかける。  支え直したカイトが「おい?」嫌な予感と共に声を掛けると、腕に掴まったプラスから、 気まずそうな唸り声が返ってきた。 「プラス? お前、まさか……」 「あ、あははは……え〜と、そのまさか、だったり」  転がった拍子に足捻っちゃった、と語尾にハートマークでも付きそうな調子で言う。 「………………ドジ」 「うぅ〜、今の状態じゃ否定できない」 「当たり前だろうがっ! ……具合は?」 「え〜と……手当ての道具なんてないけど、とりあえず、適当な布でもきつく巻いておけば、 全力疾走は無理でもこの後の仕事をこなして逃げ出すくらいは……」 「出来るのか?」 「……出来ない、なんて言えないでしょ。やるわよ。無理でも」  事態の割に、プラスの口調は軽い。 (それとも、実際に騒ぐほどひどくはないのか?)  腕に掴まらせて支えてるこの状態では、表情は見えない。後頭部を見下ろしただけでは判 断もつかず、「本当に大丈夫なんだな?」確認しようとして、止める。  足が震えていた。  おそらくケガをした方の足だろう。わずかに、注意しなければわからない程度だが。 「……ったく」 「え、わっ?」  支えに使っていた腕に軽く押されて、プラスは床へと逆戻りする。 「いった……何よ、いきなり!?」  足としりもちの痛みに顔をしかめて怒鳴りつけたが、カイトは耳を貸さずに、着ていたT シャツの裾をぐるりと破り取った。 「…………」  少しだが赤く腫れた右足首に手早く巻いて見せ、視線だけでもう一度具合を聞く。 「あ、ありがと。うん、大丈夫……と思う」  さすがに大人しい素直な答えを聞きながら、カイトは顔をしかめたまま視線を巡らせる。  この状態で尚、プラスに頼る気はない。 (捻挫かな。こいつのことだから、どんなに痛くっても平気な顔して歩いてみせそうだけど ……俺が背負ってった方が早いだろうな。どうせ、軽そうだし)  機動力は劣るが、無理をさせるよりは、と思う。  結論を出そうとしたところで、 「……カイト? 私なら大丈夫だからさ。このまま……」  考え込んだ様子を見かねて、プラスが言った。  しかし。 「……なんかある」 「え?」  聞き返すプラスの声には答えず、エレベーターがある方へ戻り、向かって左隅の壁際に足 を進めた。 「これなら……」  言いながらガラガラと引っ張ってきたのは、荷物を運ぶための簡素な台車だった。念のた めに強度を調べてみたが、プラス一人運ぶくらいならどうにかなるだろう。 「……本気?」 「お前に選択の権利があると思ってんのか?」 「どんな時でも意見の主張は自由だと…………選択の余地はないです」 「だったら早く乗れ」  容赦なくきっぱり言って、プラスの前に台車を押し出す。 「……カイト、なんか性格変わってない? ……ていうか、キレてる?」 「言いたいことはそれだけか?」 「……乗ります」  渋々、右足に負担をかけないように台車に這い登るプラスだった。  キレてるつもりはなかった。  頭の中は妙に冷静で、それでも気持ちとしては“開き直った”の方が近いと思う。 (結局、さっきまでの俺が甘かったってだけだろ)  自嘲気味に思って、台車を押す手に力を込める。  警備員が突然現れて道を塞いだとしても、轢き殺すくらいの勢いで暗い道を駆け抜けて。 (でも、俺だけがミスしてるわけじゃない。プラスを頼ってたのは事実だけど、そのプラス だってドジ踏んで一人じゃどうしようもなくなってるし……決め付けられることでもないけ ど、俺の提案を受け入れたってことは自力でカバー出来る程度に収まらないミスだってこと だろうし)  ガラガラと音を立てて走る台車の揺れに、何度となくプラスの引きつった悲鳴が小さく上 がったが、それに構って速度を落とす気にはならなかった。出来る限りの全力疾走を続ける。  小石に引っかかっただけで大きく傾ぐ台車は、当然ヒトが乗ることを考慮してるはずもな く、押し手が思う以上にその揺れは怖いモノであろうが。 (つまり、誰だってミスはするってことで、問題はそのミスにどう対処するか、だよな)  他人が決めた通りに行動するのは、簡単と言えるとは限らないが“楽”ではある―――自 分で考え、判断しなければなならない状況よりはずっと。 (渡された資料を鵜呑みにして、指示のままに実行して、ミスをすれば原因は資料や指示の せい……そう思って文句だけで終わるのは、お気楽すぎるほどに楽だよな。でも……俺は自 分のミスだと認めてるし、甘い自分に対して腹が立つだけだった)  そして、そこで自己完結していた。 (ミスを補うために、プラスに協力することは決めたけど、そこから先、俺が何をした?)  資料や指示のミスの意味を考え、プラスの正体を訝り、ここから脱出した後の心配はした。  けれど、ミスを実質的に補うことに関しては、自分の頭を使っていない。 (プラスの考えを読もうとはしたけど、実際に必要だったのはそんなことじゃなかった。い くらミスへの焦りと混乱があったからって、そんなのは言い訳にもならない。そんなのは自 己嫌悪の種になるだけで、俺は俺なりに脱出までの道を考えなきゃならなかったんだ)  彼女への信用と疑念の狭間に揺れながら、それでも自分では考えなかった。  説明のない彼女への文句は言った。  対して、プラスは非を認めたけれど、それはカイト自身のミスでもある。 (先に駆け出したプラスを無理にでも引き止めて訊き出すことは決して不可能じゃなかった。 あの部屋を飛び出した直後は混乱が先に立ったけど、その後は延々走り回ってるだけだった んだから。プラスの意図がわからないまま走り続けるよりは、タイミングなんか計ってない で先に訊き出すべきだった)  自分が訊き出し損なったせいでもあるのに、一方的に責めるのはおかしい。  さらに自分では考えもせずに。 (プラスに何かあったら、俺はどうするつもりだったんだ?)  自問して答えの出ない自分に、呆れを通り越して笑ってしまう。 (走り回ってる間にはぐれる可能性もあった。プラスが意識を失うようなことだって、死ぬ ことだって有り得たんだ。それだけの危険がある場所にいるんだから。なのに俺は……もし そんな事態になってたら、今度こそ為す術もなく……) 「カイト、ストップ!」 「っ!」  ハッと我に返ると、正面に大きな壁が迫っていた。  慌ててスピードを落とし、ゆっくりと壁の前で止まる。 「わっ、とぉ……ちょっとカイト? 今もしかして……」  前見てなかったわね? 台車にしがみついて恨めしげな目を上げてくるプラスに「そ、そ んなわけないだろ」首を振って見せて。 「次はどっちだよ?」  左右に分かれた道を見比べて訊いた。  けれど、疑わしげな目を向けたままプラスは目の前の壁を指で示す。 「ここが目的の建物。さっき道順は説明したでしょ?」 「あ、わ、わかってるよ」  カイトの反応に、プラスはぶつぶつと文句を呟いたが、その意味を聞き取る間もなく、ポ ケットから箱型のモノを目の前に突きつけてきた。 「はい、これ」 「……?」  さほど大きいモノではない。受け取ってみると、予想より重くはあったが、手のひらに乗 せられる程度の大きさと重さだった。それが四つ―――そのうち三つをカイトに渡して、プ ラスは説明する。 「それを四方の壁にセットするの。ひとつはここ。私がやるわ。だから、カイトはひとっ走 りぐるっと回ってきてほしいの」 「セットって?」 「一辺の真ん中あたりの地面に、壁際に寄せて置いてきてくれればいいんだけど」 「了解。で、これはつまりアレなわけか?」 「うん、爆弾」  あっさり返ってきた言葉に、頭を抱えたくなる。 「こういう会社の重要な建物を爆破って、お前らはテロリストか!?」 「う〜ん、惜しい」 「…………」 「ってのは、冗談だけど。この建物だけは、どうしても許せないの」  そう言ったプラスの表情があまりに真剣で、詳しく訊こうとしたが、時間のなさを理由に 追いたてられてしまう。カイトが駆け出しながらチラッと振り返ると、薄闇の中かろうじて 目の前の建物を睨みつけるプラスの横顔が見えた―――初めて見せる険しい表情が。  意外と大きな建物を一回りして戻ってくると、プラスは台車の淵に腰かけて足を押さえて いた。 「プラス? 痛むのか?」 「あ、おかえり。足は全然平気。カイト、巻くの上手いんだなぁって感心してただけ」  それとも自分のケガの手当てで慣れてただけ? などと軽口を叩く姿からは、先ほどの険 しい表情は影もない。安堵すると同時に、あの意味を尋ね損なったことに舌打ちしたくなる。 「…………」 「ってヤダな、冗談だってば。そんな顔しかめて……」  笑いながらヒラヒラと手を振るプラスに、カイトはため息ひとつで答える。どこを探して も、余計な口を開けば文句以外にはなりそうにない。  台車に手を掛けて、計画の先を促すことにする。 「ほら乗れよ。その爆弾がタイマーかなんか知らないけど、後は逃げ出すだけだろ」 「あ、うん」  手元にあるひとつだけに付いたピンを抜いて、十五秒後に爆発。残りの三つはそれを受け て、連鎖的に爆発するはずだと言う。さすがに、建物全壊とはいかないが生じる火事で、建 物の内部にあるモノを全焼させてしまうのが目的だと。 「中にあるモノって?」 「質問は後。ほら、早く台車の向き変えて。ピン抜くわよ?」 「ちょ、ちょっと待て」  慌てて動かして、その反動でプラスが落ちかけて文句を言ったけれど「お前が早く向き変 えろって言ったんだろうが!」一蹴した。 「それはそうだけどさぁ……」プラスはぶつぶつと続けたが、すぐに諦めてピンを抜く。 「はい、オッケー」  手早く地面に放り出して、声を合図にカイトは台車を押して一目散に駆け出した。  揺れる台車にしがみつく手に力を込めながら、遠ざかる建物を睨みつけるプラスの視線の 強さには当然気づかずに。 「あと十秒」  遠ざかり他の建物の陰で見えなくなっても厳しい視線は据えたまま。  台車の立てる騒音にかき消される小さな声で秒読みをする。 「……三、二、一」  最後の一声は必要なかった。  すべての音を包み込んで、周囲は轟音が支配する。 「っ!?」  予想外に耳をつんざく音の大きさに驚くより先に、狭い道沿いに押し寄せた爆風がカイト の背中に襲いかかり、振り返る余裕もなく体が押し倒される。  押していた台車共々数メートル吹き飛ばされ、わけもわからないままに打ち付けた体の痛 みに呻く。かろうじて細く開いた目で見上げた空は、黒と白の入り混じる煙に支配されよう としていた。  ケガはない。  お互いにそれだけは確認して、周囲に目を配る。  同時に耳を澄ませたが、聞こえるのはどこか遠くなった警報と、時折爆破した建物の一部 が崩れているらしい音だけだった。すぐに迫る危険がないことには安堵したが、この爆音で 待たずともヒトは集まってくるだろう。  ここで呆けている時間はない。  どう飛んだのか、二人が座り込んだ場所よりもさらに数メートル先の壁に衝突したらしい 台車は遠目にもわかるほどひしゃげた様は、もう使い物にならないことを示している。  結局、少ない選択肢に腹を決めるしかなかった。 >>> MENU? 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